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第十話 交渉の席
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第十話 交渉の席
王宮からの正式な招請状が届いたのは、抗議が起きてから三日後のことだった。
『王国財務安定に関する緊急協議』
文面は簡潔で、余計な装飾はない。
私はゆっくりと封を閉じ、クラウスを見る。
「ようやく、ですわね」
「はい。速度が上がっております」
王宮が“頼る側”に回るまで、あと少しだと思っていたが――予想より早い。
私は濃紺のドレスを選んだ。華美ではないが、揺るぎない印象を与える色。装飾は最小限。私は飾りではなく、条件を提示しに行くのだから。
王宮謁見の間。
前回とは違う空気が漂っていた。
レオニードは玉座の横に立っているが、以前のような自信に満ちた態度ではない。国王は静かに座り、重臣たちが両側に並ぶ。
「ヴァルテール公爵令嬢、参りました」
通告の声が響く。
私は中央へ進み、優雅に一礼した。
「本日はお招きありがとうございます」
「……座れ」
国王の声は低い。
私は指定された席に着く。対面には王太子。
彼と目が合う。
わずかな苛立ちと、抑えきれぬ焦燥が見える。
「単刀直入に言おう」
国王が口を開いた。
「基金の再開を求める」
「条件は、すでにお伝えしております」
私は穏やかに返す。
「財務監督権の制限。再建事業の共同管理。港湾再編の承認」
場がざわめく。
「王権の侵食だ」
レオニードが言う。
「いいえ」
私は静かに首を振る。
「王権の補強です」
「どこがだ」
「判断を制度で支えることは、弱体化ではございません」
国王の視線が鋭くなる。
「王太子の独断支出を抑制し、合議制を導入する。そうすれば、外部資本の信用は回復します」
財務大臣ガレインが小さく頷いた。
レオニードは拳を握る。
「私を信用していないのか」
「殿下」
私はまっすぐに見つめる。
「信用とは、感情ではなく実績です」
空気が張り詰める。
「殿下が数字で成果を示せば、制限は不要になります」
「……今は示せぬと言いたいのか」
「現状は赤字です」
事実だけを述べる。
国王が重々しく息を吐いた。
「王太子」
「父上……」
「国を守ることが優先だ」
沈黙。
長い沈黙。
やがて、レオニードは目を伏せた。
「……制限は、期間付きとする」
広間がざわめく。
「一年だ。それ以上は認めぬ」
私はわずかに微笑む。
「十分です」
数字を立て直すには、一年あれば足りる。
「港湾再編は?」
国王が問う。
「公爵家主導のままで。ただし関税の一定割合を王家へ還元」
「割合は?」
「二割」
「三割だ」
王の目が揺るがない。
私は一瞬考え、頷いた。
「承知いたしました」
交渉は、理で進む。
感情は不要。
だが、最後にレオニードが口を開いた。
「なぜだ」
「何が、でしょう」
「なぜここまで徹底する。私を追い詰めるためか」
私は静かに答える。
「違います」
「では何のためだ」
「国のためです」
その言葉に、誰も反論できなかった。
謁見が終わり、私は立ち上がる。
背後で国王の声が響いた。
「ヴァルテール令嬢」
「はい」
「そなたが王妃であれば、安泰であったやもしれぬ」
一瞬だけ、静寂が落ちる。
「光栄に存じます」
それ以上は何も言わない。
王宮を出ると、夕陽が沈みかけていた。
クラウスがそっと尋ねる。
「満足ですか」
「まだですわ」
「まだ?」
「これは再開に過ぎません」
撤退は終わり、再編が始まる。
そしていま、王家は制度の下に入った。
愛で決めた婚約破棄は、制度で補強される。
皮肉なものだ。
夜風が頬を撫でる。
王宮の灯りは、以前より安定して見えた。
だが、それは私の条件の上に成り立っている。
玉座の隣の空白は、まだ埋まらない。
けれど、国の均衡は戻り始めた。
そして、私はその外側にいる。
支える者としてではなく、選ぶ側として。
王宮からの正式な招請状が届いたのは、抗議が起きてから三日後のことだった。
『王国財務安定に関する緊急協議』
文面は簡潔で、余計な装飾はない。
私はゆっくりと封を閉じ、クラウスを見る。
「ようやく、ですわね」
「はい。速度が上がっております」
王宮が“頼る側”に回るまで、あと少しだと思っていたが――予想より早い。
私は濃紺のドレスを選んだ。華美ではないが、揺るぎない印象を与える色。装飾は最小限。私は飾りではなく、条件を提示しに行くのだから。
王宮謁見の間。
前回とは違う空気が漂っていた。
レオニードは玉座の横に立っているが、以前のような自信に満ちた態度ではない。国王は静かに座り、重臣たちが両側に並ぶ。
「ヴァルテール公爵令嬢、参りました」
通告の声が響く。
私は中央へ進み、優雅に一礼した。
「本日はお招きありがとうございます」
「……座れ」
国王の声は低い。
私は指定された席に着く。対面には王太子。
彼と目が合う。
わずかな苛立ちと、抑えきれぬ焦燥が見える。
「単刀直入に言おう」
国王が口を開いた。
「基金の再開を求める」
「条件は、すでにお伝えしております」
私は穏やかに返す。
「財務監督権の制限。再建事業の共同管理。港湾再編の承認」
場がざわめく。
「王権の侵食だ」
レオニードが言う。
「いいえ」
私は静かに首を振る。
「王権の補強です」
「どこがだ」
「判断を制度で支えることは、弱体化ではございません」
国王の視線が鋭くなる。
「王太子の独断支出を抑制し、合議制を導入する。そうすれば、外部資本の信用は回復します」
財務大臣ガレインが小さく頷いた。
レオニードは拳を握る。
「私を信用していないのか」
「殿下」
私はまっすぐに見つめる。
「信用とは、感情ではなく実績です」
空気が張り詰める。
「殿下が数字で成果を示せば、制限は不要になります」
「……今は示せぬと言いたいのか」
「現状は赤字です」
事実だけを述べる。
国王が重々しく息を吐いた。
「王太子」
「父上……」
「国を守ることが優先だ」
沈黙。
長い沈黙。
やがて、レオニードは目を伏せた。
「……制限は、期間付きとする」
広間がざわめく。
「一年だ。それ以上は認めぬ」
私はわずかに微笑む。
「十分です」
数字を立て直すには、一年あれば足りる。
「港湾再編は?」
国王が問う。
「公爵家主導のままで。ただし関税の一定割合を王家へ還元」
「割合は?」
「二割」
「三割だ」
王の目が揺るがない。
私は一瞬考え、頷いた。
「承知いたしました」
交渉は、理で進む。
感情は不要。
だが、最後にレオニードが口を開いた。
「なぜだ」
「何が、でしょう」
「なぜここまで徹底する。私を追い詰めるためか」
私は静かに答える。
「違います」
「では何のためだ」
「国のためです」
その言葉に、誰も反論できなかった。
謁見が終わり、私は立ち上がる。
背後で国王の声が響いた。
「ヴァルテール令嬢」
「はい」
「そなたが王妃であれば、安泰であったやもしれぬ」
一瞬だけ、静寂が落ちる。
「光栄に存じます」
それ以上は何も言わない。
王宮を出ると、夕陽が沈みかけていた。
クラウスがそっと尋ねる。
「満足ですか」
「まだですわ」
「まだ?」
「これは再開に過ぎません」
撤退は終わり、再編が始まる。
そしていま、王家は制度の下に入った。
愛で決めた婚約破棄は、制度で補強される。
皮肉なものだ。
夜風が頬を撫でる。
王宮の灯りは、以前より安定して見えた。
だが、それは私の条件の上に成り立っている。
玉座の隣の空白は、まだ埋まらない。
けれど、国の均衡は戻り始めた。
そして、私はその外側にいる。
支える者としてではなく、選ぶ側として。
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