完璧すぎると言われ婚約破棄された公爵令嬢は、白い結婚のはずの冷徹公爵にいつの間にか溺愛されていました

ふわふわ

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第38話 言葉にする理由

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第38話 言葉にする理由

 王都を離れる馬車の中は、驚くほど静かだった。

 会議の余韻も、
 貴族たちの視線も、
 すべてが、もう遠い。

 ノエリアは、
 窓の外を流れる景色を見ながら、
 ゆっくりと息を整えていた。

(……終わりましたわね)

 戦いではない。
 勝利宣言でもない。

 けれど、
 長く続いていた“緊張”が、
 確かに終わった。

「……疲れているか」

 隣から、
 アレストの声。

「少しだけ」

 正直に答える。

「ですが……
 嫌な疲れではありません」

「そうか」

 それきり、
 会話は途切れた。

 だが、
 沈黙は重くない。

 以前なら、
 仕事の沈黙だった。

 今は――
 安心の沈黙だ。


---

 屋敷に戻ったのは、
 夜も深くなってからだった。

 使用人たちは、
 最小限の対応だけをし、
 すぐに下がる。

 その配慮に、
 ノエリアは気づいていた。

(……察しが良すぎますわね)

 だが、
 今はそれを咎める気になれなかった。

「……ノエリア」

 部屋へ向かう途中、
 アレストが足を止める。

「少し、
 付き合ってほしい」

 その声は、
 いつもより低い。

 だが、
 迷いはない。

「ええ」

 ノエリアは、
 当然のように頷いた。


---

 向かったのは、
 屋敷の庭だった。

 夜露に濡れた草。
 月明かり。

 灯りは、
 最低限しかない。

「……ここは」

「君が、
 最初に“この屋敷は居心地がいい”と言った場所だ」

 ノエリアは、
 思い出し、
 小さく微笑む。

「そんなことを、
 言いましたわね」

「ああ」

 アレストは、
 ゆっくりと、
 彼女の前に立つ。

 距離は、
 一歩分。

「……ノエリア」

 名前を呼ぶ声が、
 いつもより、
 はっきりしている。

「今日、
 王都での決着を見て」

「私は、
 改めて思った」

 彼は、
 一瞬だけ視線を落とし――
 それから、
 真正面を見る。

「君は、
 私の“妻”だ」

 それは、
 事実確認の言葉。

 だが、
 そこで終わらなかった。

「だが」

 一拍。

「それは、
 契約でも、
 立場でもない」

 ノエリアは、
 息を呑む。

「私は、
 君を選んだ」

「そして……」

 アレストは、
 ゆっくりと片膝をついた。

 月明かりに、
 その姿が照らされる。

 ノエリアは、
 目を見開いた。

「……公爵様?」

「アレストだ」

 静かな訂正。

「今は、
 そう呼んでほしい」

 彼は、
 小さな箱を取り出す。

 飾り気はない。
 だが、
 確かな重みがある。

「……私は」

 声が、
 わずかに低くなる。

「君と、
 これから先も」

「立場ではなく、
 意志で、
 一緒にいたい」

 箱を開く。

 中には、
 控えめながらも、
 美しい指輪。

「改めて、
 言わせてほしい」

 その言葉に、
 逃げ道はない。

「ノエリア」

「私と、
 生涯を共にしてくれるか」

 それは、
 形式ではない。

 すでに夫婦である二人だからこそ、
 必要な問いだった。


---

 ノエリアは、
 すぐには答えなかった。

 胸が、
 静かに震えている。

(……ずるいですわ)

 もう、
 答えは決まっているのに。

 それでも、
 言葉にする意味が、
 ちゃんと分かるから。

 彼女は、
 一歩前に出る。

「……アレスト様」

 名前を呼ぶ。

 その響きに、
 彼の指先が、
 わずかに揺れた。

「私は……」

 ゆっくり、
 息を吸う。

「最初、
 この結婚を、
 居場所だと思っていました」

「ですが……」

 視線を、
 まっすぐ向ける。

「今は、
 “帰りたい場所”です」

 彼の目が、
 わずかに見開かれる。

「それは」

「選び続けたい、
 という意味です」

 ノエリアは、
 はっきりと言った。

「何度でも」

「どんな立場でも」

「あなたを、
 選びます」

 その瞬間。

 アレストの肩から、
 力が抜けた。

「……ありがとう」

 指輪を、
 そっと差し出す。

 ノエリアは、
 迷わず、
 左手を差し出した。

 指に、
 ぴたりと収まる。

 月明かりが、
 淡く反射する。

「……似合う」

 その一言に、
 胸が熱くなる。

「ええ」

 ノエリアは、
 小さく笑った。

「私も、
 そう思います」


---

 立ち上がったアレストは、
 ためらいなく、
 彼女を抱き寄せた。

 強くはない。
 だが、
 確かに離さない。

「……これで」

「もう、
 遠慮はいらないな」

 その囁きに、
 ノエリアは、
 小さく息を吐く。

「最初から、
 ありませんでしたけれど」

 その返答に、
 アレストは、
 わずかに笑った。

 この夜。

 二人は、
 改めて選び合った。

 それは、
 婚約でも、
 政略でもない。

 意志の確認。

 そして――
 物語は、
 最終章へ向かう。


---
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