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第16話 分からない者の正義
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第16話 分からない者の正義
《オーセンティック》の前を通る人影は、
確実に“二種類”に分かれるようになっていた。
扉に手をかけ、
一瞬だけ立ち止まり、
そのまま引き返す者。
そして――
何も考えず、
自然に扉を押し、
静かに中へ入っていく者。
前者の表情には、
共通点があった。
困惑。
苛立ち。
そして、
わずかな憤り。
「……最近のあの店、
感じが悪いと思いません?」
王都の昼下がり。
小さなサロンで、
そんな声が上がった。
「ええ。
説明も少ないし、
選ばれるかどうかも分からない」
「まるで、
こちらが
試されているみたい」
その言葉に、
何人かが頷く。
彼女たちは、
かつて“選ぶ側”だった。
宝石を選び、
流行を選び、
人を選ぶ。
だが今は――
自分たちが、
選ばれていない。
「……不公平ですわ」
誰かが、
はっきりと口にした。
「分かる人だけが
分かるなんて……
そんなの、
ずるい」
「そうよ。
価値があるなら、
誰にでも
分かるようにすべき」
「説明する義務が
あるはずですわ」
その言葉は、
次第に
“正義”の顔をし始める。
同じ頃。
《オーセンティック》では、
いつもと変わらぬ午後が
流れていた。
ジェニュインは、
新しく入荷した石を
布の上に並べている。
説明書はない。
値札もない。
ただ、
石がそこにある。
「……最近、
少し……
雰囲気が
変わってきましたね」
店員が、
慎重に切り出す。
「“感じが悪い”と
言われているとか……」
「ええ。
聞いていますわ」
ジェニュインは、
手を止めずに答えた。
「それは、
自然な流れです」
「……自然、
なのですか?」
「分からない者は、
分からないままでいることに
耐えられません」
ジェニュインは、
静かに言う。
「だから、
分からないことを
“悪”にします」
その日の夕方。
一人の貴族婦人が、
《オーセンティック》を訪れた。
扉を開けるなり、
強い口調で言う。
「失礼しますわ。
少し、
お話を」
「どうぞ」
ジェニュインは、
穏やかに応じた。
「最近のやり方、
あまりにも
閉鎖的ではありませんか?」
婦人は、
腕を組み、
真っ直ぐに睨む。
「説明もなく、
値段もはっきりしない。
それで、
“選ぶのは
お客様”だなんて」
「……それが、
何か問題でしょうか?」
ジェニュインの問いに、
婦人は
一瞬言葉に詰まった。
「問題ですわ!」
すぐに、
声を張り上げる。
「分からない人間が
置き去りにされる」
「それは、
不親切です」
「いいえ」
ジェニュインは、
はっきりと言った。
「不親切ではありません」
「……!」
「私は、
誰も拒んでいません」
「ですが……!」
「理解できないことと、
拒絶されていることは
違いますわ」
婦人の顔が、
紅潮する。
「あなたは、
分かる人間だけを
優遇している!」
「違います」
ジェニュインは、
一歩も引かない。
「分かろうとする人間だけが、
ここに残っているのです」
その言葉は、
重かった。
婦人は、
しばらく
言葉を失う。
やがて、
低く呟いた。
「……傲慢ですわね」
「そうかもしれません」
ジェニュインは、
静かに頷いた。
「ですが、
傲慢さを
正義で包むよりは
正直です」
婦人は、
唇を噛み、
踵を返した。
扉が閉まる音が、
やけに大きく響く。
その夜。
社交界では、
新しい言葉が
囁かれ始めていた。
「《オーセンティック》は
選民的だ」
「分からない者を
見下している」
「説明しないのは、
怠慢だ」
それらは、
批判の形をしていた。
だが――
どこか、
焦りと嫉妬を
孕んでいる。
一方。
《オーセンティック》に
通い続ける者たちは、
その声を
ほとんど気にしていなかった。
なぜなら――
彼らは、
もう“分からないこと”を
恐れていないからだ。
分からないまま
手に取る。
分からないまま
選ぶ。
それが、
自分の選択だと
理解している。
ジェニュインは、
閉店後の店内で
一人、
灯りを落とした。
「……分からない者の正義」
それは、
彼女が
最も警戒していたものだった。
理解できない。
だから、
悪い。
選ばれない。
だから、
不当。
その論理は、
いつの時代も
強い。
だが――
ジェニュインは
知っている。
分からないことは、
罪ではない。
だが、
分からないままでいることを
正当化する瞬間、
人は
最も醜くなる。
石は、
何も語らない。
説明もしない。
弁明もしない。
それでも――
選ぶ者は
必ず現れる。
石を売る女は、
今日もまた
何も変えなかった。
説明を増やすことも、
歩み寄ることも、
しなかった。
なぜなら――
分からない者の正義に
迎合した瞬間、
すべての価値が
崩れると
知っているから。
その静かな拒絶こそが、
最も強く、
最も残酷な
“ざまぁ”であることを――
彼女は、
よく分かっていた。
《オーセンティック》の前を通る人影は、
確実に“二種類”に分かれるようになっていた。
扉に手をかけ、
一瞬だけ立ち止まり、
そのまま引き返す者。
そして――
何も考えず、
自然に扉を押し、
静かに中へ入っていく者。
前者の表情には、
共通点があった。
困惑。
苛立ち。
そして、
わずかな憤り。
「……最近のあの店、
感じが悪いと思いません?」
王都の昼下がり。
小さなサロンで、
そんな声が上がった。
「ええ。
説明も少ないし、
選ばれるかどうかも分からない」
「まるで、
こちらが
試されているみたい」
その言葉に、
何人かが頷く。
彼女たちは、
かつて“選ぶ側”だった。
宝石を選び、
流行を選び、
人を選ぶ。
だが今は――
自分たちが、
選ばれていない。
「……不公平ですわ」
誰かが、
はっきりと口にした。
「分かる人だけが
分かるなんて……
そんなの、
ずるい」
「そうよ。
価値があるなら、
誰にでも
分かるようにすべき」
「説明する義務が
あるはずですわ」
その言葉は、
次第に
“正義”の顔をし始める。
同じ頃。
《オーセンティック》では、
いつもと変わらぬ午後が
流れていた。
ジェニュインは、
新しく入荷した石を
布の上に並べている。
説明書はない。
値札もない。
ただ、
石がそこにある。
「……最近、
少し……
雰囲気が
変わってきましたね」
店員が、
慎重に切り出す。
「“感じが悪い”と
言われているとか……」
「ええ。
聞いていますわ」
ジェニュインは、
手を止めずに答えた。
「それは、
自然な流れです」
「……自然、
なのですか?」
「分からない者は、
分からないままでいることに
耐えられません」
ジェニュインは、
静かに言う。
「だから、
分からないことを
“悪”にします」
その日の夕方。
一人の貴族婦人が、
《オーセンティック》を訪れた。
扉を開けるなり、
強い口調で言う。
「失礼しますわ。
少し、
お話を」
「どうぞ」
ジェニュインは、
穏やかに応じた。
「最近のやり方、
あまりにも
閉鎖的ではありませんか?」
婦人は、
腕を組み、
真っ直ぐに睨む。
「説明もなく、
値段もはっきりしない。
それで、
“選ぶのは
お客様”だなんて」
「……それが、
何か問題でしょうか?」
ジェニュインの問いに、
婦人は
一瞬言葉に詰まった。
「問題ですわ!」
すぐに、
声を張り上げる。
「分からない人間が
置き去りにされる」
「それは、
不親切です」
「いいえ」
ジェニュインは、
はっきりと言った。
「不親切ではありません」
「……!」
「私は、
誰も拒んでいません」
「ですが……!」
「理解できないことと、
拒絶されていることは
違いますわ」
婦人の顔が、
紅潮する。
「あなたは、
分かる人間だけを
優遇している!」
「違います」
ジェニュインは、
一歩も引かない。
「分かろうとする人間だけが、
ここに残っているのです」
その言葉は、
重かった。
婦人は、
しばらく
言葉を失う。
やがて、
低く呟いた。
「……傲慢ですわね」
「そうかもしれません」
ジェニュインは、
静かに頷いた。
「ですが、
傲慢さを
正義で包むよりは
正直です」
婦人は、
唇を噛み、
踵を返した。
扉が閉まる音が、
やけに大きく響く。
その夜。
社交界では、
新しい言葉が
囁かれ始めていた。
「《オーセンティック》は
選民的だ」
「分からない者を
見下している」
「説明しないのは、
怠慢だ」
それらは、
批判の形をしていた。
だが――
どこか、
焦りと嫉妬を
孕んでいる。
一方。
《オーセンティック》に
通い続ける者たちは、
その声を
ほとんど気にしていなかった。
なぜなら――
彼らは、
もう“分からないこと”を
恐れていないからだ。
分からないまま
手に取る。
分からないまま
選ぶ。
それが、
自分の選択だと
理解している。
ジェニュインは、
閉店後の店内で
一人、
灯りを落とした。
「……分からない者の正義」
それは、
彼女が
最も警戒していたものだった。
理解できない。
だから、
悪い。
選ばれない。
だから、
不当。
その論理は、
いつの時代も
強い。
だが――
ジェニュインは
知っている。
分からないことは、
罪ではない。
だが、
分からないままでいることを
正当化する瞬間、
人は
最も醜くなる。
石は、
何も語らない。
説明もしない。
弁明もしない。
それでも――
選ぶ者は
必ず現れる。
石を売る女は、
今日もまた
何も変えなかった。
説明を増やすことも、
歩み寄ることも、
しなかった。
なぜなら――
分からない者の正義に
迎合した瞬間、
すべての価値が
崩れると
知っているから。
その静かな拒絶こそが、
最も強く、
最も残酷な
“ざまぁ”であることを――
彼女は、
よく分かっていた。
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