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第17話 距離の変化
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第17話 距離の変化
共同責任者としての立場が定まってから、城の空気は微妙に変わった。
大きな混乱が起きたわけではない。
制度も、人の配置も、急に入れ替わったわけではない。
ただ――判断が下されるまでの時間が、わずかに短くなった。
それだけで、現場は驚くほど安定する。
「こちらは、ノルディス様の判断で進めてよろしいですね?」
そう尋ねられることが増えた。
「はい。条件はこの二点を必ず守ってください」
即答すると、相手は深く頭を下げて去っていく。
迷いはない。
私自身にも、相手にも。
以前なら、このやり取りの前に、
「公爵に確認を」「前例が」「責任の所在が」
そんな言葉が挟まっていたはずだ。
今は違う。
責任の所在は、明確だ。
午後、私は執務室で一人、資料に目を通していた。
視線の先に、ふと湯気の立つカップが置かれる。
「……いつの間に」
「集中していた」
クラウスだった。
いつものように、気配を消して近づいている。
「礼を言うべきでしょうか」
「仕事の妨げにならない範囲だ」
そう言いながら、彼は向かいの椅子に腰を下ろした。
この距離感も、少し前とは違う。
緊張はあるが、警戒はない。
「最近、周囲が落ち着いている」
彼が言う。
「それは、公爵の判断が一貫しているからです」
「君の整理があるからだ」
短い応酬。
だが、互いに譲らない。
――不思議と、心地よい。
沈黙が続く。
書類をめくる音と、カップに触れる微かな音だけが響く。
その静けさの中で、私はふと気づいた。
以前は、クラウスと二人きりでいるとき、
常に“仕事の緊張”が前面にあった。
今は、違う。
緊張はあるが、
それは警戒ではなく、集中に近い。
「……距離が、変わりましたね」
思わず口にすると、彼は一瞬だけ手を止めた。
「物理的な話か?」
「いいえ。立場の話です」
私は正直に答える。
「以前は、補佐と公爵でした」
「今は……対等な責任を持つ者同士です」
クラウスは少し考え、頷いた。
「その通りだ」
否定も、茶化しもない。
「距離が変わるのは、自然だ」
その言葉に、胸の奥が静かに熱を持つ。
夕刻、視察のため城外に出た。
馬車ではなく、徒歩での移動だ。
「公爵自らですか?」
「現場を見る必要がある」
「共同責任者として?」
「……個人的にも、だ」
短い沈黙。
だが、重くはない。
並んで歩く道。
言葉は多くないが、歩調は自然と揃っている。
住民が道を譲り、深く頭を下げる。
「最近は、あなたも“当たり前の存在”になりましたね」
クラウスが言った。
「いい意味で、です」
「それは……危険でもあります」
「そうだな」
即答。
「だが、必要でもある」
当たり前になるということは、
信頼されているということ。
同時に、
失ったときの影響も大きい。
だからこそ、距離は必要だ。
近づきすぎず、離れすぎず。
夜、執務を終えた後、私は自室に戻る途中で立ち止まった。
回廊の先に、クラウスの背中が見える。
彼もまた、歩みを止めた。
「……疲れているか」
「少しだけ」
正直に答える。
「だが、嫌な疲れではありません」
「なら、問題ない」
彼はそう言い、少しだけ振り返った。
「距離が変わっても、役割は変わらない」
「はい」
「だが――」
珍しく、言葉を切る。
「信頼は、深まる」
それだけ言って、彼は去っていった。
私はその場に残り、静かに息を吐く。
距離が変わる。
立場が変わる。
関係が変わる。
だが、それは不安ではなかった。
むしろ――
自然な流れだと、思えた。
冷たい令嬢と呼ばれた私と、
冷酷公爵と噂される彼。
二人の距離は、
静かに、だが確実に、変わり続けている。
共同責任者としての立場が定まってから、城の空気は微妙に変わった。
大きな混乱が起きたわけではない。
制度も、人の配置も、急に入れ替わったわけではない。
ただ――判断が下されるまでの時間が、わずかに短くなった。
それだけで、現場は驚くほど安定する。
「こちらは、ノルディス様の判断で進めてよろしいですね?」
そう尋ねられることが増えた。
「はい。条件はこの二点を必ず守ってください」
即答すると、相手は深く頭を下げて去っていく。
迷いはない。
私自身にも、相手にも。
以前なら、このやり取りの前に、
「公爵に確認を」「前例が」「責任の所在が」
そんな言葉が挟まっていたはずだ。
今は違う。
責任の所在は、明確だ。
午後、私は執務室で一人、資料に目を通していた。
視線の先に、ふと湯気の立つカップが置かれる。
「……いつの間に」
「集中していた」
クラウスだった。
いつものように、気配を消して近づいている。
「礼を言うべきでしょうか」
「仕事の妨げにならない範囲だ」
そう言いながら、彼は向かいの椅子に腰を下ろした。
この距離感も、少し前とは違う。
緊張はあるが、警戒はない。
「最近、周囲が落ち着いている」
彼が言う。
「それは、公爵の判断が一貫しているからです」
「君の整理があるからだ」
短い応酬。
だが、互いに譲らない。
――不思議と、心地よい。
沈黙が続く。
書類をめくる音と、カップに触れる微かな音だけが響く。
その静けさの中で、私はふと気づいた。
以前は、クラウスと二人きりでいるとき、
常に“仕事の緊張”が前面にあった。
今は、違う。
緊張はあるが、
それは警戒ではなく、集中に近い。
「……距離が、変わりましたね」
思わず口にすると、彼は一瞬だけ手を止めた。
「物理的な話か?」
「いいえ。立場の話です」
私は正直に答える。
「以前は、補佐と公爵でした」
「今は……対等な責任を持つ者同士です」
クラウスは少し考え、頷いた。
「その通りだ」
否定も、茶化しもない。
「距離が変わるのは、自然だ」
その言葉に、胸の奥が静かに熱を持つ。
夕刻、視察のため城外に出た。
馬車ではなく、徒歩での移動だ。
「公爵自らですか?」
「現場を見る必要がある」
「共同責任者として?」
「……個人的にも、だ」
短い沈黙。
だが、重くはない。
並んで歩く道。
言葉は多くないが、歩調は自然と揃っている。
住民が道を譲り、深く頭を下げる。
「最近は、あなたも“当たり前の存在”になりましたね」
クラウスが言った。
「いい意味で、です」
「それは……危険でもあります」
「そうだな」
即答。
「だが、必要でもある」
当たり前になるということは、
信頼されているということ。
同時に、
失ったときの影響も大きい。
だからこそ、距離は必要だ。
近づきすぎず、離れすぎず。
夜、執務を終えた後、私は自室に戻る途中で立ち止まった。
回廊の先に、クラウスの背中が見える。
彼もまた、歩みを止めた。
「……疲れているか」
「少しだけ」
正直に答える。
「だが、嫌な疲れではありません」
「なら、問題ない」
彼はそう言い、少しだけ振り返った。
「距離が変わっても、役割は変わらない」
「はい」
「だが――」
珍しく、言葉を切る。
「信頼は、深まる」
それだけ言って、彼は去っていった。
私はその場に残り、静かに息を吐く。
距離が変わる。
立場が変わる。
関係が変わる。
だが、それは不安ではなかった。
むしろ――
自然な流れだと、思えた。
冷たい令嬢と呼ばれた私と、
冷酷公爵と噂される彼。
二人の距離は、
静かに、だが確実に、変わり続けている。
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