婚約破棄された令嬢は、誰にも選ばれずに選び続ける

ふわふわ

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第30話 戻れない場所

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第30話 戻れない場所

 王都から、最後とも言える正式文書が届いたのは、静かな朝だった。

 形式だけは整っている。
 言葉遣いも丁寧だ。
 だが、その行間に滲む焦りは、隠しきれていない。

「……“関係の再調整について協議を希望する”」

 読み上げた補佐官が、私の反応を窺う。

「再調整、ですか」

 私は書簡を机に置いた。

「便利な言葉ですね。
 責任を取らずに、状況だけ戻したいときに使う」

 王都は今、
 切り捨てると言った手前、
 引き返す理由を探している。

 だが――
 戻る場所は、もう存在しない。

「返答は?」

「不要です」

 私は即答した。

「こちらから関係を断ったわけではありません」
「ただ、同じ基準では動けないだけです」

 基準が違えば、協議は成立しない。
 それは拒絶ではなく、事実だ。

 午後、レオニスが慎重に口を開く。

「……王都に戻る、という選択肢は……」

「ありません」

 私は彼の言葉を最後まで聞かずに答えた。

「戻るとは、“以前の曖昧さを受け入れる”という意味です」
「それは、もう選びません」

 王都では、
 決めないことが正解だった。
 責任を先送りすることが、処世術だった。

 だがここでは違う。

 決めること。
 引き受けること。
 それが、最低条件だ。

「王都は、戻れない場所になったのですね」

 レオニスの言葉は、確認だった。

「はい」

 私は静かに頷く。

「私たちが変わったのではありません」
「基準を、はっきりさせただけです」

 夕刻、城の高台から領地を見下ろす。

 道は整い、
 人は行き交い、
 日常は滞りなく続いている。

 かつての私は、
 王都の評価の中で生きていた。

 選ばれるかどうか。
 使われるかどうか。

 だが今、
 この景色は、
 誰かの承認を必要としていない。

 夜、クラウスが隣に立つ。

「後悔は?」

「ありません」

 私は即答した。

「戻れない場所がある、というのは――
 前に進んだ証です」

 彼は、短く息を吐いた。

「……強くなったな」

「いいえ」

 私は、わずかに首を振る。

「強くなる必要がなくなっただけです」
「基準があると、人は迷わなくなる」

 王都からの文書は、
 机の上で静かに眠っている。

 返さない。
 破らない。
 ただ、先に進む。

 それが、最もはっきりした答えだ。

 戻れない場所があるからこそ、
 人は前を向ける。

 私は、もう振り返らない。

 ここが、私の立つ場所。
 そして――
 これからも、戻ることはない。
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