『婚約破棄されたので玉座から降りました。――理で王国をざまあします

ふわふわ

文字の大きさ
10 / 41

第十話 交渉の席

しおりを挟む
第十話 交渉の席

 王宮からの正式な招請状が届いたのは、抗議が起きてから三日後のことだった。

『王国財務安定に関する緊急協議』

 文面は簡潔で、余計な装飾はない。

 私はゆっくりと封を閉じ、クラウスを見る。

「ようやく、ですわね」

「はい。速度が上がっております」

 王宮が“頼る側”に回るまで、あと少しだと思っていたが――予想より早い。

 私は濃紺のドレスを選んだ。華美ではないが、揺るぎない印象を与える色。装飾は最小限。私は飾りではなく、条件を提示しに行くのだから。

 王宮謁見の間。

 前回とは違う空気が漂っていた。

 レオニードは玉座の横に立っているが、以前のような自信に満ちた態度ではない。国王は静かに座り、重臣たちが両側に並ぶ。

「ヴァルテール公爵令嬢、参りました」

 通告の声が響く。

 私は中央へ進み、優雅に一礼した。

「本日はお招きありがとうございます」

「……座れ」

 国王の声は低い。

 私は指定された席に着く。対面には王太子。

 彼と目が合う。

 わずかな苛立ちと、抑えきれぬ焦燥が見える。

「単刀直入に言おう」

 国王が口を開いた。

「基金の再開を求める」

「条件は、すでにお伝えしております」

 私は穏やかに返す。

「財務監督権の制限。再建事業の共同管理。港湾再編の承認」

 場がざわめく。

「王権の侵食だ」

 レオニードが言う。

「いいえ」

 私は静かに首を振る。

「王権の補強です」

「どこがだ」

「判断を制度で支えることは、弱体化ではございません」

 国王の視線が鋭くなる。

「王太子の独断支出を抑制し、合議制を導入する。そうすれば、外部資本の信用は回復します」

 財務大臣ガレインが小さく頷いた。

 レオニードは拳を握る。

「私を信用していないのか」

「殿下」

 私はまっすぐに見つめる。

「信用とは、感情ではなく実績です」

 空気が張り詰める。

「殿下が数字で成果を示せば、制限は不要になります」

「……今は示せぬと言いたいのか」

「現状は赤字です」

 事実だけを述べる。

 国王が重々しく息を吐いた。

「王太子」

「父上……」

「国を守ることが優先だ」

 沈黙。

 長い沈黙。

 やがて、レオニードは目を伏せた。

「……制限は、期間付きとする」

 広間がざわめく。

「一年だ。それ以上は認めぬ」

 私はわずかに微笑む。

「十分です」

 数字を立て直すには、一年あれば足りる。

「港湾再編は?」

 国王が問う。

「公爵家主導のままで。ただし関税の一定割合を王家へ還元」

「割合は?」

「二割」

「三割だ」

 王の目が揺るがない。

 私は一瞬考え、頷いた。

「承知いたしました」

 交渉は、理で進む。

 感情は不要。

 だが、最後にレオニードが口を開いた。

「なぜだ」

「何が、でしょう」

「なぜここまで徹底する。私を追い詰めるためか」

 私は静かに答える。

「違います」

「では何のためだ」

「国のためです」

 その言葉に、誰も反論できなかった。

 謁見が終わり、私は立ち上がる。

 背後で国王の声が響いた。

「ヴァルテール令嬢」

「はい」

「そなたが王妃であれば、安泰であったやもしれぬ」

 一瞬だけ、静寂が落ちる。

「光栄に存じます」

 それ以上は何も言わない。

 王宮を出ると、夕陽が沈みかけていた。

 クラウスがそっと尋ねる。

「満足ですか」

「まだですわ」

「まだ?」

「これは再開に過ぎません」

 撤退は終わり、再編が始まる。

 そしていま、王家は制度の下に入った。

 愛で決めた婚約破棄は、制度で補強される。

 皮肉なものだ。

 夜風が頬を撫でる。

 王宮の灯りは、以前より安定して見えた。

 だが、それは私の条件の上に成り立っている。

 玉座の隣の空白は、まだ埋まらない。

 けれど、国の均衡は戻り始めた。

 そして、私はその外側にいる。

 支える者としてではなく、選ぶ側として。
しおりを挟む
感想 0

あなたにおすすめの小説

婚約破棄を伝えられて居るのは帝国の皇女様ですが…国は大丈夫でしょうか【完結】

恋愛
卒業式の最中、王子が隣国皇帝陛下の娘で有る皇女に婚約破棄を突き付けると言う、前代未聞の所業が行われ阿鼻叫喚の事態に陥り、卒業式どころでは無くなる事から物語は始まる。 果たして王子の国は無事に国を維持できるのか?

婚約破棄を申し入れたのは、父です ― 王子様、あなたの企みはお見通しです!

みかぼう。
恋愛
公爵令嬢クラリッサ・エインズワースは、王太子ルーファスの婚約者。 幼い日に「共に国を守ろう」と誓い合ったはずの彼は、 いま、別の令嬢マリアンヌに微笑んでいた。 そして――年末の舞踏会の夜。 「――この婚約、我らエインズワース家の名において、破棄させていただきます!」 エインズワース公爵が力強く宣言した瞬間、 王国の均衡は揺らぎ始める。 誇りを捨てず、誠実を貫く娘。 政の闇に挑む父。 陰謀を暴かんと手を伸ばす宰相の子。 そして――再び立ち上がる若き王女。 ――沈黙は逃げではなく、力の証。 公爵令嬢の誇りが、王国の未来を変える。 ――荘厳で静謐な政略ロマンス。 (本作品は小説家になろう、カクヨムにも掲載中です)

居候と婚約者が手を組んでいた!

すみ 小桜(sumitan)
恋愛
 グリンマトル伯爵家の一人娘のレネットは、前世の記憶を持っていた。前世は体が弱く入院しそのまま亡くなった。その為、病気に苦しむ人を助けたいと思い薬師になる事に。幸いの事に、家業は薬師だったので、いざ学校へ。本来は17歳から通う学校へ7歳から行く事に。ほらそこは、転生者だから!  って、王都の学校だったので寮生活で、数年後に帰ってみると居候がいるではないですか!  父親の妹家族のウルミーシュ子爵家だった。同じ年の従姉妹アンナがこれまたわがまま。  アンアの母親で父親の妹のエルダがこれまたくせ者で。  最悪な事態が起き、レネットの思い描いていた未来は消え去った。家族と末永く幸せと願った未来が――。

婚約破棄されたので、とりあえず王太子のことは忘れます!

パリパリかぷちーの
恋愛
クライネルト公爵令嬢のリーチュは、王太子ジークフリートから卒業パーティーで大勢の前で婚約破棄を告げられる。しかし、王太子妃教育から解放されることを喜ぶリーチュは全く意に介さず、むしろ祝杯をあげる始末。彼女は領地の離宮に引きこもり、趣味である薬草園作りに没頭する自由な日々を謳歌し始める。

人生の全てを捨てた王太子妃

八つ刻
恋愛
突然王太子妃になれと告げられてから三年あまりが過ぎた。 傍目からは“幸せな王太子妃”に見える私。 だけど本当は・・・ 受け入れているけど、受け入れられない王太子妃と彼女を取り巻く人々の話。 ※※※幸せな話とは言い難いです※※※ タグをよく見て読んでください。ハッピーエンドが好みの方(一方通行の愛が駄目な方も)はブラウザバックをお勧めします。 ※本編六話+番外編六話の全十二話。 ※番外編の王太子視点はヤンデレ注意報が発令されています。

王妃さまは断罪劇に異議を唱える

土岐ゆうば(金湯叶)
恋愛
パーティー会場の中心で王太子クロードが婚約者のセリーヌに婚約破棄を突きつける。彼の側には愛らしい娘のアンナがいた。 そんな茶番劇のような場面を見て、王妃クラウディアは待ったをかける。 彼女が反対するのは、セリーヌとの婚約破棄ではなく、アンナとの再婚約だったーー。 王族の結婚とは。 王妃と国王の思いや、国王の愛妾や婚外子など。 王宮をとりまく複雑な関係が繰り広げられる。 ある者にとってはゲームの世界、ある者にとっては現実のお話。

殿下は婚約破棄した私を“横領犯”として追放しましたが、私が“王国の財布”だとご存じなかったのですか?

なかすあき
恋愛
王太子の婚約者であるレティシアは、愛ではなく“王国の財布”に選ばれた内政官だった。 干ばつ救済基金を管理し、徴税と支出の流れを整え、国が崩れないように回してきたはずなのに。 舞踏会の夜。 聖女セシルの涙と王太子の言葉が、レティシアを一瞬で“横領犯”に仕立て上げる。 反論しても届かない。空気が判決を下す場所で、レティシアは追放された。 落とされた先は、干ばつに喘ぐ辺境。 水のない井戸、荒れた配給所、怒りの列。 レティシアは泣く代わりに、配給と水路と記録を整えた。奇跡ではなく、段取りで。 やがて王都は、レティシアがいなくなった穴から静かに壊れ始める。 支払いは止まり、責任は溶け、聖女の“物語”だけが空回りする。 呼び戻しの使者が来ても、レティシアは従わない。戻る条件はひとつ。 ――公開監査。 記録水晶が映し出すのは、涙では隠せない日付と署名、そして“誰が何を決めたか”という事実。 この逃げ場のない復讐劇の先に残るのは、王都の再起ではなく、辺境の明日だった。 これは、道具として捨てられた内政官が、二度と道具に戻らず、“責任を固定する”ことで国を救い、自分の居場所を選び直す物語。

【完結】え?今になって婚約破棄ですか?私は構いませんが大丈夫ですか?

ゆうぎり
恋愛
カリンは幼少期からの婚約者オリバーに学園で婚約破棄されました。 卒業3か月前の事です。 卒業後すぐの結婚予定で、既に招待状も出し終わり済みです。 もちろんその場で受け入れましたよ。一向に構いません。 カリンはずっと婚約解消を願っていましたから。 でも大丈夫ですか? 婚約破棄したのなら既に他人。迷惑だけはかけないで下さいね。 ※ゆるゆる設定です ※軽い感じで読み流して下さい

処理中です...