婚約破棄された令嬢は、誰にも選ばれずに選び続ける

ふわふわ

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第6話 失われたものの正体

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第6話 失われたものの正体

 辺境公爵領での滞在は、私の想定よりも静かに、そして確実に日常へ溶け込んでいった。

 朝は早く、執務は簡潔。
 会議は結論から入り、感情論は排される。
 その代わり、責任の所在だけは明確だった。

 ――ここでは、誰も誤魔化さない。

 その事実が、どれほど心を軽くするものか。
 私は、王都で過ごした時間との違いを、日に日に強く実感していた。

 執務室で資料を確認していると、扉が控えめに叩かれる。

「入ってください」

 現れたのは、公爵領の財務責任者だった。

「ノルディス嬢、王都方面から追加の報告が入りました」

 差し出された書類を受け取り、私は目を落とす。
 内容は、予想していたよりも早かった。

「……取引の停止、再交渉、延期」

 項目を追うごとに、王都の混乱が具体的な形を取り始めているのが分かる。

「影響は?」

「広がっています。特に、バルディン家関連の案件が」

 私は一瞬だけ視線を伏せ、すぐに顔を上げた。

「詳細を」

 感情は挟まない。
 事実だけを拾い上げる。

「窓口が定まらず、判断が遅れています。
 これまで、調整役を担っていた人物がいなくなったことで……」

 その言葉は、遠回しだが明確だった。
 “誰か”が抜けた。
 その穴を、誰も埋められていない。

「理解しました。こちらからは介入しません」

 財務責任者は、わずかに目を見開いた。

「よろしいのですか?」

「はい。必要なのは、救済ではありません」

 介入すれば、一時的に整うだろう。
 だが、それでは根本は変わらない。

 組織が、自分たちで“失ったものの正体”に気づく必要がある。

 その日の午後、クラウス・アイゼンベルクが執務室に現れた。

「報告を見た」

 短い言葉。
 だが、視線は鋭い。

「王都は、予想以上に脆いな」

「脆いのではありません」

 私は静かに答えた。

「支えていた構造を、理解していなかっただけです」

 クラウスは、わずかに眉を動かす。

「君が?」

「はい。ただし――」

 私は言葉を選んだ。

「私個人ではありません。
 “決める人間が決める仕組み”が、そこにありました」

 王都では、最終判断を誰がするのかが曖昧だった。
 責任は分散され、成果は個人に帰属する。

 結果、判断できる人間がいなくなった瞬間、全体が止まる。

「君は、それを整理していた」

「役割として、です」

 過剰な評価はいらない。
 ただ、事実として。

 クラウスは少しだけ考え、口を開いた。

「戻るつもりは?」

 直球の問い。
 だが、圧はない。

「ありません」

 即答だった。

「必要とされていない場所に、戻る理由がありません」

 沈黙。
 それを破ったのは、彼の低い声だった。

「……それでいい」

 肯定でも、慰めでもない。
 判断としての言葉。

 その夜、私は書斎で一人、王都から届いた追加の報告書に目を通していた。

 エドガー・バルディンの名は、頻繁に現れる。
 だが、そこにあるのは、指示でも成果でもない。

 ――責任の所在。

「失われたのは、私ではありませんね」

 ぽつりと呟く。

 彼らが失ったのは、
 静かに整えられた“判断の仕組み”。

 それに気づかない限り、誰が代わっても同じだ。

 一方その頃、王都のバルディン家邸。

「なぜ、誰も決めない!」

 エドガーの怒声が、執務室に響いた。

「前例がなく……」
「聖女の判断を仰いでは……」

「そんなもの、今すぐ必要な決断の代わりになるか!」

 言い放った瞬間、彼は気づいてしまった。

 自分が、決められない側だということに。

 だが、その事実を認めるには、彼の自尊心はあまりにも高すぎた。

 夜更け。
 辺境の城は静かだった。

 私は窓辺に立ち、遠くの星を見上げる。

 ここでは、誰も私を“冷たい令嬢”とは呼ばない。
 必要なのは、判断と責任。
 それだけだ。

「……失われたものの正体は、案外単純ですね」

 だが、それに気づく者は、いつも遅い。

 私が席を立ったことで崩れ始めた歯車は、
 まだ、完全には止まっていない。

 止まる瞬間は、これからだ。
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