婚約破棄されたその後は、何も起きない日々でした

ふわふわ

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36話 続ける覚悟

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36話 続ける覚悟

 残るものが定まり、沈黙にも慣れ始めた頃――
 本当に問われるのは、この日常を、どこまで続ける覚悟があるかだった。

 王宮の朝は、相変わらず静かだった。
 定例の報告は短く、資料は薄い。誰も声を張り上げず、誰も過去を持ち出さない。

「殿下、今週の総括です」

 側近の声は淡々としている。

「問題は?」 「ありません。基準内です」

「例外は?」 「ありません」

 レオンハルトは頷き、書類を閉じた。
 このやり取りが、もう特別ではない。だが――だからこそ、油断が最も危険だった。

(続けるには、気力が要る)

 変革の時期は、敵がはっきりしている。
 だが維持の段階では、敵は見えない。
 疲労、慣れ、そして「これくらいなら」という甘え。

 昼の会合で、そんな兆しが一つだけ現れた。

「この案件ですが……基準内ではありますが、少し緩めても影響は軽微かと」

 言い方は慎重で、悪意もない。
 だからこそ、危うい。

「なぜ、緩める必要がある」

 レオンハルトの問いは、静かだった。

「……現場が慣れてきたので」

「慣れは、理由にならない」

 その一言で、会議室は静まり返る。

「慣れたから緩めるのなら、最初から基準は要らない」

 責める口調ではない。
 だが、線ははっきり引かれた。

 一方、フォーマルハウト領。
 私は朝の巡回を終え、集会所で若手の報告を受けていた。

「全体として順調です。ただ……」

「ただ?」

「皆、少し疲れています。変化がないので」

 正直な言葉だった。
 私は否定せず、頷いた。

「変化がないのは、失敗ではありません」

「ですが……達成感も、なくて」

「達成感は、終わりがある時に生まれます」

 私は静かに続ける。

「これは、終わらせない仕事です」

 彼は少し驚いた顔をしたが、やがて理解したように息を吐いた。

 午後、畑を歩く。
 芽吹きは地味で、成長は遅い。だが、確実だ。

「今年も、同じですね」

 農夫の言葉に、私は微笑む。

「同じであることが、価値です」

 同じ判断を、同じ基準で、何年も続ける。
 それは、派手な成果よりも重い。

 同じ頃、王宮では新しい企画書が却下されていた。
 理由は簡単だ。

「今は必要ない」

 それ以上の説明はない。
 続けるために、増やさない。

 夜。
 レオンハルトは執務室で一人、灯りを落とす前に立ち止まった。

(続ける覚悟)

 それは、戦う覚悟よりも難しい。
 敵がいないまま、同じ場所に立ち続けること。

 一方、フォーマルハウト領の夜。
 私は日誌を開き、短く記す。

――続ける覚悟は、静かだ。

 声に出して誓うものではない。
 明日も同じ判断をする、と決めるだけだ。

 距離は、変わらない。
 だが、その距離の中で、王宮と領地はそれぞれに――
 同じ重さの覚悟を、今日も背負っていた。

 続ける覚悟。
 それは、英雄にならないと決める覚悟でもある。

 そしてその選択こそが、
 日常を、最も強くする。
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