35 / 40
35話 試される沈黙
しおりを挟む
35話 試される沈黙
残るものが定まった後、次に訪れるのは――沈黙だ。
騒がしさが消え、反対も称賛も途切れた場所で、人は不安になる。何も起きないことを、疑い始める。
王宮では、その沈黙が少し長く続いていた。
「殿下、特段の動きはありません」
「……そうか」
レオンハルトは報告書を閉じる。
数字は安定し、問い合わせは減り、予定は予定通りに消化されている。
だが、人の顔には、わずかな緊張が残っていた。
「何か起きるのでは、と?」
側近の問いに、彼は頷いた。
「人は、静けさに慣れていない」
混乱や対立は、注意を引く。
だが沈黙は、判断する者の覚悟を試す。
昼の会合では、議題が早々に尽きた。
「……以上です」
誰も続けない。
沈黙が、会議室を満たす。
「問題がないなら、解散でいい」
レオンハルトの言葉で、皆が席を立つ。
だが、歩き出すまでの一瞬、誰もが迷う。
――本当に、これでいいのか。
一方、フォーマルハウト領。
私は朝の巡回を終え、執務室で帳簿を閉じていた。
異常はない。報告も簡潔だ。
「最近、相談が減りました」
執事の言葉に、私は頷く。
「判断が共有されている証拠です」
だが、彼は少し躊躇してから続けた。
「……同時に、不安も出ています。“この静けさは大丈夫なのか”と」
「ええ。分かります」
沈黙は、成果であると同時に、試練でもある。
午後、集会所で若手が一人、手を挙げた。
「何か、改善を提案した方がいいのでしょうか。
……何も起きていないのが、少し怖くて」
率直な言葉だった。
私は否定せず、少し考えてから答える。
「提案は、問題がある時にしてください」
「え……?」
「問題がないのに動くと、基準を壊します」
沈黙を壊す理由は、退屈では足りない。
「何もしない、という判断もあります」
彼は驚いたように目を瞬かせ、やがて深く頷いた。
同じ頃、王宮でも似た声が上がっていた。
「殿下、何か新しい施策を打ち出すべきでは?」
「なぜだ」
「……静かすぎます」
レオンハルトは、即座に答えなかった。
沈黙を、もう一度受け止めてから言う。
「静かなのは、機能しているからだ」
派手な一手は、喝采を生む。
だが、それは同時に、次の派手さを求めさせる。
「沈黙に耐えられない組織は、長く続かない」
その言葉に、誰も反論しなかった。
夜。
王宮の灯りは、規則正しく消えていく。
特別な事件はない。記録に残る判断もない。
だが、レオンハルトは知っている。
沈黙を守ることこそ、最も難しい判断だと。
一方、フォーマルハウト領の夜。
私は日誌を開き、いつもより少し長く書いた。
――沈黙は、逃げではない。
――沈黙は、維持のための選択だ。
動かない勇気。
何もしない決断。
それは、声を上げるよりもずっと、疲れる。
距離は、変わらない。
だが、その距離の中で、王宮と領地はそれぞれに――
同じ沈黙を受け止め、同じ覚悟を試されていた。
沈黙は、問いを投げかける。
それでも、基準を守れるか。
答えは、今日も声に出されないまま、
確かにそこにあった。
残るものが定まった後、次に訪れるのは――沈黙だ。
騒がしさが消え、反対も称賛も途切れた場所で、人は不安になる。何も起きないことを、疑い始める。
王宮では、その沈黙が少し長く続いていた。
「殿下、特段の動きはありません」
「……そうか」
レオンハルトは報告書を閉じる。
数字は安定し、問い合わせは減り、予定は予定通りに消化されている。
だが、人の顔には、わずかな緊張が残っていた。
「何か起きるのでは、と?」
側近の問いに、彼は頷いた。
「人は、静けさに慣れていない」
混乱や対立は、注意を引く。
だが沈黙は、判断する者の覚悟を試す。
昼の会合では、議題が早々に尽きた。
「……以上です」
誰も続けない。
沈黙が、会議室を満たす。
「問題がないなら、解散でいい」
レオンハルトの言葉で、皆が席を立つ。
だが、歩き出すまでの一瞬、誰もが迷う。
――本当に、これでいいのか。
一方、フォーマルハウト領。
私は朝の巡回を終え、執務室で帳簿を閉じていた。
異常はない。報告も簡潔だ。
「最近、相談が減りました」
執事の言葉に、私は頷く。
「判断が共有されている証拠です」
だが、彼は少し躊躇してから続けた。
「……同時に、不安も出ています。“この静けさは大丈夫なのか”と」
「ええ。分かります」
沈黙は、成果であると同時に、試練でもある。
午後、集会所で若手が一人、手を挙げた。
「何か、改善を提案した方がいいのでしょうか。
……何も起きていないのが、少し怖くて」
率直な言葉だった。
私は否定せず、少し考えてから答える。
「提案は、問題がある時にしてください」
「え……?」
「問題がないのに動くと、基準を壊します」
沈黙を壊す理由は、退屈では足りない。
「何もしない、という判断もあります」
彼は驚いたように目を瞬かせ、やがて深く頷いた。
同じ頃、王宮でも似た声が上がっていた。
「殿下、何か新しい施策を打ち出すべきでは?」
「なぜだ」
「……静かすぎます」
レオンハルトは、即座に答えなかった。
沈黙を、もう一度受け止めてから言う。
「静かなのは、機能しているからだ」
派手な一手は、喝采を生む。
だが、それは同時に、次の派手さを求めさせる。
「沈黙に耐えられない組織は、長く続かない」
その言葉に、誰も反論しなかった。
夜。
王宮の灯りは、規則正しく消えていく。
特別な事件はない。記録に残る判断もない。
だが、レオンハルトは知っている。
沈黙を守ることこそ、最も難しい判断だと。
一方、フォーマルハウト領の夜。
私は日誌を開き、いつもより少し長く書いた。
――沈黙は、逃げではない。
――沈黙は、維持のための選択だ。
動かない勇気。
何もしない決断。
それは、声を上げるよりもずっと、疲れる。
距離は、変わらない。
だが、その距離の中で、王宮と領地はそれぞれに――
同じ沈黙を受け止め、同じ覚悟を試されていた。
沈黙は、問いを投げかける。
それでも、基準を守れるか。
答えは、今日も声に出されないまま、
確かにそこにあった。
28
あなたにおすすめの小説
【完結】婚約者を奪われましたが、彼が愛していたのは私でした
珊瑚
恋愛
全てが完璧なアイリーン。だが、転落して頭を強く打ってしまったことが原因で意識を失ってしまう。その間に婚約者は妹に奪われてしまっていたが彼の様子は少し変で……?
基本的には、0.6.12.18時の何れかに更新します。どうぞ宜しくお願いいたします。
我が家の乗っ取りを企む婚約者とその幼馴染みに鉄槌を下します!
真理亜
恋愛
とある侯爵家で催された夜会、伯爵令嬢である私ことアンリエットは、婚約者である侯爵令息のギルバートと逸れてしまい、彼の姿を探して庭園の方に足を運んでいた。
そこで目撃してしまったのだ。
婚約者が幼馴染みの男爵令嬢キャロラインと愛し合っている場面を。しかもギルバートは私の家の乗っ取りを企んでいるらしい。
よろしい! おバカな二人に鉄槌を下しましょう!
長くなって来たので長編に変更しました。
【完結】私を捨てて駆け落ちしたあなたには、こちらからさようならを言いましょう。
やまぐちこはる
恋愛
パルティア・エンダライン侯爵令嬢はある日珍しく婿入り予定の婚約者から届いた手紙を読んで、彼が駆け落ちしたことを知った。相手は同じく侯爵令嬢で、そちらにも王家の血筋の婿入りする婚約者がいたが、貴族派閥を保つ政略結婚だったためにどうやっても婚約を解消できず、愛の逃避行と洒落こんだらしい。
落ち込むパルティアは、しばらく社交から離れたい療養地としても有名な別荘地へ避暑に向かう。静かな湖畔で傷を癒やしたいと、高級ホテルでひっそり寛いでいると同じ頃から同じように、人目を避けてぼんやり湖を眺める美しい青年に気がついた。
毎日涼しい湖畔で本を読みながら、チラリチラリと彼を盗み見ることが日課となったパルティアだが。
様子がおかしい青年に気づく。
ふらりと湖に近づくと、ポチャっと小さな水音を立てて入水し始めたのだ。
ドレスの裾をたくしあげ、パルティアも湖に駆け込んで彼を引き留めた。
∞∞∞∞∞∞∞∞∞∞∞∞∞∞∞∞∞
最終話まで予約投稿済です。
次はどんな話を書こうかなと思ったとき、駆け落ちした知人を思い出し、そんな話を書くことに致しました。
ある日突然、紙1枚で消えるのは本当にびっくりするのでやめてくださいという思いを込めて。
楽しんで頂けましたら、きっと彼らも喜ぶことと思います。
とある令嬢の優雅な別れ方 〜婚約破棄されたので、笑顔で地獄へお送りいたします〜
入多麗夜
恋愛
【完結まで執筆済!】
社交界を賑わせた婚約披露の茶会。
令嬢セリーヌ・リュミエールは、婚約者から突きつけられる。
「真実の愛を見つけたんだ」
それは、信じた誠実も、築いてきた未来も踏みにじる裏切りだった。だが、彼女は微笑んだ。
愛よりも冷たく、そして美しく。
笑顔で地獄へお送りいたします――
婚約破棄されました。
まるねこ
恋愛
私、ルナ・ブラウン。歳は本日14歳となったところですわ。家族は父ラスク・ブラウン公爵と母オリヴィエ、そして3つ上の兄、アーロの4人家族。
本日、私の14歳の誕生日のお祝いと、婚約者のお披露目会を兼ねたパーティーの場でそれは起こりました。
ド定番的な婚約破棄からの恋愛物です。
習作なので短めの話となります。
恋愛大賞に応募してみました。内容は変わっていませんが、少し文を整えています。
ふんわり設定で気軽に読んでいただければ幸いです。
Copyright©︎2020-まるねこ
最愛の人に裏切られ死んだ私ですが、人生をやり直します〜今度は【真実の愛】を探し、元婚約者の後悔を笑って見届ける〜
腐ったバナナ
恋愛
愛する婚約者アラン王子に裏切られ、非業の死を遂げた公爵令嬢エステル。
「二度と誰も愛さない」と誓った瞬間、【死に戻り】を果たし、愛の感情を失った冷徹な復讐者として覚醒する。
エステルの標的は、自分を裏切った元婚約者と仲間たち。彼女は未来の知識を武器に、王国の影の支配者ノア宰相と接触。「私の知性を利用し、絶対的な庇護を」と、大胆な契約結婚を持ちかける。
ユーザ登録のメリット
- 毎日¥0対象作品が毎日1話無料!
- お気に入り登録で最新話を見逃さない!
- しおり機能で小説の続きが読みやすい!
1~3分で完了!
無料でユーザ登録する
すでにユーザの方はログイン
閉じる