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第2章-3:呼び戻し要請と風花の拒否
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第2章-3:呼び戻し要請と風花の拒否
王都からの使者が去った後、風花はしばらく自宅に引きこもっていた。
「……いや、もう一回持ち上げられて、また突き落とされるとか……ごめん、ほんとムリ」
そう呟いて、風花は布団にくるまっていた。顔を出したのは、昼を過ぎてから。窓から見える空は青く、風が穏やかに吹いている。
「天災とか、魔物の襲来とか、国が滅ぶとか……私のせいにしないでほしいよね」
キッチンに立ってお湯を沸かしながら、風花はぶつぶつと独り言を言った。レオンはすでに朝早く村の警備に出かけていたらしく、家には自分ひとり。こういう何気ない日常こそが、風花にとっては“聖女”という重荷から解放された平穏な時間だった。
だけど、その平穏は、またも唐突に壊される。
「風花さん! 風花さんいますか!?」
扉の外から、村人の少女・リタの声が聞こえた。風花は首を傾げながら戸を開けた。
「どうしたの、そんなに慌てて?」
「さ、さっき……また王都から使者が……! しかも今回は、王様直筆の文が……!」
「……はぁ?」
心底うんざりしながら外に出ると、先日と同じ王都の紋章を掲げた使者が、村の広場に馬を止めていた。今回は、少し年若いが高位貴族らしい青年も付き添っている。
「……あのー、しつこいんですけど」
風花が近寄って開口一番そう言うと、使者は深々と頭を下げた。
「ご無礼を重ね申し訳ありません、聖女様――いえ、風花様。我が王グラディウス陛下より、貴女に直接の謝罪と再度の要請をお伝えするよう仰せつかっております」
「え、また来たの? 昨日のでもう十分だったのに」
「こちらを……」
使者が差し出したのは、丁寧に封蝋された羊皮紙だった。王家の印章が押されている。風花はそれを受け取り、開いた。
内容は要するに――
“国が危機に瀕している。どうか再び我らの地に戻ってほしい。今回こそは、我ら一同、貴女を心から敬意をもってお迎えする”
といったような、懇願の文面だった。
「……ほんと、自業自得だよね」
風花は紙をたたんで返す。
「ごめんなさい。戻るつもりはありません」
使者が顔を上げた。
「しかし、王都では飢餓が始まり、病が広まり、城壁を越えて魔物が――」
「うん、それ全部、偶然だと思ってる」
風花は冷静に言い切った。
「私は、力なんて持ってない。魔法も使えないし、癒しの力もない。黒髪ってだけで聖女扱いされて、力がないとわかったら偽者呼ばわりされて――また繰り返すの? 私はただの人間だよ?」
青年貴族が前に出てきた。
「……その通りです。あなたは“ただの人間”かもしれない。しかし、あなたが王都にいた間、国は豊かでした。そしてあなたが去った今、国は崩れかけている。これは、偶然の積み重ねではないと、我々は結論づけました」
「それが勝手だって言ってるの。こっちは“無力です”って何度も言ってきたんだよ? それを信じなかったのは、そっちでしょ」
「その通りです。ですから今回こそは、貴女の意思を尊重し、待遇も立場も、貴女の望むままにいたします。ただ、どうか、民のために――」
「民のためにって……そんな大義を背負えるような人間だったら、最初から逃げたりしてないよ」
風花の声には、怒りではなく、悲しさがにじんでいた。
「私は“聖女”なんかじゃない。“モブの一市民”って、ちゃんと名乗ったよ。なのに、勝手に祀って、勝手に失望して、“偽聖女”って烙印押して――今度は“お願いだから戻って”って、あんまりじゃない?」
使者たちは何も言えなかった。
風花は一度、深呼吸してからゆっくりと告げた。
「……私はもう、誰にも祈られたくない。誰の信仰にもなりたくない。だから、行きません。これ以上、傷つきたくないから」
その言葉に、レオンがゆっくりと隣に立った。
「風花の言葉は、俺が保証する。これ以上強引に連れ帰ろうとすれば、俺が剣を抜く」
重々しい声に、使者たちは肩をすくめ、深く頭を下げた。
「……かしこまりました。貴女の意思、確かに承りました。……ただ、いつでもお戻りになれるよう、城の門は開けておきます」
そう言い残して、彼らは去っていった。
* * *
夜。いつもより静かな食卓。
レオンがスープをすすりながら、ぽつりと呟く。
「本当に……いいのか?」
風花は一瞬、何も言わずに黙っていたが、やがてゆっくり首を振った。
「……正直、少しだけ、迷ったよ。でも、あそこに戻ったら、また“聖女様”って持ち上げられて、今度もまた、何もできなかったら“裏切られた”って言われるんだよ? 二度とあんな目には遭いたくない」
「……そうか」
「それに、今の私はただのモブ。モブとして、自分の人生を選んでも、いいよね?」
「……ああ。いいとも」
その夜、風花は長く眠った。
久しぶりに、夢も見ずに。
だが――数日後、王都に再び“災厄”が訪れ、状況は大きく変わっていくことになる。
王都からの使者が去った後、風花はしばらく自宅に引きこもっていた。
「……いや、もう一回持ち上げられて、また突き落とされるとか……ごめん、ほんとムリ」
そう呟いて、風花は布団にくるまっていた。顔を出したのは、昼を過ぎてから。窓から見える空は青く、風が穏やかに吹いている。
「天災とか、魔物の襲来とか、国が滅ぶとか……私のせいにしないでほしいよね」
キッチンに立ってお湯を沸かしながら、風花はぶつぶつと独り言を言った。レオンはすでに朝早く村の警備に出かけていたらしく、家には自分ひとり。こういう何気ない日常こそが、風花にとっては“聖女”という重荷から解放された平穏な時間だった。
だけど、その平穏は、またも唐突に壊される。
「風花さん! 風花さんいますか!?」
扉の外から、村人の少女・リタの声が聞こえた。風花は首を傾げながら戸を開けた。
「どうしたの、そんなに慌てて?」
「さ、さっき……また王都から使者が……! しかも今回は、王様直筆の文が……!」
「……はぁ?」
心底うんざりしながら外に出ると、先日と同じ王都の紋章を掲げた使者が、村の広場に馬を止めていた。今回は、少し年若いが高位貴族らしい青年も付き添っている。
「……あのー、しつこいんですけど」
風花が近寄って開口一番そう言うと、使者は深々と頭を下げた。
「ご無礼を重ね申し訳ありません、聖女様――いえ、風花様。我が王グラディウス陛下より、貴女に直接の謝罪と再度の要請をお伝えするよう仰せつかっております」
「え、また来たの? 昨日のでもう十分だったのに」
「こちらを……」
使者が差し出したのは、丁寧に封蝋された羊皮紙だった。王家の印章が押されている。風花はそれを受け取り、開いた。
内容は要するに――
“国が危機に瀕している。どうか再び我らの地に戻ってほしい。今回こそは、我ら一同、貴女を心から敬意をもってお迎えする”
といったような、懇願の文面だった。
「……ほんと、自業自得だよね」
風花は紙をたたんで返す。
「ごめんなさい。戻るつもりはありません」
使者が顔を上げた。
「しかし、王都では飢餓が始まり、病が広まり、城壁を越えて魔物が――」
「うん、それ全部、偶然だと思ってる」
風花は冷静に言い切った。
「私は、力なんて持ってない。魔法も使えないし、癒しの力もない。黒髪ってだけで聖女扱いされて、力がないとわかったら偽者呼ばわりされて――また繰り返すの? 私はただの人間だよ?」
青年貴族が前に出てきた。
「……その通りです。あなたは“ただの人間”かもしれない。しかし、あなたが王都にいた間、国は豊かでした。そしてあなたが去った今、国は崩れかけている。これは、偶然の積み重ねではないと、我々は結論づけました」
「それが勝手だって言ってるの。こっちは“無力です”って何度も言ってきたんだよ? それを信じなかったのは、そっちでしょ」
「その通りです。ですから今回こそは、貴女の意思を尊重し、待遇も立場も、貴女の望むままにいたします。ただ、どうか、民のために――」
「民のためにって……そんな大義を背負えるような人間だったら、最初から逃げたりしてないよ」
風花の声には、怒りではなく、悲しさがにじんでいた。
「私は“聖女”なんかじゃない。“モブの一市民”って、ちゃんと名乗ったよ。なのに、勝手に祀って、勝手に失望して、“偽聖女”って烙印押して――今度は“お願いだから戻って”って、あんまりじゃない?」
使者たちは何も言えなかった。
風花は一度、深呼吸してからゆっくりと告げた。
「……私はもう、誰にも祈られたくない。誰の信仰にもなりたくない。だから、行きません。これ以上、傷つきたくないから」
その言葉に、レオンがゆっくりと隣に立った。
「風花の言葉は、俺が保証する。これ以上強引に連れ帰ろうとすれば、俺が剣を抜く」
重々しい声に、使者たちは肩をすくめ、深く頭を下げた。
「……かしこまりました。貴女の意思、確かに承りました。……ただ、いつでもお戻りになれるよう、城の門は開けておきます」
そう言い残して、彼らは去っていった。
* * *
夜。いつもより静かな食卓。
レオンがスープをすすりながら、ぽつりと呟く。
「本当に……いいのか?」
風花は一瞬、何も言わずに黙っていたが、やがてゆっくり首を振った。
「……正直、少しだけ、迷ったよ。でも、あそこに戻ったら、また“聖女様”って持ち上げられて、今度もまた、何もできなかったら“裏切られた”って言われるんだよ? 二度とあんな目には遭いたくない」
「……そうか」
「それに、今の私はただのモブ。モブとして、自分の人生を選んでも、いいよね?」
「……ああ。いいとも」
その夜、風花は長く眠った。
久しぶりに、夢も見ずに。
だが――数日後、王都に再び“災厄”が訪れ、状況は大きく変わっていくことになる。
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