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番外編『ラストナンバー』
第6章:命のステージ
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第6章:命のステージ
撮影当日、まだ朝靄の残る都内近郊の貸し切りスタジオに、舞を乗せた車が静かに滑り込んだ。
「……もう、春なんだね」
窓の外を見ながら、舞がぽつりと呟く。
頬はわずかに痩せ、唇の色も薄くなっていた。けれどその目には、不思議な輝きがあった。
「今日が、最初で最後のMV。今日が、私のステージ」
舞は自分に言い聞かせるように笑った。
「舞、無理はするなよ」
助手席に座る戸川が、小さくそう言った。
「うん。でも、今日は本気で歌うよ。……“いつも”通りにね」
スタジオに到着すると、スタッフたちはすでにスタンバイを終えていた。
だが、その雰囲気は普段の現場とは違った。
全員の表情が張り詰め、重い沈黙が流れている。
理由は明確だった。
全スタッフに渡された誓約書。そこにはこう書かれていた。
『この撮影に関するあらゆる情報は、口外を禁じます。違反した場合は違約金および法的措置の対象となります』
そして、その意味を、全員が“舞の姿”を見て悟った。
メイクルームから出てきた舞は、白いワンピース姿。
少しきつめの照明に照らされて、その肌は透けるほどに繊細だった。
彼女は笑っていた。
「おはようございます。今日、よろしくお願いします」
その声は張りがあって、透き通っていた。
けれど、見ただけでわかる。
“この人は、もう長くない”――そう言っているかのような存在感があった。
「……やりすぎじゃねえ?」
カメラマンが小声で呟いた。
だが誰も返事をしなかった。彼らもわかっていた。
これはただのMV撮影ではない。命を削る本番なのだ。
*
カメラがセットされ、照明が整えられる。
スタジオ内は、ほんのりと霧をたたえたような白。
装飾は最小限、舞の姿と声だけで“すべて”を語る演出だった。
「じゃあ、いきます。MV『ラストナンバー』、本番、テイク1、スタート」
イントロが流れた瞬間、舞の目が変わった。
それまで笑っていた少女の顔から表情が消え、
そこに現れたのは、覚悟を持った一人のアーティストだった。
「♪――」
最初の一音で、空気が震えた。
スタッフたちは全員、動きを止めた。
視線はカメラ越しではなく、舞そのものに釘付けになる。
その声は、深く、優しく、痛ましく――美しかった。
高音に達するたび、彼女の体がわずかに震える。
けれど声はぶれない。むしろ、限界だからこそ宿る強さがあった。
クライマックスに近づく頃には、
誰一人、目をそらす者はいなかった。
その姿、その歌、その命――
それらすべてが“作品”だった。
そして、舞が最後のフレーズを歌い終わった――その瞬間。
――ドンッ!
マイクがステージの床にぶつかる音。
次の瞬間、舞の身体が前のめりに崩れ落ちた。
「舞ッ!!」
戸川が叫ぶと同時に、スタッフの何人かも悲鳴を上げた。
「救急車!!」
安藤の声がスタジオに響き渡る。
その場にいた誰もが凍りついた。
舞の小さな身体が、照明に照らされながら、白い床の上で動かない。
戸川は、ただただ舞に駆け寄り、その手を取った。
「舞……舞!!」
手は冷たい。それでも、わずかに指先が動いた。
「……浩一……ねえ、どうだった……ちゃんと、歌えた……?」
「……ああ、完璧だった。世界でいちばん美しかった」
舞は、安心したように微笑んだ。
そして、そのまま目を閉じた。
*
救急車のサイレンが遠ざかるまで、スタジオに残ったスタッフたちは、誰も口を開かなかった。
照明が落とされ、カメラも止まっているのに、
その場には、まだ“舞の歌声”が残っているような気がした。
撮影は終了。
だが、その映像と音声は、“誰にも口外してはならない”とされていた。
舞=myであることは、公にはならない。
MVの撮影内容も、現場で何が起きたのかも、永遠に語られることはない。
だが、そこにいた全員の胸には確かに刻まれていた。
彼女が、命そのもので歌いきったこと。
あれが、彼女の“ラストナンバー”だったこと。
カメラマンの一人が、誰にも聞こえないほどの小さな声で呟いた。
「……ありがとう。もう、二度と忘れない」
撮影当日、まだ朝靄の残る都内近郊の貸し切りスタジオに、舞を乗せた車が静かに滑り込んだ。
「……もう、春なんだね」
窓の外を見ながら、舞がぽつりと呟く。
頬はわずかに痩せ、唇の色も薄くなっていた。けれどその目には、不思議な輝きがあった。
「今日が、最初で最後のMV。今日が、私のステージ」
舞は自分に言い聞かせるように笑った。
「舞、無理はするなよ」
助手席に座る戸川が、小さくそう言った。
「うん。でも、今日は本気で歌うよ。……“いつも”通りにね」
スタジオに到着すると、スタッフたちはすでにスタンバイを終えていた。
だが、その雰囲気は普段の現場とは違った。
全員の表情が張り詰め、重い沈黙が流れている。
理由は明確だった。
全スタッフに渡された誓約書。そこにはこう書かれていた。
『この撮影に関するあらゆる情報は、口外を禁じます。違反した場合は違約金および法的措置の対象となります』
そして、その意味を、全員が“舞の姿”を見て悟った。
メイクルームから出てきた舞は、白いワンピース姿。
少しきつめの照明に照らされて、その肌は透けるほどに繊細だった。
彼女は笑っていた。
「おはようございます。今日、よろしくお願いします」
その声は張りがあって、透き通っていた。
けれど、見ただけでわかる。
“この人は、もう長くない”――そう言っているかのような存在感があった。
「……やりすぎじゃねえ?」
カメラマンが小声で呟いた。
だが誰も返事をしなかった。彼らもわかっていた。
これはただのMV撮影ではない。命を削る本番なのだ。
*
カメラがセットされ、照明が整えられる。
スタジオ内は、ほんのりと霧をたたえたような白。
装飾は最小限、舞の姿と声だけで“すべて”を語る演出だった。
「じゃあ、いきます。MV『ラストナンバー』、本番、テイク1、スタート」
イントロが流れた瞬間、舞の目が変わった。
それまで笑っていた少女の顔から表情が消え、
そこに現れたのは、覚悟を持った一人のアーティストだった。
「♪――」
最初の一音で、空気が震えた。
スタッフたちは全員、動きを止めた。
視線はカメラ越しではなく、舞そのものに釘付けになる。
その声は、深く、優しく、痛ましく――美しかった。
高音に達するたび、彼女の体がわずかに震える。
けれど声はぶれない。むしろ、限界だからこそ宿る強さがあった。
クライマックスに近づく頃には、
誰一人、目をそらす者はいなかった。
その姿、その歌、その命――
それらすべてが“作品”だった。
そして、舞が最後のフレーズを歌い終わった――その瞬間。
――ドンッ!
マイクがステージの床にぶつかる音。
次の瞬間、舞の身体が前のめりに崩れ落ちた。
「舞ッ!!」
戸川が叫ぶと同時に、スタッフの何人かも悲鳴を上げた。
「救急車!!」
安藤の声がスタジオに響き渡る。
その場にいた誰もが凍りついた。
舞の小さな身体が、照明に照らされながら、白い床の上で動かない。
戸川は、ただただ舞に駆け寄り、その手を取った。
「舞……舞!!」
手は冷たい。それでも、わずかに指先が動いた。
「……浩一……ねえ、どうだった……ちゃんと、歌えた……?」
「……ああ、完璧だった。世界でいちばん美しかった」
舞は、安心したように微笑んだ。
そして、そのまま目を閉じた。
*
救急車のサイレンが遠ざかるまで、スタジオに残ったスタッフたちは、誰も口を開かなかった。
照明が落とされ、カメラも止まっているのに、
その場には、まだ“舞の歌声”が残っているような気がした。
撮影は終了。
だが、その映像と音声は、“誰にも口外してはならない”とされていた。
舞=myであることは、公にはならない。
MVの撮影内容も、現場で何が起きたのかも、永遠に語られることはない。
だが、そこにいた全員の胸には確かに刻まれていた。
彼女が、命そのもので歌いきったこと。
あれが、彼女の“ラストナンバー”だったこと。
カメラマンの一人が、誰にも聞こえないほどの小さな声で呟いた。
「……ありがとう。もう、二度と忘れない」
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