婚約破棄された令嬢は、誰にも選ばれずに選び続ける

ふわふわ

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第7話 戻れない場所

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第7話 戻れない場所

 王都から届く報告は、日に日に量を増していた。

 辺境公爵領の執務室で資料に目を通しながら、私はその変化を淡々と追っている。
 数字は嘘をつかない。
 遅延、未決、再協議――同じ言葉が、異なる案件に並んでいた。

「……連鎖していますね」

 誰か一人の失策ではない。
 判断が先送りされ、責任が曖昧になり、その空白が次の停滞を生む。
 これはもはや、偶発的な混乱ではなかった。

 その時、執務室の扉が静かに開く。

「ノルディス嬢」

 入ってきたのは、クラウス・アイゼンベルクだった。
 手には、王都から直接届いた封書がある。

「君宛てだ」

「……私に?」

 受け取った封蝋には、見慣れた紋章。
 バルディン家の印。

 中身は、予想通りだった。

『至急、王都に戻られたし。
 現在の混乱について、貴殿の助言が必要と判断した』

 簡潔で、要件だけが並ぶ文面。
 だが、その裏にある焦りは、隠しきれていない。

 私は一度、目を閉じた。

「……助言、ですか」

 かつて、私が担っていた役割。
 けれど、それは“求められたから”ではない。
 “都合が良かったから”任されていただけだ。

 クラウスは、私の反応を静かに待っている。
 促しも、期待もない。

「戻る必要は、ありません」

 そう告げると、彼は一度だけ頷いた。

「理由は?」

「必要とされているのは、私ではないからです」

 私は封書を机に置く。

「彼らが求めているのは、
 “自分たちの代わりに決めてくれる誰か”です」

 それでは、何も変わらない。

 クラウスは、しばらく考えた後、短く言った。

「正しい判断だ」

 それだけで十分だった。

 同じ頃、王都――バルディン家邸。

「返事は、まだか?」

 エドガー・バルディンは、執務室を歩き回っていた。
 机には未処理の書類が積まれ、侍従たちは視線を逸らしている。

「……ノルディス嬢からの返答は、まだ」

「遅すぎる!」

 怒鳴り声が、空気を震わせた。

 以前なら、この時点で誰かが状況を整理し、
 どこから手を付けるべきかを示していた。

 だが、今は違う。

「なぜだ……なぜ、こんなことに……」

 エドガーは、ようやく気づき始めていた。
 自分が失ったものの大きさに。

 それは、婚約者でも、補佐役でもない。
 “考えなくても回る世界”だった。

 夜。
 私は辺境の城の回廊を歩いていた。

 窓の外には、静かな闇と、規則正しい灯り。
 ここでは、誰も声を荒げない。
 決めるべき人間が、決めているからだ。

「……戻れない場所、ですね」

 王都は、もう私の居場所ではない。
 助ければ感謝されるだろう。
 だが、それは同時に、再び“都合のいい存在”に戻ることを意味する。

 私は立ち止まり、夜空を見上げた。

 失ったものに縋る人間と、
 新しい場所で役割を得る人間。

 その差は、時間と共に、はっきりと形になる。

 そして――
 戻れない場所があると知ることは、
 前に進むための、確かな証だった。

 王都からの封書は、そのまま机の上に置かれたまま。
 返事を書くことは、もうない。

 それが意味する結論を、
 エドガー・バルディンが理解する日も、そう遠くはなかった。
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