5 / 29
第5話: 追放の決定
しおりを挟む
第5話: 追放の決定
宴の翌朝、リンデル家の屋敷は重苦しい空気に包まれていた。
応接室に、エルカミーノは一人で座らされていた。
黒髪を丁寧に結い上げ、昨夜と同じ藍色のドレスを着直している。表情は穏やかだが、指先だけがわずかに震えていた――演技だ。
やがて、扉が勢いよく開き、姉のヴィオラが入ってきた。
プラチナブロンドの髪が乱れ、普段の完璧な笑みはどこにもない。
彼女はエルカミーノの前に立ち、声を低く抑えて言った。
「エルカミーノ……昨夜のことは、本当に申し訳ないと思っている。でも、あなたもわかっているでしょう? 王太子殿下の決定は、王家の意思でもあるのよ」
エルカミーノは静かに頭を下げた。
「ええ、承知しています」
ヴィオラは唇を噛み、言葉を続ける。
「父上も母上も激怒しているわ。リンデル家の名誉が傷つけられた、と。でも……王家の決定に逆らうわけにはいかない」
その時、扉が再び開き、父であるリンデル伯爵が入ってきた。
厳格な顔立ちの初老の男性は、エルカミーノを一瞥すると、ため息をついた。
「エルカミーノ。王宮より正式な通達が届いた。お前の婚約は解消され、かつ……」
伯爵は一瞬言葉を切り、紙を広げた。
「『不適切な態度により王太子殿下の信頼を損ねた』として、お前は辺境の旧領地へ追放される」
――追放。
エルカミーノは内心で小さく息を吐いた。
(やっぱり、ここまで来たわね)
辺境の旧領地とは、リンデル家が昔所有していた荒れた土地。
現在はほとんど人が住んでおらず、魔物の出没も多い、事実上の「島流し」だった。
ヴィオラが青ざめた顔で口を開く。
「父上! それはあまりにも……エルカミーノは悪くないのに!」
「黙れ、ヴィオラ!」
伯爵の声が鋭く響く。
「王家の決定だ。逆らえば、リンデル家全体が危うくなる。……エルカミーノ、お前は三日後に出立せよ。持って行けるものは最低限だ」
エルカミーノはゆっくりと立ち上がり、深く礼をした。
「承知いたしました、父上」
伯爵は一瞬、娘の落ち着きぶりに眉をひそめたが、何も言わずに部屋を出て行った。
ヴィオラが残り、涙目で近づいてくる。
「ごめんなさい……私、もっと早く気づいていれば……」
「姉上」
エルカミーノは静かに微笑んだ。
「大丈夫です。私、地味で目立たないのが取り柄ですもの。辺境なら、きっと静かに暮らせます」
ヴィオラは言葉を失い、ただ妹を抱きしめた。
その後、屋敷中がざわついた。
使用人たちの同情の視線、貴族社会からの冷たい噂――「悪役令嬢」「聖女様を妬んだ末の末路」。
しかし、エルカミーノだけは違った。
自室に戻り、扉を閉めた瞬間――
(やったぁぁぁ!!)
心の中で大勝利のポーズを取る。
前世の記憶が蘇る。あの日本人OL時代、満員電車と残業に追われた日々。
ここに来てからは、貴族令嬢のしきたりと政略結婚の重圧。
(これで自由! もう誰も私に干渉できない!)
ベッドに飛び込み、枕に顔を埋めて小さく笑う。
そこへ、ノックもなしにセシルが入ってきた。
「お嬢様! 大変ですわ! 追放だなんて……私も一緒に――」
セシルは涙目だったが、エルカミーノの笑顔を見て固まった。
「……お嬢様?」
「セシル、一緒に来てくれる?」
「もちろん! どこへだって!」
エルカミーノは立ち上がり、窓の外を見た。
遠く、王都の空が広がっている。
(さあ、始まるわよ。私の本当の人生が)
三日後の出立まで、
彼女は静かに、しかし確実に準備を進めていった。
宴の翌朝、リンデル家の屋敷は重苦しい空気に包まれていた。
応接室に、エルカミーノは一人で座らされていた。
黒髪を丁寧に結い上げ、昨夜と同じ藍色のドレスを着直している。表情は穏やかだが、指先だけがわずかに震えていた――演技だ。
やがて、扉が勢いよく開き、姉のヴィオラが入ってきた。
プラチナブロンドの髪が乱れ、普段の完璧な笑みはどこにもない。
彼女はエルカミーノの前に立ち、声を低く抑えて言った。
「エルカミーノ……昨夜のことは、本当に申し訳ないと思っている。でも、あなたもわかっているでしょう? 王太子殿下の決定は、王家の意思でもあるのよ」
エルカミーノは静かに頭を下げた。
「ええ、承知しています」
ヴィオラは唇を噛み、言葉を続ける。
「父上も母上も激怒しているわ。リンデル家の名誉が傷つけられた、と。でも……王家の決定に逆らうわけにはいかない」
その時、扉が再び開き、父であるリンデル伯爵が入ってきた。
厳格な顔立ちの初老の男性は、エルカミーノを一瞥すると、ため息をついた。
「エルカミーノ。王宮より正式な通達が届いた。お前の婚約は解消され、かつ……」
伯爵は一瞬言葉を切り、紙を広げた。
「『不適切な態度により王太子殿下の信頼を損ねた』として、お前は辺境の旧領地へ追放される」
――追放。
エルカミーノは内心で小さく息を吐いた。
(やっぱり、ここまで来たわね)
辺境の旧領地とは、リンデル家が昔所有していた荒れた土地。
現在はほとんど人が住んでおらず、魔物の出没も多い、事実上の「島流し」だった。
ヴィオラが青ざめた顔で口を開く。
「父上! それはあまりにも……エルカミーノは悪くないのに!」
「黙れ、ヴィオラ!」
伯爵の声が鋭く響く。
「王家の決定だ。逆らえば、リンデル家全体が危うくなる。……エルカミーノ、お前は三日後に出立せよ。持って行けるものは最低限だ」
エルカミーノはゆっくりと立ち上がり、深く礼をした。
「承知いたしました、父上」
伯爵は一瞬、娘の落ち着きぶりに眉をひそめたが、何も言わずに部屋を出て行った。
ヴィオラが残り、涙目で近づいてくる。
「ごめんなさい……私、もっと早く気づいていれば……」
「姉上」
エルカミーノは静かに微笑んだ。
「大丈夫です。私、地味で目立たないのが取り柄ですもの。辺境なら、きっと静かに暮らせます」
ヴィオラは言葉を失い、ただ妹を抱きしめた。
その後、屋敷中がざわついた。
使用人たちの同情の視線、貴族社会からの冷たい噂――「悪役令嬢」「聖女様を妬んだ末の末路」。
しかし、エルカミーノだけは違った。
自室に戻り、扉を閉めた瞬間――
(やったぁぁぁ!!)
心の中で大勝利のポーズを取る。
前世の記憶が蘇る。あの日本人OL時代、満員電車と残業に追われた日々。
ここに来てからは、貴族令嬢のしきたりと政略結婚の重圧。
(これで自由! もう誰も私に干渉できない!)
ベッドに飛び込み、枕に顔を埋めて小さく笑う。
そこへ、ノックもなしにセシルが入ってきた。
「お嬢様! 大変ですわ! 追放だなんて……私も一緒に――」
セシルは涙目だったが、エルカミーノの笑顔を見て固まった。
「……お嬢様?」
「セシル、一緒に来てくれる?」
「もちろん! どこへだって!」
エルカミーノは立ち上がり、窓の外を見た。
遠く、王都の空が広がっている。
(さあ、始まるわよ。私の本当の人生が)
三日後の出立まで、
彼女は静かに、しかし確実に準備を進めていった。
16
あなたにおすすめの小説
ブスすぎて嫁の貰い手がないから閨勤侍女になれと言われたので縁を切ります、完全に!完全縁切りの先にあったのは孤独ではなくて…
ハートリオ
恋愛
ルフスは結婚が決まった従姉の閨勤侍女になるよう父親に命令されたのをきっかけに父に無視され冷遇されて来た日々を終わらせようとブラコン父と完全に縁を切る決意する。
一方、従姉の結婚相手はアルゲンテウス辺境伯とのことだが、実は手違いがあって辺境伯が結婚したいのはルフス。
そんなこんなの異世界ファンタジーラブです。
読んでいただけると嬉しいです。
行き遅れのお節介令嬢、氷の公爵様と結婚したら三人娘の母になりました
鳥柄ささみ
恋愛
お節介焼きで困っている人を放っておけないシアは、数多のご令嬢達から人気の令嬢だ。毎日ファンレターが届き、社交界に出れば令嬢に取り囲まれるほどである。
けれど、それに反比例するように男性からの人気はなく、二十七だというのに嫁の貰い手もないため、毎日母から小言をもらっていた。
そんなある日のこと、突然公爵家から縁談の話が。
シアは公爵家がなぜ自分に縁談など持ち掛けるのかと訝しく思いつつ話を受けると、なんと公爵の後妻として三人の娘の母代わりになれと言われる。
困惑するも、自分へ縁談を持ちかけた理由を聞いて、お節介なシアは嫁ぐこと決めたのだった。
夫になるレオナルドはイケメンなのに無表情で高圧的。三人の娘も二女のアンナを除いて長女のセレナも三女のフィオナもとても反抗的。
そんな中でもお節介パワーを発揮して、前向きに奮闘するシアの物語。
※他投稿サイトにも掲載中
婚約破棄された堅物令嬢ですが、鬼の騎士団長の娘として宮廷の陰謀を暴くのに忙しいので、美貌のカストラート(実は王子)に溺愛される暇はありません
綾森れん
恋愛
「お前のような真面目くさった女はいらない。婚約は破棄させてもらう!」
婚約者だった公爵令息に冷酷に言い放たれたリラ・プリマヴェーラ。
だが、彼女の心にあったのは悲しみではなく―― 十年前の王族暗殺事件を調査したいという情熱だった。
伯爵令嬢であるリラは、鉄の掟を守る『鬼の騎士団長』の娘。
彼女には恋よりも何よりも優先すべき使命があった。それは、十年前に幼い王子が暗殺された事件の真相を暴き、父を、そして王国を陰謀から救うこと。
婚約破棄直後、彼女の前に現れたのは、天使の歌声を持つ美貌のカストラート(去勢歌手)、アルカンジェロだった。
彼が十年前の事件について密かに調べていることを、リラは知ってしまう。
真相を探るため、リラは彼を自分の音楽教師として迎え入れ、距離を縮めていく。
事件解決の協力者として彼と接するうち、リラは謎めいたアルカンジェロに危機を救われることになる。
しかし、リラは知らない。
アルカンジェロの正体が、十年前に暗殺されたはずの第三王子であることを。
そして彼にとってリラこそが、初恋の女性であることを。
彼は十年間、密かにリラを想い続けていたのだ。
王位を狙う者たちから身を隠すため、声楽の技術を駆使して、教会歌手として大聖堂で生き延びてきたアルカンジェロだったが、王家を巡る不穏な陰謀が静かに動き始めていた。
捜査に猪突猛進な堅物令嬢と、彼女を影から支え執着を見せる、カストラート歌手のふりをした王子。
宮廷の闇を切り裂く二人の恋と事件の行方は――?
※本作は、過去に投稿していた『真面目くさった女はいらないと婚約破棄された伯爵令嬢ですが、王太子様に求婚されました。実はかわいい彼の溺愛っぷりに困っています』の設定・キャラクター・構成を大幅に改稿し、新作として再構成したものです。
物語の結末やキャラクターの掘り下げを強化しておりますので、初めての方も、以前お読みいただいた方もお楽しみいただけます。
追放令嬢、辺境王国で無双して王宮を揺るがす
yukataka
ファンタジー
王国随一の名門ハーランド公爵家の令嬢エリシアは、第一王子の婚約者でありながら、王宮の陰謀により突然追放される。濡れ衣を着せられ、全てを奪われた彼女は極寒の辺境国家ノルディアへと流される。しかしエリシアには秘密があった――前世の記憶と現代日本の経営知識を持つ転生者だったのだ。荒廃した辺境で、彼女は持ち前の戦略眼と人心掌握術で奇跡の復興を成し遂げる。やがて彼女の手腕は王国全土を震撼させ、自らを追放した者たちに復讐の刃を向ける。だが辺境王ルシアンとの運命的な出会いが、彼女の心に新たな感情を芽生えさせていく。これは、理不尽に奪われた女性が、知略と情熱で世界を変える物語――。
十年間虐げられたお針子令嬢、冷徹侯爵に狂おしいほど愛される。
er
恋愛
十年前に両親を亡くしたセレスティーナは、後見人の叔父に財産を奪われ、物置部屋で使用人同然の扱いを受けていた。義妹ミレイユのために毎日ドレスを縫わされる日々——でも彼女には『星霜の記憶』という、物の過去と未来を視る特別な力があった。隠されていた舞踏会の招待状を見つけて決死の潜入を果たすと、冷徹で美しいヴィルフォール侯爵と運命の再会! 義妹のドレスが破れて大恥、叔父も悪事を暴かれて追放されるはめに。失われた伝説の刺繍技術を復活させたセレスティーナは宮廷筆頭職人に抜擢され、「ずっと君を探していた」と侯爵に溺愛される——
出来損ない令嬢は、双子の娘を持つ公爵様と契約結婚する~いつの間にか公爵様と7歳のかわいい双子たちに、めいっぱい溺愛されていました~
夏芽空
恋愛
子爵令嬢のエレナは、常に優秀な妹と比較され家族からひどい扱いを受けてきた。
しかし彼女は7歳の双子の娘を持つ公爵――ジオルトと契約結婚したことで、最低な家族の元を離れることができた。
しかも、条件は最高。公の場で妻を演じる以外は自由に過ごしていい上に、さらには給料までも出してくてれるという。
夢のような生活を手に入れた――と、思ったのもつかの間。
いきなり事件が発生してしまう。
結婚したその翌日に、双子の姉が令嬢教育の教育係をやめさせてしまった。
しかもジオルトは仕事で出かけていて、帰ってくるのはなんと一週間後だ。
(こうなったら、私がなんとかするしかないわ!)
腹をくくったエレナは、おもいきった行動を起こす。
それがきっかけとなり、ちょっと癖のある美少女双子義娘と、彼女たちよりもさらに癖の強いジオルトとの距離が縮まっていくのだった――。
公爵令息様を治療したらいつの間にか溺愛されていました
Karamimi
恋愛
マーケッヒ王国は魔法大国。そんなマーケッヒ王国の伯爵令嬢セリーナは、14歳という若さで、治癒師として働いている。それもこれも莫大な借金を返済し、幼い弟妹に十分な教育を受けさせるためだ。
そんなセリーナの元を訪ねて来たのはなんと、貴族界でも3本の指に入る程の大貴族、ファーレソン公爵だ。話を聞けば、15歳になる息子、ルークがずっと難病に苦しんでおり、どんなに優秀な治癒師に診てもらっても、一向に良くならないらしい。
それどころか、どんどん悪化していくとの事。そんな中、セリーナの評判を聞きつけ、藁をもすがる思いでセリーナの元にやって来たとの事。
必死に頼み込む公爵を見て、出来る事はやってみよう、そう思ったセリーナは、早速公爵家で治療を始めるのだが…
正義感が強く努力家のセリーナと、病気のせいで心が歪んでしまった公爵令息ルークの恋のお話です。
婚約者を奪われ魔物討伐部隊に入れられた私ですが、騎士団長に溺愛されました
Karamimi
恋愛
伯爵令嬢のクレアは、婚約者の侯爵令息サミュエルとの結婚を間近に控え、幸せいっぱいの日々を過ごしていた。そんなある日、この国の第三王女でもあるエミリアとサミュエルが恋仲である事が発覚する。
第三王女の強い希望により、サミュエルとの婚約は一方的に解消させられてしまった。さらに第三王女から、魔王討伐部隊に入る様命じられてしまう。
王女命令に逆らう事が出来ず、仕方なく魔王討伐部隊に参加する事になったクレア。そんなクレアを待ち構えていたのは、容姿は物凄く美しいが、物凄く恐ろしい騎士団長、ウィリアムだった。
毎日ウィリアムに怒鳴られまくるクレア。それでも必死に努力するクレアを見てウィリアムは…
どん底から必死に這い上がろうとする伯爵令嬢クレアと、大の女嫌いウィリアムの恋のお話です。
ユーザ登録のメリット
- 毎日¥0対象作品が毎日1話無料!
- お気に入り登録で最新話を見逃さない!
- しおり機能で小説の続きが読みやすい!
1~3分で完了!
無料でユーザ登録する
すでにユーザの方はログイン
閉じる