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第28話 白という名の限界
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第28話 白という名の限界
ノエリアは、その夜、なかなか眠れずにいた。
寝台に横たわり、目を閉じても、
意識は冴えたまま、静かに巡っている。
(……白い結婚)
そう名づけられた、この関係。
最初は、ただの条件だった。
互いを縛らず、干渉せず、
それぞれの立場を守るための、合理的な取り決め。
それが、
どこから変わってしまったのか。
(……いいえ)
変わったのではない。
(……積み重なったのですわね)
日々の会話。
共有される時間。
守られているという実感。
そして何より――
否定されない距離。
ノエリアは、そっと目を開け、天井を見つめた。
(……もう、戻れない)
白い結婚という言葉は、
今や“言い訳”に近い。
互いに触れないこと。
踏み込まないこと。
それが、
「守るため」ではなく、
「誤魔化すため」になりつつあることに、
彼女自身が気づいていた。
翌朝。
執務室に入ると、
アレストはすでに席についていた。
「おはようございます」
「ああ」
いつもと変わらない挨拶。
だが、
視線が合った瞬間、
ほんのわずかな沈黙が生まれる。
それだけで、
互いに理解してしまう。
(……意識している)
仕事は、滞りなく進んだ。
書類を確認し、
意見を交わし、
判断を下す。
完璧な連携。
だが。
ノエリアが、ふとペンを置いた。
「……アレスト様」
「どうした」
彼女は、少しだけ迷い――
それでも、口を開いた。
「白い結婚、という前提について」
空気が、張りつめる。
アレストは、動かない。
「……何を、言いたい」
低く、静かな声。
「確認、ですわ」
ノエリアは、視線を逸らさずに続ける。
「それは……
今も、変わっていませんか?」
直球だった。
遠回しでも、曖昧でもない。
アレストは、
一瞬だけ目を伏せる。
(……来たか)
いつか、向き合わねばならない問い。
それが、
ついに現実になった。
「……変わっていない」
そう答えることは、簡単だった。
だが。
(……それは、嘘になる)
彼は、ゆっくりと立ち上がり、
机から一歩離れる。
「契約は、有効だ」
事実。
「だが……」
言葉が、そこで途切れる。
ノエリアは、静かに待つ。
急かさない。
逃がさない。
それが、
彼女なりの誠実さだった。
「……私は」
アレストは、
深く息を吐いた。
「もはや、
“白”という言葉で、
自分の感情を整理できない」
沈黙。
ノエリアの胸が、
静かに脈打つ。
「それは……」
言葉を探す。
だが、
言わせてはいけない気がした。
「……待ってください」
ノエリアは、
思わず、そう口にしていた。
アレストが、驚いたように彼女を見る。
「……今、言葉にしてしまえば」
ノエリアは、
少しだけ声を震わせながら続ける。
「きっと、
もう戻れなくなります」
その言葉は、
拒絶ではない。
覚悟を求める言葉だった。
アレストは、理解した。
(……彼女は)
恐れているのではない。
(……大切にしようとしている)
この関係を。
この場所を。
そして――
自分自身の気持ちを。
「……分かった」
彼は、静かに頷いた。
「今は、踏み込まない」
それは、逃げではない。
選択だ。
「だが」
視線を、真っ直ぐに向ける。
「白い結婚という言葉で、
これ以上、自分を偽るつもりはない」
ノエリアは、
小さく息を吸い――
ゆっくりと吐いた。
「……それで、十分です」
それ以上は、
今は、必要ない。
その日一日、
二人は、普段通りに過ごした。
だが、
空気は明らかに変わっていた。
距離を取っているのに、
心は、以前よりも近い。
夜。
ノエリアは、自室で窓を開け、夜風を感じていた。
(……限界、ですわね)
白い結婚という名の境界線。
それは、
守るための線だったはずなのに。
今は、
踏み越えないために、
必死で立ち止まる線になっている。
一方、アレストは、
書斎で、同じ空を見上げていた。
(……もう、時間の問題だ)
白は、
汚れているわけではない。
ただ、
純粋すぎて、現実に耐えられなくなっただけだ。
二人は、まだ一線を越えていない。
だが。
白い結婚は、
すでに――
限界に達していた。
ノエリアは、その夜、なかなか眠れずにいた。
寝台に横たわり、目を閉じても、
意識は冴えたまま、静かに巡っている。
(……白い結婚)
そう名づけられた、この関係。
最初は、ただの条件だった。
互いを縛らず、干渉せず、
それぞれの立場を守るための、合理的な取り決め。
それが、
どこから変わってしまったのか。
(……いいえ)
変わったのではない。
(……積み重なったのですわね)
日々の会話。
共有される時間。
守られているという実感。
そして何より――
否定されない距離。
ノエリアは、そっと目を開け、天井を見つめた。
(……もう、戻れない)
白い結婚という言葉は、
今や“言い訳”に近い。
互いに触れないこと。
踏み込まないこと。
それが、
「守るため」ではなく、
「誤魔化すため」になりつつあることに、
彼女自身が気づいていた。
翌朝。
執務室に入ると、
アレストはすでに席についていた。
「おはようございます」
「ああ」
いつもと変わらない挨拶。
だが、
視線が合った瞬間、
ほんのわずかな沈黙が生まれる。
それだけで、
互いに理解してしまう。
(……意識している)
仕事は、滞りなく進んだ。
書類を確認し、
意見を交わし、
判断を下す。
完璧な連携。
だが。
ノエリアが、ふとペンを置いた。
「……アレスト様」
「どうした」
彼女は、少しだけ迷い――
それでも、口を開いた。
「白い結婚、という前提について」
空気が、張りつめる。
アレストは、動かない。
「……何を、言いたい」
低く、静かな声。
「確認、ですわ」
ノエリアは、視線を逸らさずに続ける。
「それは……
今も、変わっていませんか?」
直球だった。
遠回しでも、曖昧でもない。
アレストは、
一瞬だけ目を伏せる。
(……来たか)
いつか、向き合わねばならない問い。
それが、
ついに現実になった。
「……変わっていない」
そう答えることは、簡単だった。
だが。
(……それは、嘘になる)
彼は、ゆっくりと立ち上がり、
机から一歩離れる。
「契約は、有効だ」
事実。
「だが……」
言葉が、そこで途切れる。
ノエリアは、静かに待つ。
急かさない。
逃がさない。
それが、
彼女なりの誠実さだった。
「……私は」
アレストは、
深く息を吐いた。
「もはや、
“白”という言葉で、
自分の感情を整理できない」
沈黙。
ノエリアの胸が、
静かに脈打つ。
「それは……」
言葉を探す。
だが、
言わせてはいけない気がした。
「……待ってください」
ノエリアは、
思わず、そう口にしていた。
アレストが、驚いたように彼女を見る。
「……今、言葉にしてしまえば」
ノエリアは、
少しだけ声を震わせながら続ける。
「きっと、
もう戻れなくなります」
その言葉は、
拒絶ではない。
覚悟を求める言葉だった。
アレストは、理解した。
(……彼女は)
恐れているのではない。
(……大切にしようとしている)
この関係を。
この場所を。
そして――
自分自身の気持ちを。
「……分かった」
彼は、静かに頷いた。
「今は、踏み込まない」
それは、逃げではない。
選択だ。
「だが」
視線を、真っ直ぐに向ける。
「白い結婚という言葉で、
これ以上、自分を偽るつもりはない」
ノエリアは、
小さく息を吸い――
ゆっくりと吐いた。
「……それで、十分です」
それ以上は、
今は、必要ない。
その日一日、
二人は、普段通りに過ごした。
だが、
空気は明らかに変わっていた。
距離を取っているのに、
心は、以前よりも近い。
夜。
ノエリアは、自室で窓を開け、夜風を感じていた。
(……限界、ですわね)
白い結婚という名の境界線。
それは、
守るための線だったはずなのに。
今は、
踏み越えないために、
必死で立ち止まる線になっている。
一方、アレストは、
書斎で、同じ空を見上げていた。
(……もう、時間の問題だ)
白は、
汚れているわけではない。
ただ、
純粋すぎて、現実に耐えられなくなっただけだ。
二人は、まだ一線を越えていない。
だが。
白い結婚は、
すでに――
限界に達していた。
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