婚約破棄された令嬢は、誰にも選ばれずに選び続ける

ふわふわ

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第29話 切り捨てられる側

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第29話 切り捨てられる側

 噂は、完全に止まったわけではなかった。
 だが、その質が変わり始めていた。

 朝の報告で、補佐官が言葉を選びながら告げる。

「……王都で、“辺境公爵領を切り捨てるべきだ”という声が出ています」

「なるほど」

 私は、驚きもせずに頷いた。

「噂が効かなかった。
 だから今度は、“切る側でありたい”のですね」

 王都は、常に立場で語る。
 正しさではなく、上か下か。
 選ぶ側か、選ばれる側か。

 切り捨てるという言葉を使うことで、
 自分たちがまだ“上位”にいると確認したいのだ。

「実際に、何か不利益は?」

「今のところ、ありません。
 むしろ……」

 補佐官は、別の資料を差し出した。

「周辺三領から、共同事業の正式提案が来ています」

「でしょうね」

 王都が切り捨てると騒ぐほど、
 周囲は“拾う価値がある”と理解する。

 判断基準は、いつも外側にある。

 午前の会議では、その提案について協議した。

「条件は、こちらが主導権を持つ形で」

「はい。
 責任分界も明確です」

 官吏たちは、迷いなく答える。
 “誰かの顔色を見る”という発想が、
 この場所ではすでに過去のものになっていた。

 午後、レオニスが控えめに口を開く。

「……王都に切り捨てられる、というのは……
 不安ではありませんか?」

 若さゆえの、率直な疑問。

 私は、資料から目を上げた。

「切り捨てる、とはどういう意味だと思いますか」

「……資金、権限、人脈を失うこと、でしょうか」

「それは、“持っていないと困るもの”です」

 私は、静かに言葉を続ける。

「ですが、今の私たちは――
 それらに依存していません」

 資金は、自立して回っている。
 権限は、現場で行使している。
 人脈は、結果によって築かれている。

「切り捨てるという言葉は、
 相手が“切れるものを持っている”ときにだけ成立します」

 レオニスは、はっと息を呑んだ。

「……王都は」

「もう、切れるものを持っていません」

 夕刻、城の中庭で、クラウスと並んで歩く。

「王都は、こちらを切り捨てると言っている」

「ええ」

「だが実際は――」

「自分たちが、切り離されつつある」

 クラウスが、静かに言った。

 私は、その言葉に頷く。

 王都は、判断を放棄し続けた結果、
 判断できる場所から距離を置かれた。

 誰も追い出してはいない。
 ただ、中心が移動しただけだ。

 夜、私は私室で、古い書簡を一つ手に取る。

 元婚約者、エドガー・バルディンの名。
 かつて、私を“不要”と切り捨てた男。

「……似ていますね」

 彼もまた、
 切り捨てることで、
 自分の立場を守ろうとした。

 結果は、どうだったか。

 彼は今、
 王都で影のような存在になり、
 誰からも選ばれない。

「切り捨てる側でいるつもりが、
 切り捨てられる側になる」

 それは、珍しい話ではない。

 選ぶ力を失った者は、
 いずれ、選ばれなくなる。

 それだけのことだ。

 窓の外には、穏やかな夜。

 辺境公爵領は、今日も変わらず回っている。

 切り捨てられるという言葉は、
 ここには、何の影も落とさない。

 なぜなら――
 すでに、次の基準で動いているから。

 王都が何を言おうと、
 ここは、ここだ。

 私は、静かに確信していた。

 切り捨てられる側は、
 もう、こちらではない。
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