二世代の伝説の歌姫 〜ラストナンバーは終わらない〜

ふわふわ

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番外編『ラストナンバー』

第6章:命のステージ

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第6章:命のステージ

 撮影当日、まだ朝靄の残る都内近郊の貸し切りスタジオに、舞を乗せた車が静かに滑り込んだ。

 

 「……もう、春なんだね」

 窓の外を見ながら、舞がぽつりと呟く。

 頬はわずかに痩せ、唇の色も薄くなっていた。けれどその目には、不思議な輝きがあった。

 

 「今日が、最初で最後のMV。今日が、私のステージ」

 舞は自分に言い聞かせるように笑った。

 

 「舞、無理はするなよ」

 助手席に座る戸川が、小さくそう言った。

 

 「うん。でも、今日は本気で歌うよ。……“いつも”通りにね」

 

 スタジオに到着すると、スタッフたちはすでにスタンバイを終えていた。

 だが、その雰囲気は普段の現場とは違った。
 全員の表情が張り詰め、重い沈黙が流れている。

 

 理由は明確だった。
 全スタッフに渡された誓約書。そこにはこう書かれていた。

『この撮影に関するあらゆる情報は、口外を禁じます。違反した場合は違約金および法的措置の対象となります』

 

 そして、その意味を、全員が“舞の姿”を見て悟った。

 

 メイクルームから出てきた舞は、白いワンピース姿。
 少しきつめの照明に照らされて、その肌は透けるほどに繊細だった。

 

 彼女は笑っていた。

 「おはようございます。今日、よろしくお願いします」

 

 その声は張りがあって、透き通っていた。
 けれど、見ただけでわかる。
 “この人は、もう長くない”――そう言っているかのような存在感があった。

 

 「……やりすぎじゃねえ?」

 カメラマンが小声で呟いた。
 だが誰も返事をしなかった。彼らもわかっていた。
 これはただのMV撮影ではない。命を削る本番なのだ。

 



 

 カメラがセットされ、照明が整えられる。

 スタジオ内は、ほんのりと霧をたたえたような白。
 装飾は最小限、舞の姿と声だけで“すべて”を語る演出だった。

 

 「じゃあ、いきます。MV『ラストナンバー』、本番、テイク1、スタート」

 

 イントロが流れた瞬間、舞の目が変わった。

 

 それまで笑っていた少女の顔から表情が消え、
 そこに現れたのは、覚悟を持った一人のアーティストだった。

 

 「♪――」

 

 最初の一音で、空気が震えた。
 スタッフたちは全員、動きを止めた。
 視線はカメラ越しではなく、舞そのものに釘付けになる。

 

 その声は、深く、優しく、痛ましく――美しかった。

 高音に達するたび、彼女の体がわずかに震える。
 けれど声はぶれない。むしろ、限界だからこそ宿る強さがあった。

 

 クライマックスに近づく頃には、
 誰一人、目をそらす者はいなかった。

 

 その姿、その歌、その命――
 それらすべてが“作品”だった。

 

 そして、舞が最後のフレーズを歌い終わった――その瞬間。

 

 ――ドンッ!

 

 マイクがステージの床にぶつかる音。
 次の瞬間、舞の身体が前のめりに崩れ落ちた。

 

 「舞ッ!!」

 戸川が叫ぶと同時に、スタッフの何人かも悲鳴を上げた。

 

 「救急車!!」

 安藤の声がスタジオに響き渡る。

 

 その場にいた誰もが凍りついた。

 

 舞の小さな身体が、照明に照らされながら、白い床の上で動かない。

 戸川は、ただただ舞に駆け寄り、その手を取った。

 

 「舞……舞!!」

 

 手は冷たい。それでも、わずかに指先が動いた。

 

 「……浩一……ねえ、どうだった……ちゃんと、歌えた……?」

 

 「……ああ、完璧だった。世界でいちばん美しかった」

 

 舞は、安心したように微笑んだ。
 そして、そのまま目を閉じた。

 



 

 救急車のサイレンが遠ざかるまで、スタジオに残ったスタッフたちは、誰も口を開かなかった。

 照明が落とされ、カメラも止まっているのに、
 その場には、まだ“舞の歌声”が残っているような気がした。

 

 撮影は終了。
 だが、その映像と音声は、“誰にも口外してはならない”とされていた。

 

 舞=myであることは、公にはならない。
 MVの撮影内容も、現場で何が起きたのかも、永遠に語られることはない。

 

 だが、そこにいた全員の胸には確かに刻まれていた。
 彼女が、命そのもので歌いきったこと。
 あれが、彼女の“ラストナンバー”だったこと。

 

 カメラマンの一人が、誰にも聞こえないほどの小さな声で呟いた。

 

 「……ありがとう。もう、二度と忘れない」

 
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