二世代の伝説の歌姫 〜ラストナンバーは終わらない〜

ふわふわ

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番外編『ラストナンバー』

エピローグ:存在しなかった歌姫

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エピローグ:存在しなかった歌姫 

 myは、結局、誰にも知られることはなかった。

 

 顔も、名前も、経歴も、何一つ明かされず。
 SNSアカウントも作られず、メディアにも一切出演しない。
 ラジオに呼ばれることも、インタビューを受けることもなかった。

 

 ライブの予定もなければ、セカンドシングルの発表もない。
 myという歌姫は、「ラストナンバー」ただ一曲を残して、音楽シーンから完全に姿を消した。

 

 だが、最初の契約通り、誰一人として語らなかった。
 MVを撮影したスタッフたち、音響、照明、編集、制作、管理部門に至るまで――
 全員が、誓いを守った。

 

 “彼女は誰か”
 “あの日、現場で何が起きたのか”
 “MVの最後に何がカットされたのか”

 

 誰も口にしなかった。

 

 だからこそ、世界はこう記録した。

 

myは実在しない。
もしかしたら、CGかもしれない。AIかもしれない。
あるいは、全部がプロモーション用の“演出”だったのかもしれない。

 

 そして、その推測は、正しくはなかったが、間違ってもいなかった。

 

 myは、存在しなかった。
 人々の記録の中には、証明できる“誰か”として残っていない。
 けれど、彼女の歌を聴いたすべての人の心の中には、存在していた。

 

 その証拠に、今でも“ラストナンバー”は、静かに再生され続けている。

 

 深夜、眠れない人のベッドサイドで。
 通勤電車のイヤホンの中で。
 教室の隅で、会社のトイレで、病室で――

 

 名前を知らない人の胸に、そっと寄り添うように。

 

 

 戸川浩一は、myの正体を知る数少ない人間の一人だった。
 今も時々、舞の遺した譜面や、レコーディング音源を聴き返すことがある。
 けれど、それを誰かに見せることは決してない。

 

 机の引き出しの奥。
 そこには、白く小さな封筒がしまってある。

 表には、手書きの文字でこう書かれている。

 

「ありがとう。プロデューサーでいてくれて」
――三葉 舞

 

 戸川は、その封筒を今日も開かない。

 あのとき、自分がmyという“存在しなかった歌姫”に賭けたすべてが、
 今も、静かに心の中で鳴り続けているからだ。

 

 存在しなかった。
 だけど、確かにそこにいた。
 たった一曲で、それを証明してくれた。

 

 ――それが、ラストナンバー。

 

 myという名は、もう更新されることはない。
 けれど、その曲は今もどこかで、そっと誰かを励まし、慰め、希望に変えている。

 

 もう誰も彼女を見つけることはできない。

 けれど、myは“存在していた”――それだけは確かだ。

 

 だから、こう記される。

 

 “myは、確かに存在した。”
 それだけが、この世界に漏れた、たった一つの真実だった。

 

― 完 ―

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