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婚約破棄の宣告
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婚約破棄の宣告
王城の小広間は、異様なほど静まり返っていた。
絢爛な装飾と重厚な絨毯に囲まれた空間に集められたのは、王族に近い立場の貴族たち。その誰もが、これから起きる出来事を“見世物”として待っているのが分かった。
中央に立つのは、エドガー・バルディン。
若くして将来を嘱望される貴族であり、私――ヴァレリア・ノルディスの婚約者だった男。
「ヴァレリア・ノルディス。君との婚約を、ここで正式に破棄する」
その声は、妙に張りがあった。
緊張よりも、高揚。
長く準備してきた舞台を、ようやく披露できるとでも言いたげだった。
一瞬、周囲の視線が私に集中する。
泣くのか、取り乱すのか、それとも必死に縋るのか。
彼らは、そのどれかを期待していた。
だが私は、ただ一歩前に出て、静かに口を開いた。
「……理由を、伺っても?」
その問いかけに、小広間がざわめいた。
怒りも涙も含まない声は、彼らの想定外だったのだろう。
「理由? 簡単なことだ」
エドガーは肩をすくめ、あからさまに侮蔑を滲ませた視線を向ける。
「君は冷たい。貴族の妻として、人の心を理解しようとしない」
「感情も示さず、寄り添うこともしない。そんな女が、俺の隣に立つ資格はない」
ひとつひとつの言葉は、どれも以前から言われ慣れたものだった。
冷静すぎる。合理的すぎる。可愛げがない。
――努力は、評価されない。
それを私は、かなり前から理解していた。
「そして、こちらを見てほしい」
エドガーが手を差し伸べた先に、一人の女性が進み出る。
白を基調とした清楚なドレスに身を包み、怯えた小動物のように俯いた姿。
「彼女はセシリア。神に選ばれし聖女だ」
「祈るだけで病を癒し、人々に奇跡をもたらす」
感嘆の声が、あちこちから漏れた。
期待と陶酔が入り混じった視線が、セシリアに注がれる。
私はその光景を一瞥しただけで、再びエドガーに視線を戻した。
「……そうですか」
それだけを口にすると、彼は拍子抜けしたように目を瞬かせる。
「理解してくれるのか?」
「君も、彼女の力を認めるということだな?」
「いいえ」
私は首を横に振った。
「理解したのは、あなたの選択です」
「私を必要としていない。その事実だけで十分です」
再び、広間がざわついた。
否定も罵倒もない返答は、あまりに静かで、かえって不気味だったのだろう。
「では――」
私は一歩下がり、形式通りに頭を下げる。
「婚約は、正式に解消ということでよろしいですね」
「……ああ。今後一切、俺に関わるな」
その言葉を、私は否定しない。
「承知いたしました」
その瞬間、誰かが息を呑む音がした。
婚約破棄とは、もっと劇的で、もっと感情的なものだと、彼らは思っていたはずだ。
「待て、ヴァレリア」
背を向けた私に、エドガーが声をかける。
「後悔するなよ。君は――」
「後悔はいたしません」
私は振り返らず、淡々と告げた。
「選ばれなかったのは、私ではありません」
「選ばなかったのは、あなたですから」
一瞬、空気が凍りついた。
エドガーの言葉が詰まり、周囲の貴族たちが顔を見合わせる。
私はそれ以上何も言わず、小広間を後にした。
背後から聞こえてきたのは、ひそひそとした囁き声。
「……やはり冷たい令嬢だ」
「感情が欠けている」
構わない。
そう呼ばれることには、もう慣れている。
城を出ると、夕暮れの空気がひどく澄んでいた。
胸の奥にあるのは、悲しみではない。
ただ、長い役目を終えたという、静かな解放感。
私は知らなかった。
この“静かな別れ”こそが、後に多くの人間の運命を狂わせる引き金になることを。
王城の小広間は、異様なほど静まり返っていた。
絢爛な装飾と重厚な絨毯に囲まれた空間に集められたのは、王族に近い立場の貴族たち。その誰もが、これから起きる出来事を“見世物”として待っているのが分かった。
中央に立つのは、エドガー・バルディン。
若くして将来を嘱望される貴族であり、私――ヴァレリア・ノルディスの婚約者だった男。
「ヴァレリア・ノルディス。君との婚約を、ここで正式に破棄する」
その声は、妙に張りがあった。
緊張よりも、高揚。
長く準備してきた舞台を、ようやく披露できるとでも言いたげだった。
一瞬、周囲の視線が私に集中する。
泣くのか、取り乱すのか、それとも必死に縋るのか。
彼らは、そのどれかを期待していた。
だが私は、ただ一歩前に出て、静かに口を開いた。
「……理由を、伺っても?」
その問いかけに、小広間がざわめいた。
怒りも涙も含まない声は、彼らの想定外だったのだろう。
「理由? 簡単なことだ」
エドガーは肩をすくめ、あからさまに侮蔑を滲ませた視線を向ける。
「君は冷たい。貴族の妻として、人の心を理解しようとしない」
「感情も示さず、寄り添うこともしない。そんな女が、俺の隣に立つ資格はない」
ひとつひとつの言葉は、どれも以前から言われ慣れたものだった。
冷静すぎる。合理的すぎる。可愛げがない。
――努力は、評価されない。
それを私は、かなり前から理解していた。
「そして、こちらを見てほしい」
エドガーが手を差し伸べた先に、一人の女性が進み出る。
白を基調とした清楚なドレスに身を包み、怯えた小動物のように俯いた姿。
「彼女はセシリア。神に選ばれし聖女だ」
「祈るだけで病を癒し、人々に奇跡をもたらす」
感嘆の声が、あちこちから漏れた。
期待と陶酔が入り混じった視線が、セシリアに注がれる。
私はその光景を一瞥しただけで、再びエドガーに視線を戻した。
「……そうですか」
それだけを口にすると、彼は拍子抜けしたように目を瞬かせる。
「理解してくれるのか?」
「君も、彼女の力を認めるということだな?」
「いいえ」
私は首を横に振った。
「理解したのは、あなたの選択です」
「私を必要としていない。その事実だけで十分です」
再び、広間がざわついた。
否定も罵倒もない返答は、あまりに静かで、かえって不気味だったのだろう。
「では――」
私は一歩下がり、形式通りに頭を下げる。
「婚約は、正式に解消ということでよろしいですね」
「……ああ。今後一切、俺に関わるな」
その言葉を、私は否定しない。
「承知いたしました」
その瞬間、誰かが息を呑む音がした。
婚約破棄とは、もっと劇的で、もっと感情的なものだと、彼らは思っていたはずだ。
「待て、ヴァレリア」
背を向けた私に、エドガーが声をかける。
「後悔するなよ。君は――」
「後悔はいたしません」
私は振り返らず、淡々と告げた。
「選ばれなかったのは、私ではありません」
「選ばなかったのは、あなたですから」
一瞬、空気が凍りついた。
エドガーの言葉が詰まり、周囲の貴族たちが顔を見合わせる。
私はそれ以上何も言わず、小広間を後にした。
背後から聞こえてきたのは、ひそひそとした囁き声。
「……やはり冷たい令嬢だ」
「感情が欠けている」
構わない。
そう呼ばれることには、もう慣れている。
城を出ると、夕暮れの空気がひどく澄んでいた。
胸の奥にあるのは、悲しみではない。
ただ、長い役目を終えたという、静かな解放感。
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