婚約破棄された令嬢は、誰にも選ばれずに選び続ける

ふわふわ

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第33話 助けを求める声の正体

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第33話 助けを求める声の正体

 雨は、静かに降っていた。

 辺境公爵領では珍しくない天候だが、その日の雨は、どこか重かった。
 音がないわけではない。
 ただ、強く主張もしない。

 それはまるで――
 聞いてほしいが、拒まれることを恐れている声のようだった。

 午後、執務室に一人の来訪者が通された。

「……ヴァレリア様」

 顔を上げた瞬間、私は誰かを理解した。

 エドガー・バルディン伯爵家の旧側近。
 王都時代、彼の判断を実務で支えていた男だ。

「久しぶりですね」

 私は立ち上がらず、椅子に座ったまま応じる。

「本日は、どのような用件で」

 男は深く頭を下げた。

「……お願いがあって参りました」

 その言葉に、私は何も返さない。
 続きを促すこともしない。

 沈黙は、相手に話させるための道具だ。

「エドガー様が……追い詰められています」

 知っています、と言う必要はなかった。
 王都の動きは、すでに把握している。

「資金は凍結され、人脈は離れ、
 かつて味方だった者たちは、誰も手を差し伸べません」

 男の声は、震えていた。

「どうか……
 ヴァレリア様から、
 一言でも……」

「それは、“助け”ですか?」

 私は、淡々と問い返す。

 男は、言葉に詰まった。

「……違うのですか」

「助けには、前提があります」

 私は静かに続ける。

「責任を引き受ける意思と、
 判断を改める覚悟です」

 男は、視線を落とした。

「エドガー様は……
 ご自身を、不運だと考えておられます」

 私は、少しだけ息を吐いた。

「なるほど」

 不運。
 つまり、自分の判断の結果ではない、と。

「では、それは助けではありません」

 私ははっきりと言う。

「それは、“肩代わり”です」

 男が、顔を上げる。

「……それでも」

「できません」

 私は、語調を変えなかった。

「私は、誰かの判断を引き受ける立場ではありません」

 かつての私なら、
 感情が揺れたかもしれない。

 裏切られた記憶。
 切り捨てられた過去。

 だが今、
 それらはもう、判断の材料にならない。

「エドガー様は」

 私は、最後に一つだけ告げる。

「選び続けたのです」
「決めない、という選択を」

 その結果が、今だ。

 男は、しばらく黙っていた。

「……分かりました」

 深く頭を下げ、踵を返す。

 扉が閉まったあと、
 部屋には、再び静けさが戻った。

 夕刻、クラウスが報告を聞きに来る。

「来たか」

「ええ」

「どうした」

「何も」

 私は、正直に答えた。

「助けを求めていましたが、
 助かる準備が、できていませんでした」

「それは、助けではないな」

「はい」

 夜、雨は上がっていた。

 城の回廊を歩きながら、私は考える。

 助けを求める声には、二種類ある。

 一つは、
 責任を引き受ける覚悟を持った声。

 もう一つは、
 責任から逃げるための声。

 前者には、手を差し伸べる価値がある。
 後者に応じれば、
 助けた側が、足場を失う。

「……境界線は、ここですね」

 私は、小さく呟く。

 情と判断の境界。
 過去と現在の境界。

 私は、その線を越えない。

 翌日、王都から続報が入った。

 エドガー・バルディン伯爵は、
 正式に職務停止。
 調査は、最終段階に入った。

 それを聞いても、
 胸は騒がない。

 彼の声は、
 確かに助けを求めていた。

 だが――
 助かろうとは、していなかった。

 私は、自分の執務机に戻り、
 新しい案件に目を通す。

 未来は、
 判断する者の前にだけ、
 開かれる。

 そして私は、
 今日もまた、
 境界線のこちら側で、
 静かに決め続けている。
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