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第十四話 鏡に映るもの
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第十四話 鏡に映るもの
王妃教育機関の開設準備は、静かに、しかし着実に進んでいた。
王都の一等地にある旧貴族会館を改装し、講義室、図書室、会議室を整える。内装は華美ではないが、機能的で落ち着いた色調にまとめられている。
――ここは飾りの場ではなく、思考の場。
それが私の方針だった。
「初回講義の内容は、財務基礎と外交史でよろしいですか」
クラウスが確認する。
「ええ。王妃が感情だけで立てば、国は揺らぎます。まずは土台を」
参加予定者の名簿を見下ろす。
公爵家、侯爵家、伯爵家の令嬢たち。
そして空白の一行。
――王太子妃候補。
未記入のまま。
王宮では、微妙な空気が漂っていた。
「教育機関の開設式、殿下はご臨席なさいますか」
侍従が尋ねる。
レオニードは沈黙する。
出席すれば、公爵家の主導を認める形になる。
欠席すれば、制度への無関心を示す。
「父上は?」
「ご出席の意向です」
その一言が、重くのしかかる。
夜、ミレーヌは再び鏡の前に立っていた。
侍女が静かに問いかける。
「お通いになるのでしょうか」
「……殿下は必要ないと仰いました」
「ですが、民の視線は」
ミレーヌは唇を噛む。
優しさと笑顔だけでは、足りないと感じ始めていた。
王宮の回廊で、貴族夫人たちが囁く。
「公爵令嬢はやはり違う」
「国を支えているのは彼女だ」
「王太子妃は……」
言葉は濁される。
だが、比較は止まらない。
一方、私は開設式の最終確認を終え、机に向かっていた。
「式次第、問題なし」
「王家からの正式承認書、届いております」
クラウスが差し出す文書を受け取る。
王家の印章。
制度としての承認。
「鏡は完成しましたわね」
「鏡、ですか」
「ええ」
私は静かに微笑む。
「ここは、王妃候補が自らを映す場所」
学問を知らぬ者は、その空白を。
覚悟のない者は、その揺らぎを。
隠しようがない。
開設式当日。
会館前には多くの貴族が集まっていた。
馬車が並び、令嬢たちが次々と降り立つ。
そして、王家の紋章を掲げた馬車が到着する。
国王が降り立ち、会場が静まる。
その後ろから、レオニードが現れる。
視線が集まる。
彼は一瞬、私を見た。
私は一礼する。
「ご臨席、光栄に存じます」
「……国のためだ」
短い言葉。
だが、出席したという事実は重い。
式が始まる。
「本日より、王妃教育機関は開設されます」
私の声が会場に響く。
「王妃とは、王の隣で国を支える存在。感情と理を併せ持ち、国の未来を共に築く者」
視線が自然と、レオニードの横へ向かう。
そこに立つのは、ミレーヌ。
彼女は緊張した面持ちで、私を見つめている。
「本機関は、王家の安定と王国の信用回復を目的とします」
拍手が起こる。
だが、その拍手の中に、期待と試す視線が混じる。
式後。
貴族夫人の一人がミレーヌに近づく。
「王太子妃様も、お通いになられるのですよね?」
柔らかな笑顔。
だが、その問いは鋭い。
ミレーヌは一瞬、言葉を失う。
「……検討中ですわ」
それだけを答える。
その場の空気が、わずかに揺れた。
夜。
レオニードは書斎でひとり座っていた。
「教育機関……」
自分の隣に立つ者が、問われている。
そして同時に、自分自身も。
王太子として、王として、何を示せるのか。
一方、私は会館の灯りが消えた後も、しばらくその場に立っていた。
鏡は置いた。
あとは、誰が向き合うか。
王宮の塔が夜に浮かぶ。
玉座の隣の空白は、まだ埋まらない。
だが、そこに立つ資格は、制度として示された。
鏡は嘘をつかない。
そして、いま王都の視線は、その鏡へと集まっている。
王妃教育機関の開設準備は、静かに、しかし着実に進んでいた。
王都の一等地にある旧貴族会館を改装し、講義室、図書室、会議室を整える。内装は華美ではないが、機能的で落ち着いた色調にまとめられている。
――ここは飾りの場ではなく、思考の場。
それが私の方針だった。
「初回講義の内容は、財務基礎と外交史でよろしいですか」
クラウスが確認する。
「ええ。王妃が感情だけで立てば、国は揺らぎます。まずは土台を」
参加予定者の名簿を見下ろす。
公爵家、侯爵家、伯爵家の令嬢たち。
そして空白の一行。
――王太子妃候補。
未記入のまま。
王宮では、微妙な空気が漂っていた。
「教育機関の開設式、殿下はご臨席なさいますか」
侍従が尋ねる。
レオニードは沈黙する。
出席すれば、公爵家の主導を認める形になる。
欠席すれば、制度への無関心を示す。
「父上は?」
「ご出席の意向です」
その一言が、重くのしかかる。
夜、ミレーヌは再び鏡の前に立っていた。
侍女が静かに問いかける。
「お通いになるのでしょうか」
「……殿下は必要ないと仰いました」
「ですが、民の視線は」
ミレーヌは唇を噛む。
優しさと笑顔だけでは、足りないと感じ始めていた。
王宮の回廊で、貴族夫人たちが囁く。
「公爵令嬢はやはり違う」
「国を支えているのは彼女だ」
「王太子妃は……」
言葉は濁される。
だが、比較は止まらない。
一方、私は開設式の最終確認を終え、机に向かっていた。
「式次第、問題なし」
「王家からの正式承認書、届いております」
クラウスが差し出す文書を受け取る。
王家の印章。
制度としての承認。
「鏡は完成しましたわね」
「鏡、ですか」
「ええ」
私は静かに微笑む。
「ここは、王妃候補が自らを映す場所」
学問を知らぬ者は、その空白を。
覚悟のない者は、その揺らぎを。
隠しようがない。
開設式当日。
会館前には多くの貴族が集まっていた。
馬車が並び、令嬢たちが次々と降り立つ。
そして、王家の紋章を掲げた馬車が到着する。
国王が降り立ち、会場が静まる。
その後ろから、レオニードが現れる。
視線が集まる。
彼は一瞬、私を見た。
私は一礼する。
「ご臨席、光栄に存じます」
「……国のためだ」
短い言葉。
だが、出席したという事実は重い。
式が始まる。
「本日より、王妃教育機関は開設されます」
私の声が会場に響く。
「王妃とは、王の隣で国を支える存在。感情と理を併せ持ち、国の未来を共に築く者」
視線が自然と、レオニードの横へ向かう。
そこに立つのは、ミレーヌ。
彼女は緊張した面持ちで、私を見つめている。
「本機関は、王家の安定と王国の信用回復を目的とします」
拍手が起こる。
だが、その拍手の中に、期待と試す視線が混じる。
式後。
貴族夫人の一人がミレーヌに近づく。
「王太子妃様も、お通いになられるのですよね?」
柔らかな笑顔。
だが、その問いは鋭い。
ミレーヌは一瞬、言葉を失う。
「……検討中ですわ」
それだけを答える。
その場の空気が、わずかに揺れた。
夜。
レオニードは書斎でひとり座っていた。
「教育機関……」
自分の隣に立つ者が、問われている。
そして同時に、自分自身も。
王太子として、王として、何を示せるのか。
一方、私は会館の灯りが消えた後も、しばらくその場に立っていた。
鏡は置いた。
あとは、誰が向き合うか。
王宮の塔が夜に浮かぶ。
玉座の隣の空白は、まだ埋まらない。
だが、そこに立つ資格は、制度として示された。
鏡は嘘をつかない。
そして、いま王都の視線は、その鏡へと集まっている。
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