異世界に突如召喚された、ごく普通の日本人女子――雪月風花(せつげつふうか)。 黒髪というだけで「聖女様!」と崇められ、魔物も災厄もすべて彼女

ふわふわ

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第5章-4:私が生きる場所

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第5章-4:私が生きる場所

 

朝。薄い雲が空を覆い、春が夏に変わる気配を連れてくる。

 

風花は、町外れの薬草畑にしゃがみ込んで、膝の上で眠っている子猫を眺めていた。

 

小さく喉を鳴らしながら丸くなっているその姿に、思わず頬が緩む。

 

「いいなあ……あんたは。誰にも祈られないで、生きてて」

 

猫は答えない。ただ、満ち足りたように目を閉じている。

 

町に流れていた“聖女伝説”の噂は、いっときの熱狂を経て、やがて霧のように薄れていった。
風花が何も語らず、何も名乗らず、祭壇にも立たなかったからだ。

 

人々は気づいた。

 

彼女は、祈りの対象ではない。
“神”でも“偶像”でもない。

 

ただここで、笑い、働き、時に誰かのために動くだけの――
ひとりの人間なのだと。

 

 

* * *

 

その日、風花はひとりの妊婦に呼び止められた。

 

「風花さん、今日も……ありがとうございます」

 

「どういたしまして。でも、そんなに頭を下げないで。私は医者でも助産師でもないよ?」

 

「いえ……それでも。こうして、安心して暮らせる場所があるのは、あなたがこの町に来てくれたからだって、みんな言ってます」

 

「うーん……複雑な気分だな」

 

「でも、だからって祈ったりしませんよ。だって、風花さんは“そういうの嫌い”って、ちゃんと教えてくれたから」

 

「……ありがとう」

 

にこっと笑ったその女性の目は、どこか誇らしげだった。

 

(――そう。これで、いい)

 

風花はそう心の中で呟いた。

 

自分が何者かと問われても、もう迷わない。
“聖女”ではない。
“救世主”でもない。

 

ただの――雪月風花だ。

 

 

* * *

 

夕方。町の広場では、子どもたちが歌を口ずさんでいた。

 

「♪ふうかおねえちゃん、まほうじゃないよ~♪ でもびょうきはなおっちゃう~♪」

 

「なにその歌!?」

 

風花は思わず笑いながら、両手で顔を覆った。

 

「やーいやーい、作ったんだよー!」

 

「ねえ、風花お姉ちゃんも歌ってー!」

 

「いや、それはちょっと……!」

 

子どもたちの笑い声に混じって、自分も笑っていた。

 

これが、“自分が選んだ世界”だった。

 

誰かのために祈る必要も、誰かから祈られる義務もない。
自分で考え、自分で決め、自分の足で歩く。

 

そして、その道の途中で誰かと出会い、助け合い、支え合い――
その一つひとつが、奇跡に近い。

 

 

* * *

 

その夜。
レオンと並んで丘の上に立ち、町を見下ろしていた。

 

「ここが……私の生きる場所なんだね」

 

「最初から、そうだったんじゃないか?」

 

「うん。気づくのに、ちょっと時間がかかったけど」

 

「君はもう、戻ることはないんだな」

 

「ないよ。王都にも、信仰にも、誰かの期待にも。
私はもう、“期待に応えるために生きる”のをやめたの」

 

レオンは小さく息を吐いた。

 

「……よかった」

 

「え?」

 

「ようやく、君が君自身の物語を語れるようになったから」

 

風花はそっとレオンに寄り添った。

 

「レオン、ありがとう。ずっとそばにいてくれて」

 

「そばにいるのが、俺の物語なんだ」

 

夜風が、薬草の香りを運ぶ。
二人は並んで腰を下ろし、静かに空を見上げた。

 

空には、何の神託も、啓示も、奇跡もない。

 

それでも――いや、それだからこそ、今が心地よい。

 

 

* * *

 

翌朝。

 

風花は町の掲示板に貼られかけていた“聖女を讃える集会”の貼り紙を、黙って剥がした。

 

代わりに、自分の手で小さな紙を一枚、そこに貼った。

 

> **診療所よりお知らせ**
本日午後より、読み書き教室を開きます。
どなたでもどうぞ。風花



 

それが、彼女の掲げる唯一の“旗”だった。

 

奇跡も祈りもいらない。
ただそこに、自分の居場所があるだけでいい。

 

誰かの神になるより、隣にいる誰かと笑い合える自分でいたい。

 

そしてそれが――彼女が最後に手にした、ほんとうの“救い”だった。

 
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