石を売る女の意思 ――後にダイヤモンドクイーンと呼ばれる女の威信――

ふわふわ

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第12話 偽物が欲しかった人々

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第12話 偽物が欲しかった人々

 

王都に広がる《オーセンティック》の噂は、
もはや「流行」という言葉では収まりきらなくなっていた。

宝石ではない石。
価値が保証されていないもの。
それを“理解できる者だけが選ぶ”。

その構図は、
人々の虚栄心と不安を、
同時に刺激していた。

 

「……困りましたわね」

王都有数の宝飾商会の一室で、
重役たちが顔を突き合わせていた。

「宝石の売上が、
 目に見えて落ちています」

「理由は分かっているでしょう」

年配の男が、
苦々しく言った。

「“あの女”です」

ジェニュイン・オーセンティック。

名前を口にするだけで、
場の空気が重くなる。

「宝石ではない石に
 人の価値観を奪われるなど……
 馬鹿げている」

「しかし、
 現実に奪われている」

誰も反論できなかった。

 

同じ頃、
貴族の屋敷のいくつかでは、
奇妙な現象が起きていた。

「……それで?
 《オーセンティック》の石は?」

そう尋ねる令嬢に対し、
母親は曖昧に笑う。

「売り切れだったそうよ」

「また?」

令嬢は、
わずかに唇を噛んだ。

「……本当に、
 持っていないの?」

その問いは、
責めるようでいて、
どこか怯えている。

――持っていないと、
“分かっていない側”になる。

そんな空気が、
確かに生まれていた。

 

だからこそ。

人々は、
“偽物”を欲しがり始めた。

 

王都の裏通り。
目立たない小さな店に、
数人の貴婦人が集まっている。

「……これが、
 例の“ただの石”ですの?」

店主は、
にやりと笑った。

「ええ。
 見た目は、
 ほとんど同じでしょう?」

差し出されたのは、
それらしい石。

確かに、
素人目には
違いが分からない。

「《オーセンティック》のものより、
 ずっとお安いですし……」

「これなら、
 “持っている”と
 言えますわね」

彼女たちは、
安堵したように
頷き合う。

 

だが――
その動きは、
ジェニュインの耳にも
すぐに届いた。

「……偽物、ですか」

店員の報告を聞き、
ジェニュインは
小さく息を吐いた。

「やはり、
 そうなりますわね」

「……止めますか?」

ジェニュインは、
首を横に振った。

「いいえ。
 放っておきましょう」

その判断に、
店員は驚く。

「ですが……
 評判に影響が……」

「影響は、
 あります」

ジェニュインは、
静かに言った。

「ですが、
 それは――
 “私ではなく、
 彼らに”ですわ」

 

数日後。

社交界で、
小さな事件が起きた。

ある晩餐会で、
一人の伯爵夫人が
誇らしげに石を披露したのだ。

「ご覧になって?
 これ、
 《オーセンティック》の……」

だが、
言葉は途中で止まった。

「……失礼ですが」

そう声をかけたのは、
宝石鑑定に明るい老紳士だった。

「それは、
 どちらでお求めになったものですかな?」

夫人は、
一瞬だけ言葉に詰まり、
すぐに笑顔を作る。

「ええ……
 知人を通して……」

老紳士は、
石を一目見て、
静かに首を振った。

「残念ですが、
 それは――
 “見せかけ”です」

場が、
凍りついた。

「表面だけを
 それらしく整えた石。
 価値を語る以前のものです」

夫人の顔が、
みるみる赤くなる。

「そ、そんな……!」

「《オーセンティック》の石は、
 最初から
 “宝石ではない”と
 明言されています」

老紳士は、
淡々と続けた。

「ですが、
 これは――
 “宝石のふりをした石”だ」

その違いは、
決定的だった。

 

その噂は、
一晩で王都を駆け巡った。

「偽物を持っていた」
「分かっていない側だった」
「見抜けなかった」

だが、
最も残酷だったのは――
誰も責めなかったことだ。

ただ、
静かに距離を取った。

 

その夜。

ジェニュインは、
店の奥で
静かに紅茶を飲んでいた。

「……偽物が欲しかった人々」

それは、
彼女にとって
驚くべきことではない。

「本物を
 欲しかったのではなく……」

カップを置き、
小さく呟く。

「“分かっている自分”を
 演じたかっただけ」

だから、
偽物で十分だった。

だが――
それでは、
決して満たされない。

 

一方。

ノックオフ侯爵家では、
フォージェリが
その噂を聞いていた。

「……偽物、か」

彼は、
乾いた笑みを浮かべる。

「くだらない」

だが、
胸の奥で
何かが軋んだ。

(俺も……
 同じだ)

彼は、
本物を
見ようとしなかった。

分かったつもりで、
切り捨てた。

そして今――
偽物を欲しがる者たちと、
同じ場所に立っている。

 

ジェニュイン・オーセンティックは、
そのことを
知らない。

だが、
知る必要もなかった。

価値は、
説明すれば伝わるものではない。

見抜いた者だけが、
手にできる。

そして――
偽物を選んだ者は、
自分で“分からない側”を
 選んだのだ。

石を売る女は、
今日もまた、
何もせず、
何も否定せず――

ただ、
本物だけを
そこに置き続けていた。

それだけで、
世界は、
はっきりと
分かれていくのだから。
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