『沈黙を選んだ令嬢は、対等な未来を手に取る』

ふわふわ

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第35話 限界を越えた沈黙と、最後に残った問い

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第35話 限界を越えた沈黙と、最後に残った問い

 沈黙が重さを持ち始めてから、王都では一つの変化が起きていた。

 ――人々が、沈黙そのものに慣れ始めたのだ。

 別邸の朝。
 私は窓辺に立ち、曇り空を眺めていた。
 雲は厚いが、今にも崩れそうな気配はない。

(……ここまで来ると、静かすぎますわね)

 以前の沈黙は、緊張を孕んでいた。
 破られる前提の、張り詰めた空白。

 今の沈黙は違う。
 日常の一部として受け入れられ始めている。

「お嬢様」

 マルタが、控えめな声で近づいてくる。

「はい」

「王都で、“このまま何も決まらない可能性”を
 口にする方が増えております」

 私は、ゆっくりと振り返った。

「……それは」

「はい。
 諦めに近い声でございます」

 私は、静かに息を吐いた。

(……限界、ですわね)

 沈黙は、
 耐えられない者を振り落とし、
 残る者を選別する。

 だが同時に、
 状況を動かしたい者の意欲も、
 少しずつ削っていく。

「具体的には?」

「“誰が決めるのか分からない以上、
 今は様子を見るしかない”
 “下手に動けば、
 自分が次のバロワになる”
 ……と」

 私は、小さく微笑んだ。

(……学習しましたわね)

 沈黙を破ることの代償を、
 彼らは十分に見た。

 だから今、
 動かないという選択が、
 “無難”になりつつある。

 昼前、父の書斎に呼ばれた。

 父は、窓際の椅子に腰掛け、
 珍しく深く考え込んだ表情をしている。

「沈黙が、均衡になり始めている」

「はい」

「これは……
 良くもあり、悪くもあるな」

 私は、父の言葉を待った。

「お前が動かなくても、
 混乱は起きない。
 だが同時に、
 何も始まらない」

 私は、静かに頷いた。

「沈黙が、
 目的ではありませんから」

「そうだ」

 父は、こちらを見つめる。

「いずれ、
 誰かが限界を迎える。
 その時――
 お前は、どうする」

 私は、少しだけ考えた。

「その“誰か”が、
 覚悟を持っているなら、
 耳を傾けます」

「持っていなければ?」

「沈黙を、続けます」

 父は、ゆっくりと息を吐いた。

「……やはり、
 厳しいな」

「必要な厳しさですわ」

 午後、私は別邸の書斎で、
 一通の白紙の手紙を前にしていた。

 書くべき言葉は、
 もう頭の中にある。

 だが、
 まだ書かない。

(……問いが、残っています)

 この沈黙は、
 誰のためのものなのか。

 秩序のためか。
 王城のためか。
 それとも――
 私自身のためか。

 答えは、
 まだ一つに定まらない。

 夕方、マルタが最後の報告を持ってくる。

「王都で、
 “お嬢様は、いつか語るのか”
 という話題が、
 静かに広がっております」

「“いつか”、ですか」

「はい。
 “語らないのではなく、
 語る時を選んでいる”
 と」

 私は、ゆっくりと頷いた。

(……正確ですわね)

 沈黙は、
 拒絶ではない。

 保留だ。

 夜。

 別邸の寝室で、
 ランプの灯りの下、
 私は今日一日を振り返る。

 沈黙は、
 限界を越えた。

 破られることもなく、
 崩れることもなく、
 ただ“続いている”。

 だが、
 その中で、
 最後に残ったものがある。

 ――問い。

 誰が、
 この状況に答えを出すのか。

 誰が、
 責任を引き受けるのか。

 そして、
 私は、その役を引き受ける覚悟があるのか。

 私は、目を閉じる。

 沈黙は、
 もう十分に語った。

 次に語るのは、
 言葉ではないかもしれない。

 だが、
 確実に近づいている。

 沈黙の向こう側にある、
 “始まり”という名の瞬間が。

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