婚約破棄された令嬢は、誰にも選ばれずに選び続ける

ふわふわ

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第11話 冷酷公爵の素顔

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第11話 冷酷公爵の素顔

 辺境公爵クラウス・アイゼンベルクは、「冷酷」という噂を背負っている。

 感情を表に出さず、必要のない言葉を口にしない。
 決断は速く、例外を作らない。
 それらの特徴だけを切り取れば、確かに冷たい人物に見えるのだろう。

 だが、補佐として正式に席を与えられてから、私はその評価がどれほど表層的なものかを理解し始めていた。

 その日の会議は、国境警備に関するものだった。
 兵站、交代周期、補給量。
 どれも数字と現実に基づいた、重い議題だ。

「この配置では、冬を越せない」

 そう断言したのは、クラウスだった。

「消耗が激しすぎる。短期的には保つが、春までに破綻する」

 反論は出なかった。
 彼の言葉は感情論ではなく、事実の積み重ねだからだ。

 私は資料に目を通しながら、静かに補足する。

「補給路を一部変更すれば、消耗は三割減らせます。
 ただし、住民への説明が必要になります」

「任せる」

 即答だった。
 説明の方法も、言い回しも、私に委ねられる。

 会議が終わった後、私はふと気づく。
 クラウスは“命令”をほとんどしない。
 判断は下すが、やり方は信頼した相手に預ける。

 それは、無関心とは真逆の姿勢だった。

 午後、私は城内の回廊を歩きながら、補給変更についての説明文を考えていた。
 住民にとって重要なのは、専門用語ではない。
 自分たちの生活がどう変わるのか、それだけだ。

「……こうすれば、無理はないですね」

 独り言に近い呟きに、背後から声がかかる。

「住民向けの文面か」

 振り返ると、クラウスが立っていた。
 いつの間にか距離を詰めていたらしい。

「はい。専門的な説明は、必要ありませんから」

「それでいい」

 彼は短く頷いた。

「理解させるのではなく、納得させる。
 それができる者は、意外と少ない」

 それは、明確な評価だった。
 だが、持ち上げるような調子ではない。

「……公爵は、よく人を見ていますね」

 そう言うと、彼は一瞬だけ視線を逸らした。

「見ていなければ、守れない」

 その言葉は、ひどく静かだった。

 守る。
 それは、感情的な庇護ではない。
 責任を持って判断し、その結果を引き受けるという意味だ。

 私は、その横顔を見ながら思う。

 冷酷だと噂される理由は、きっとこれだ。
 彼は、誰かの感情に流されない。
 同時に、誰かを切り捨てることにも、理由を求める。

 夜。
 執務室で最後の確認を終えた後、私は一息ついて窓の外を眺めていた。

「……今日も、問題はなかったですね」

「問題がなかったのは、君が先回りしたからだ」

 いつの間にか、クラウスが部屋に入ってきていた。

「補佐として、十分すぎる」

 その言葉に、私はわずかに首を振る。

「役割を果たしているだけです」

「それを“当然”だと思わない人間が、ここにはいる」

 そう言って、彼は机の上に書類を置いた。

「これからも、頼る」

 それは命令ではなく、依頼だった。

 私は、静かに頷く。

「お任せください」

 そのやり取りに、余計な感情はない。
 だが、確かな信頼がある。

 冷酷公爵の素顔は、
 無感情でも、残酷でもなかった。

 ただ、責任を背負い続ける覚悟を、誰よりも当然のものとして受け入れている――
 それだけの人だった。

 そして私は、その覚悟の隣に立つことを、
 いつの間にか、自然だと感じ始めていた。
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