『時間を止める女は、もういない』

ふわふわ

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第十四話 女王の決断

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第十四話 女王の決断


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夜明け前の王宮は、昼間とはまるで別の顔を見せる。
人の気配が消え、回廊に響くのは、遠くの衛兵の足音と、風に揺れる旗の音だけ。

女王ルイス・クイーンは、その静けさの中で、一人、書斎に立っていた。
机の上には、積み重なった嘆願書。
整然と並べられているが、その数は、すでに“無視できる量”ではない。

女王は、ゆっくりと一通を手に取る。

差出人は、地方の男爵夫人。
文字は、ところどころ震えている。

――社交の場に出る勇気が、なくなりました。
――老いることが怖いのではありません。
――「価値がなくなる」と思ってしまうのが、怖いのです。

女王は、紙を閉じる。

「……価値、か」

低く呟き、椅子に腰を下ろした。

王としての彼女は、数えきれぬ決断を下してきた。
戦争、外交、税制、法の改定。
どれも国を守るために必要な判断だった。

だが今、突きつけられているのは、
数字でも、軍勢でもない。

人の心。

それも、声を荒げることのない、
静かで、切実な心だった。

女王は、ふと目を閉じる。

エルメス・シャネルの姿が、脳裏に浮かんだ。

追放を受け入れ、
誰も責めず、
ただ静かに引退を告げたあの背中。

——引き留めなかったのは、正しかったのか。

何度も、何度も自問した。

答えは、まだ出ていない。
だが、一つだけ、はっきりしていることがある。

このままでは、いけない。

女王は、机の引き出しを開け、
一枚の羊皮紙を取り出した。

そこには、王の印を押すための空白が残されている。

「……呼び戻す」

小さく、しかし確かな声で呟く。

それは命令ではない。
強制でもない。

だが、王として、
この国を預かる者として、
責任を放棄するわけにはいかなかった。

女王は、書記官を呼び入れる。

夜明け前にもかかわらず、
彼はすぐに姿を現した。

「陛下」

「記せ」

女王の声は、静かだが、迷いがなかった。

「エルメス・シャネル公爵令嬢に対し、
 王宮として正式な謝罪を行う」

書記官の筆が、わずかに止まる。

「陛下……謝罪、でございますか」

「そうだ」

女王は、はっきりと頷いた。

「追放を受け入れさせたこと。
 十分に守れなかったこと。
 彼女の価値を、
 国として理解しきれなかったこと」

「すべてだ」

書記官は、深く頭を下げ、再び筆を走らせる。

「続けよ」

「彼女の意思を最優先とし、
 復帰を強制しないこと」

「そして——」

女王は、言葉を選ぶように、一拍置いた。

「彼女が望むならば、
 新たな形で、
 国と関わる道を用意すること」

それは、過去に戻るという意味ではない。
前に進むための提案だった。

書記官は、最後まで書き終えると、
静かに羊皮紙を差し出す。

女王は、王印を手に取った。

その重みは、
この国の歴史そのものだ。

一瞬、指が止まる。

——これは、王の判断か。
——それとも、一人の女の願いか。

答えは、どちらでもよかった。

今は、
それが必要だと、
心から思えた。

女王は、王印を押した。

低い音が、書斎に響く。

それは、
国の方針が、
静かに、しかし確実に転換した音だった。

「使者を選べ」

女王は、顔を上げる。

「軽々しい者ではだめだ。
 彼女の言葉を遮らず、
 判断を急がせず、
 ただ、誠実に伝えられる者を」

「心得ました」

書記官は、深く一礼し、下がっていく。

一人残された女王は、
窓の外が白み始めていることに気づいた。

夜が明ける。

新しい一日が、始まる。

それは、
エルメス・シャネルにとっても、
この国にとっても、
“次の段階”への始まりだった。

女王ルイス・クイーンは、
静かに朝の光を見つめる。

「……今度は、
 選ばせてもらおう」

強いるのではなく。
命じるのでもなく。

彼女自身に。

その決断が、
どんな未来を呼び込むのか——
まだ誰も知らない。

だが確かに、
王国は、動き出していた。
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