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第4章-4:滅ぶ王都、祈られなかった聖女
しおりを挟む王都が、静かに――だが確実に、滅びつつあった。
聖女エルミナの処刑から十日。
雪月風花への三度目の召喚が断られてから、五日。
その間に、魔物の軍勢はかつての森を抜け、平原を越え、王都を囲む城壁のすぐ近くまで迫っていた。
衛兵たちは必死に応戦したが、異形の群れは数を増すばかり。
火を吹く巨大な獣、空を裂く飛竜、地を這う不死の騎士たち――
王都は、神に見捨てられたかのように、四方から包囲された。
祈りの声は、もはや届かない。
神殿の鐘は鳴らず、祭壇に掲げられた聖なる旗は焦げ、千切れ、風に舞った。
神官たちは、夜通し祈祷を捧げた。
王は己の罪を嘆き、日々、玉座で震えていた。
人々は、誰に祈ればよいのか分からず、ただ地に額を押し当てた。
「聖女様……!」
「雪月風花様……!」
「どうか……どうかお戻りください……!」
人々は叫んだ。血を吐くように、喉が枯れるまで、何度も。
王はあらゆる手段を使って風花に願いを届けようとしたが、返ってくるのはひとことだけだった。
「戻らない」
* * *
風花は、そのすべてを知っていた。
薬草店の帳場の奥。静かな朝。
届いた王都の報せを、彼女は読み、ただ黙って封を閉じた。
「……もう、助からないね」
ぽつりと呟くその声に、レオンが静かに頷いた。
「……ああ。王都は、持って数日だ」
「これで、ようやく全部終わるんだ」
風花は、庭に出た。
春先の風が草花を揺らし、陽だまりが優しく背を撫でていく。
そこには戦火も、祈りも、絶望もなかった。
ただ静かな、ささやかな暮らしがあるだけ。
「私ね、ずっと思ってた。『どうして“いるだけ”で何かが変わるの?』って」
「……」
「“何もしてない”のに、奇跡って言われて。勝手に崇められて、裏切ったみたいに責められて、また必要だってすがられて。……ねぇ、誰かのせいにしてもいい?」
「君は、誰のせいにもしていい」
風花はふっと笑った。風の中、どこか空しいその笑顔。
「でもしない。だって――私は、もう“祈られたくない”って決めたから」
「祈りたい人がいても?」
「……いても」
レオンは何も言わなかった。ただそっと、風花の隣に並んで立った。
王都が燃え尽きるまで、あとわずか。
* * *
王都セレスティア。
最後の日。
朝から鐘は鳴らなかった。魔物の咆哮が空を震わせ、地を這う影が街路を覆い尽くしていた。
王は最後の演説を行い、神殿の神官長は祭壇の前で泣きながら祈りを捧げた。
「雪月風花様……どうか、どうか……!」
けれど、その祈りは届かない。
もう“祈られない聖女”は、王都にはいないのだ。
王はついに玉座の剣を抜き、命を絶った。
神官たちは、魔物の群れに踏み潰され、城門は崩れ落ちた。
奇跡は起こらなかった。
誰も救われなかった。
聖女は――来なかった。
* * *
辺境の小さな町。
その夜、空に赤い光が走った。遠くに、まるで山が崩れたような土煙が見えた。
それを見た町の人々が小さくざわついたが、風花は何も言わず、ただ静かに空を見ていた。
「……王都、消えたんだね」
「……ああ」
「悲しい?」
「君が、悲しくないなら」
「……じゃあ、ちょっとだけ、胸が痛いかな」
レオンはうなずいた。
風花は、握っていた薬草の束をぽとりと落とした。
「私ね。もう“何もしない”って決めたけど、もしかしたら――“何か”をしていたのかもって、ちょっとだけ思ってた。
でも、それが“力”だったとしても、私はそれを使わない。だってそれは、“あの人たち”にとっての奇跡であって、私にとっては呪いだったから」
「……君の選んだことだ。誇っていい」
「うん」
そう言って、風花は微笑んだ。
その笑顔は、もう“誰かのため”ではなかった。
“国を救うため”でも、“祈られた結果”でもない。
ただ、“自分のため”に生きる人間の、ささやかで確かな笑顔だった。
もう、奇跡は起きない。
もう、誰も祈らない。
だからこそ――
風花はようやく、“自分自身”になれたのだった。
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