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第2章-2:王国に起こる異変
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第2章-2:王国に起こる異変
風花が辺境の村で静かに暮らし始めて、ちょうど三週間が過ぎたころだった。
この世界にも“日常”はある。早朝に起きて洗濯をし、畑の水やりを手伝い、昼は市場で買い物をして、夜は晩ごはんを作ってレオンと並んで食べる。そんな、平和で当たり前の日々。
「……ねえ、レオン。最近、すっごく平和だと思わない?」
「まあな。魔物の出現もほとんどないし、村の収穫も順調だ。これだけ落ち着いてると、むしろ不安になるくらいだ」
「なんで不安になるのよ。平和はいいことでしょ?」
風花はのんびりとスープをかき混ぜながら笑った。レオンは、少し言いにくそうに視線を横にそらす。
「いや……その、王都では、こういう“異常なほどの平和”があった後に限って、何かしらの厄災が起きるという噂があってな」
「ふーん……ま、ここにいれば関係ないでしょ。私はただのモブの一市民だもん」
自分でそう言った瞬間、少しだけ胸がチクンと痛んだ。
けれど、それでも“聖女”として祀られていた頃より、何百倍も自由で幸せだった。
そんな風花にとって、王都の動きなど、もう関係のない世界の話だった。
――そう、あの日までは。
* * *
「王都からの使者です!」
村の門にいた見張りが、大声で叫んだのは、晴天の昼下がりのことだった。風花は洗濯物を干している途中でその声を聞き、手を止めた。
「え、王都って……あの?」
「……どうやら、ただの旅人じゃなさそうだな」
レオンは風花をかばうように前に出て、門の方へと急いだ。風花も慌てて後を追う。
村に到着したのは、数人の騎士を従えた中年の使者だった。王都の紋章が刻まれたマントを羽織り、明らかに急いできた様子で馬車を降りる。
「この村に、“黒髪の異世界人”――雪月風花殿はおられるか!」
その言葉に、周囲の村人たちがざわついた。黒髪で異世界人という条件は、まさに風花ただ一人。
「は、はい。私ですけど……」
風花が手を挙げて出ると、使者の目が輝いた。
「やはり! お会いできて光栄です! すぐにでも、王都へご同行を願います!」
「……は?」
風花は一瞬、時が止まったような気がした。
「えっ、いや、ちょっと待って。なんで今さら?」
使者の口から語られたのは、信じがたい内容だった。
――王都で、異変が起きているという。
長年収穫が続いていた穀倉地帯が突如として干ばつに見舞われ、川の水が急に濁り、魚が取れなくなった。
気候が狂い、気温は極端に上昇し、朝晩の寒暖差で多くの民が病に倒れた。
さらに、王都周辺の森から魔物が群れをなして出現し、周辺の街や村を襲っているとのこと。
「これらはすべて、聖女様――いえ、風花様を追放した直後から始まったのです!」
「ちょ、ちょっと待って。だからって、私のせいじゃないから! ねぇ、レオン!?」
「……確かに、妙な符合だな」
「えぇーっ!?」
風花は頭を抱えた。
(まさか……まさかとは思ってたけど、本当に“あたしが離れたせい”みたいなこと起こってるの!?)
「で、でも偶然じゃない!? ただの気象の変化とか……魔物の繁殖期とか!」
「ですが、これは民衆の間でも“聖女を追放した呪いだ”と広まりつつあります」
「呪いって何よ……私は呪いどころか、魔法すら使えなかったでしょ!?」
風花は叫びたくなるのをこらえて、ぐっと唇を噛んだ。
「……王は正式に謝罪を申し上げたく、風花様を改めて王都にお迎えしたいと仰っております。どうか、国を――我らの国を、もう一度お救いくださいますよう……!」
地面に膝をついて頭を下げる使者。
その姿を見て、風花はしばらく黙り込んだ。
(なんで、私なんかに――いや、そもそも私は“なんか”じゃないと、みんな思ってるの?)
「風花、どうする?」
レオンの声が静かに届く。
(このまま拒否すれば、国は……)
でも――
「……行きたくない」
それが、風花の正直な気持ちだった。
「だって、また期待されるんでしょ? 勝手に“奇跡が起きた!”とか言われて、“やっぱり聖女様です!”って持ち上げられて……それで何も起きなかったら、また“偽物”呼ばわりされるんだよ?」
その恐怖は、一度経験したからこそ強く胸に残っていた。
「私は……もう、“誰かの希望”にはなりたくないの」
使者は言葉を失い、村は静まり返った。
風花はふと空を見上げる。空はこんなに青いのに、王都ではきっと黒い雲が広がっているのだろう。
「それでも、あの人たちはきっとまた“あたしに奇跡を求めてくる”。それが、しんどいんだよ……」
そんな風花に、レオンがそっと言った。
「それでも、君が行かなきゃ救われない命があるなら――」
「…………」
風花は目を閉じた。頭ではわかってる。でも、心が追いつかない。
それでも彼女は、静かに、ほんのわずかにうなずいた。
「行くだけ行く。でも、何もできるとは言わないよ」
「それでいい」
レオンの言葉は優しかった。
再び“聖女”と呼ばれる未来を恐れながらも、風花は立ち上がる。
今度は、誰かのためにではなく――
「……自分のけじめのために、行くだけ」
そう呟いて、風花は王都への道を再び歩き出した。
風花が辺境の村で静かに暮らし始めて、ちょうど三週間が過ぎたころだった。
この世界にも“日常”はある。早朝に起きて洗濯をし、畑の水やりを手伝い、昼は市場で買い物をして、夜は晩ごはんを作ってレオンと並んで食べる。そんな、平和で当たり前の日々。
「……ねえ、レオン。最近、すっごく平和だと思わない?」
「まあな。魔物の出現もほとんどないし、村の収穫も順調だ。これだけ落ち着いてると、むしろ不安になるくらいだ」
「なんで不安になるのよ。平和はいいことでしょ?」
風花はのんびりとスープをかき混ぜながら笑った。レオンは、少し言いにくそうに視線を横にそらす。
「いや……その、王都では、こういう“異常なほどの平和”があった後に限って、何かしらの厄災が起きるという噂があってな」
「ふーん……ま、ここにいれば関係ないでしょ。私はただのモブの一市民だもん」
自分でそう言った瞬間、少しだけ胸がチクンと痛んだ。
けれど、それでも“聖女”として祀られていた頃より、何百倍も自由で幸せだった。
そんな風花にとって、王都の動きなど、もう関係のない世界の話だった。
――そう、あの日までは。
* * *
「王都からの使者です!」
村の門にいた見張りが、大声で叫んだのは、晴天の昼下がりのことだった。風花は洗濯物を干している途中でその声を聞き、手を止めた。
「え、王都って……あの?」
「……どうやら、ただの旅人じゃなさそうだな」
レオンは風花をかばうように前に出て、門の方へと急いだ。風花も慌てて後を追う。
村に到着したのは、数人の騎士を従えた中年の使者だった。王都の紋章が刻まれたマントを羽織り、明らかに急いできた様子で馬車を降りる。
「この村に、“黒髪の異世界人”――雪月風花殿はおられるか!」
その言葉に、周囲の村人たちがざわついた。黒髪で異世界人という条件は、まさに風花ただ一人。
「は、はい。私ですけど……」
風花が手を挙げて出ると、使者の目が輝いた。
「やはり! お会いできて光栄です! すぐにでも、王都へご同行を願います!」
「……は?」
風花は一瞬、時が止まったような気がした。
「えっ、いや、ちょっと待って。なんで今さら?」
使者の口から語られたのは、信じがたい内容だった。
――王都で、異変が起きているという。
長年収穫が続いていた穀倉地帯が突如として干ばつに見舞われ、川の水が急に濁り、魚が取れなくなった。
気候が狂い、気温は極端に上昇し、朝晩の寒暖差で多くの民が病に倒れた。
さらに、王都周辺の森から魔物が群れをなして出現し、周辺の街や村を襲っているとのこと。
「これらはすべて、聖女様――いえ、風花様を追放した直後から始まったのです!」
「ちょ、ちょっと待って。だからって、私のせいじゃないから! ねぇ、レオン!?」
「……確かに、妙な符合だな」
「えぇーっ!?」
風花は頭を抱えた。
(まさか……まさかとは思ってたけど、本当に“あたしが離れたせい”みたいなこと起こってるの!?)
「で、でも偶然じゃない!? ただの気象の変化とか……魔物の繁殖期とか!」
「ですが、これは民衆の間でも“聖女を追放した呪いだ”と広まりつつあります」
「呪いって何よ……私は呪いどころか、魔法すら使えなかったでしょ!?」
風花は叫びたくなるのをこらえて、ぐっと唇を噛んだ。
「……王は正式に謝罪を申し上げたく、風花様を改めて王都にお迎えしたいと仰っております。どうか、国を――我らの国を、もう一度お救いくださいますよう……!」
地面に膝をついて頭を下げる使者。
その姿を見て、風花はしばらく黙り込んだ。
(なんで、私なんかに――いや、そもそも私は“なんか”じゃないと、みんな思ってるの?)
「風花、どうする?」
レオンの声が静かに届く。
(このまま拒否すれば、国は……)
でも――
「……行きたくない」
それが、風花の正直な気持ちだった。
「だって、また期待されるんでしょ? 勝手に“奇跡が起きた!”とか言われて、“やっぱり聖女様です!”って持ち上げられて……それで何も起きなかったら、また“偽物”呼ばわりされるんだよ?」
その恐怖は、一度経験したからこそ強く胸に残っていた。
「私は……もう、“誰かの希望”にはなりたくないの」
使者は言葉を失い、村は静まり返った。
風花はふと空を見上げる。空はこんなに青いのに、王都ではきっと黒い雲が広がっているのだろう。
「それでも、あの人たちはきっとまた“あたしに奇跡を求めてくる”。それが、しんどいんだよ……」
そんな風花に、レオンがそっと言った。
「それでも、君が行かなきゃ救われない命があるなら――」
「…………」
風花は目を閉じた。頭ではわかってる。でも、心が追いつかない。
それでも彼女は、静かに、ほんのわずかにうなずいた。
「行くだけ行く。でも、何もできるとは言わないよ」
「それでいい」
レオンの言葉は優しかった。
再び“聖女”と呼ばれる未来を恐れながらも、風花は立ち上がる。
今度は、誰かのためにではなく――
「……自分のけじめのために、行くだけ」
そう呟いて、風花は王都への道を再び歩き出した。
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