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第22話 名づけられない感情
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第22話 名づけられない感情
アレスト・シュヴァルツクロイツは、珍しく眠れずにいた。
夜は深い。
屋敷は静まり返り、廊下を巡回する警備の足音すら、遠くにかすれている。
書斎の机に向かいながら、
彼はすでに同じ書類を三度、読み返していた。
(……集中できていない)
自覚は、あった。
内容は単純な報告書だ。
数値も、状況も、すでに把握している。
それなのに、
文字が頭に入ってこない。
(原因は、明白だな)
アレストは、視線を上げ、窓の外を見る。
――ノエリア。
その名が、自然に浮かんだ瞬間、
小さく息を吐いた。
(……いつからだ)
考えようとしたが、
正確な起点は分からない。
ただ、
彼女がこの屋敷に来てから、
自分の思考の中で“占める割合”が、
静かに、しかし確実に増えている。
契約結婚。
白い結婚。
互いの立場を守るための、合理的な関係。
それが、前提だった。
(……今も、前提は変わっていない)
そう、何度も確認する。
だが。
(……ではなぜ、気になる)
彼女の体調。
彼女の表情。
彼女の沈黙。
それらが、
必要以上に、意識に引っかかる。
扉をノックする音がした。
「……入れ」
返事は、いつも通りの低い声。
扉を開けて入ってきたのは、
ノエリアだった。
「夜分に失礼いたします」
「……どうした」
「昼間の件で、
少しだけ補足資料を」
そう言って、彼女は一枚の紙を差し出す。
必要な行動。
合理的な理由。
それだけのはずだった。
「……ありがとう」
書類を受け取りながら、
彼女の顔を見る。
疲れている。
だが、表に出さない。
(……無理をしているな)
そう思った瞬間、
自分でも驚くほど、強い感情が胸をかすめた。
「……今日は、もう休め」
言葉が、先に出た。
ノエリアは、少し目を見開く。
「ですが――」
「十分だ」
短く、だが有無を言わせない口調。
「……分かりました」
彼女は、素直に頷いた。
その反応に、
なぜか胸の奥が、少しだけ痛む。
(……言い過ぎたか?)
だが、彼女は不満そうな様子を見せない。
「お気遣い、ありがとうございます」
柔らかい声。
その一言が、
不意に、彼の理性を揺らした。
(……違う)
これは、ただの配慮だ。
当主としての判断。
そう、言い聞かせる。
ノエリアが扉に向かいかけた、その時。
「……ノエリア」
呼び止めていた。
自分でも、理由が分からないまま。
「はい?」
振り返る彼女。
その表情が、
あまりにも自然で、
あまりにも近く感じられて――
言葉が、続かない。
(……何を言うつもりだ)
問いかけるべきことは、なかった。
確認する必要も、なかった。
それでも。
「……無理は、するな」
結局、出てきたのは、
そんな言葉だった。
「……承知しました」
ノエリアは、微笑んだ。
その笑みが、
なぜか、胸の奥に残る。
扉が閉まる。
再び、静寂。
アレストは、椅子に深く腰掛け、
額に手を当てた。
(……これは)
否定しようとしても、
もう無理だった。
彼は、自覚していた。
(……私は)
彼女を、
“契約の相手”以上に、
意識している。
だが。
(……名づけられない)
それが、愛なのか。
庇護なのか。
単なる責任感なのか。
分からない。
分からないからこそ、
慎重にならざるを得ない。
彼女は、
すでに一度、
感情を理由に切り捨てられた。
同じことを、
自分がしていいはずがない。
(……ならば)
答えは、一つ。
自覚しても、踏み込まない。
それが、
彼女を守る最善の選択だと、
彼は信じようとした。
---
一方、ノエリアは自室で、
静かにドアにもたれかかっていた。
(……今の)
胸の奥が、
少しだけ、熱い。
(……アレスト様)
彼の言葉。
彼の視線。
それらが、
以前とは、明らかに違っている。
(……でも)
期待してはいけない。
これは、
白い結婚。
互いに、
踏み込まないと決めた関係。
それでも。
(……少しだけ)
心が、
揺れてしまったことは――
否定できなかった。
名づけられない感情が、
二人の間に、静かに芽吹き始めている。
それを、
まだ誰も、言葉にできないまま。
---
次は
👉 第23話(溺愛、隠しきれなくなる)
👉 第24話(公爵家内での扱いが完全に変わる)
どちらへ進みますか?
アレスト・シュヴァルツクロイツは、珍しく眠れずにいた。
夜は深い。
屋敷は静まり返り、廊下を巡回する警備の足音すら、遠くにかすれている。
書斎の机に向かいながら、
彼はすでに同じ書類を三度、読み返していた。
(……集中できていない)
自覚は、あった。
内容は単純な報告書だ。
数値も、状況も、すでに把握している。
それなのに、
文字が頭に入ってこない。
(原因は、明白だな)
アレストは、視線を上げ、窓の外を見る。
――ノエリア。
その名が、自然に浮かんだ瞬間、
小さく息を吐いた。
(……いつからだ)
考えようとしたが、
正確な起点は分からない。
ただ、
彼女がこの屋敷に来てから、
自分の思考の中で“占める割合”が、
静かに、しかし確実に増えている。
契約結婚。
白い結婚。
互いの立場を守るための、合理的な関係。
それが、前提だった。
(……今も、前提は変わっていない)
そう、何度も確認する。
だが。
(……ではなぜ、気になる)
彼女の体調。
彼女の表情。
彼女の沈黙。
それらが、
必要以上に、意識に引っかかる。
扉をノックする音がした。
「……入れ」
返事は、いつも通りの低い声。
扉を開けて入ってきたのは、
ノエリアだった。
「夜分に失礼いたします」
「……どうした」
「昼間の件で、
少しだけ補足資料を」
そう言って、彼女は一枚の紙を差し出す。
必要な行動。
合理的な理由。
それだけのはずだった。
「……ありがとう」
書類を受け取りながら、
彼女の顔を見る。
疲れている。
だが、表に出さない。
(……無理をしているな)
そう思った瞬間、
自分でも驚くほど、強い感情が胸をかすめた。
「……今日は、もう休め」
言葉が、先に出た。
ノエリアは、少し目を見開く。
「ですが――」
「十分だ」
短く、だが有無を言わせない口調。
「……分かりました」
彼女は、素直に頷いた。
その反応に、
なぜか胸の奥が、少しだけ痛む。
(……言い過ぎたか?)
だが、彼女は不満そうな様子を見せない。
「お気遣い、ありがとうございます」
柔らかい声。
その一言が、
不意に、彼の理性を揺らした。
(……違う)
これは、ただの配慮だ。
当主としての判断。
そう、言い聞かせる。
ノエリアが扉に向かいかけた、その時。
「……ノエリア」
呼び止めていた。
自分でも、理由が分からないまま。
「はい?」
振り返る彼女。
その表情が、
あまりにも自然で、
あまりにも近く感じられて――
言葉が、続かない。
(……何を言うつもりだ)
問いかけるべきことは、なかった。
確認する必要も、なかった。
それでも。
「……無理は、するな」
結局、出てきたのは、
そんな言葉だった。
「……承知しました」
ノエリアは、微笑んだ。
その笑みが、
なぜか、胸の奥に残る。
扉が閉まる。
再び、静寂。
アレストは、椅子に深く腰掛け、
額に手を当てた。
(……これは)
否定しようとしても、
もう無理だった。
彼は、自覚していた。
(……私は)
彼女を、
“契約の相手”以上に、
意識している。
だが。
(……名づけられない)
それが、愛なのか。
庇護なのか。
単なる責任感なのか。
分からない。
分からないからこそ、
慎重にならざるを得ない。
彼女は、
すでに一度、
感情を理由に切り捨てられた。
同じことを、
自分がしていいはずがない。
(……ならば)
答えは、一つ。
自覚しても、踏み込まない。
それが、
彼女を守る最善の選択だと、
彼は信じようとした。
---
一方、ノエリアは自室で、
静かにドアにもたれかかっていた。
(……今の)
胸の奥が、
少しだけ、熱い。
(……アレスト様)
彼の言葉。
彼の視線。
それらが、
以前とは、明らかに違っている。
(……でも)
期待してはいけない。
これは、
白い結婚。
互いに、
踏み込まないと決めた関係。
それでも。
(……少しだけ)
心が、
揺れてしまったことは――
否定できなかった。
名づけられない感情が、
二人の間に、静かに芽吹き始めている。
それを、
まだ誰も、言葉にできないまま。
---
次は
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👉 第24話(公爵家内での扱いが完全に変わる)
どちらへ進みますか?
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