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第三話 手足の価値
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第三話 手足の価値
「王族が頭で、貴族は手足だ」
その言葉は、軽く投げられたはずだった。
だが、軽い言葉ほど深く刺さる。
王城の円卓会議。
各公爵家、侯爵家、軍務卿、財務卿が揃う重鎮会議の場で、王太子ディルクは椅子にもたれながらそう言った。
「頭が命じ、手足が動く。単純な構図だろう?」
笑いを誘うつもりだったのかもしれない。
誰も笑わなかった。
「殿下」
軍務卿が低く口を開く。
「その手足がなければ、頭は何も掴めませぬ」
「掴む必要があるか?」
王太子は鼻で笑う。
「王族は命じる存在だ。動くのはお前たちだろう」
静かな沈黙が落ちる。
私は円卓の一角で、その空気の変化を測っていた。
怒号はない。
反論もない。
だが、目が変わる。
忠誠は感情で保たれているわけではない。
誇りで保たれている。
その誇りを、彼は踏みにじった。
「南部の件もそうだ」
王太子は続ける。
「飢えたなら働け。働けぬなら淘汰されるだけだ」
淘汰。
まるで家畜の選別のように。
「殿下」
私は穏やかに声を出す。
「南部は来年度の穀物供給の三割を担っております。安易な切り捨ては――」
「切り捨てなどと言うな」
彼は手を振る。
「自然の摂理だ」
自然。
干ばつは自然かもしれない。
だが備蓄放出は政治だ。
彼は理解しない。
「ハーレイ、お前は視野が狭い」
視野。
他国を蛮族と呼び、貴族を手足と呼び、平民を替えが効くと言った男が。
「王族は選ばれている」
彼は胸を張る。
「我らがいるから国は存在する」
逆だ。
国があるから王族が存在できる。
だが彼の世界は反転している。
「手足が傷つけば、替えればいい」
替えればいい。
またその言葉。
私はふと、円卓の木目を見つめる。
この卓は、三代前の王が諸侯との和解の証として作らせたものだ。
血を流した内戦の末、王は学んだ。
貴族は手足ではなく、柱であると。
その歴史を、彼は知らない。
「殿下」
財務卿が慎重に言う。
「南方連合からの抗議文が届いております」
「無視しろ」
即答。
「蛮族の機嫌など気にするな」
抗議文の内容は重い。
侮辱発言の撤回要求。
正式謝罪。
さもなくば関税引き上げ。
関税が上がれば、香料価格は跳ね上がる。
王都の商人が騒ぐ。
税収が減る。
だが彼は言う。
「我が国は世界の頂点だ」
頂点。
頂点は、孤立しても立てる場所ではない。
「手足が文句を言うなら、切り落とせ」
その瞬間。
円卓の空気が完全に変わった。
静かな決裂。
誰も声を荒げない。
だが私は確信する。
今日で、王太子は貴族の心を失った。
会議は形だけ進み、解散した。
廊下に出た諸侯たちは、互いに目を合わせる。
言葉は交わさない。
だが意思は共有される。
距離を置く。
私はその流れを感じながら、ゆっくりと歩く。
「お嬢様」
執事が小声で告げる。
「南方の商会が船団の出港準備を始めたとの報せが」
早い。
予想よりも。
侮辱は想像以上に深く刺さったらしい。
「市場は」
「すでに不安が広がっております」
私は小さく頷く。
王太子はまだ気づかない。
彼は玉座の間で、平民娘と笑っているだろう。
世界は自分の足元にあると信じて。
だが足元は、支えがあってこそ。
平民の畑。
商人の船。
貴族の軍。
外交の信用。
それらを「手足」と言い切った。
切り落とせるものだと思っている。
私は王城の回廊から王都を見下ろす。
港には南方の旗がまだ揺れている。
だがいつまでだろう。
手足を失った頭は、どうなるのか。
私は感情を沈める。
怒りはない。
ただ、確認。
発言記録。
外交失策。
貴族侮辱。
民意軽視。
項目は増える。
「お嬢様、殿下が」
振り向くと、王太子がこちらへ歩いてくる。
機嫌は良い。
「ハーレイ、今日はよく分からせてやったな」
「何をでございましょう」
「貴族どもだ。王に逆らう愚かさをな」
分からせた。
彼はそう思っている。
「手足が生意気では困る」
私は静かに微笑む。
「殿下のお言葉、皆様よくお聞きになっておりました」
「当然だ」
彼は満足げに頷く。
「やはり俺は王に向いている」
向いている。
王とは何か。
力で押さえつける者か。
それとも、支えを理解する者か。
私は答えない。
「承知いたしました、殿下」
その言葉は従順ではない。
確認だ。
殿下の認識として。
夕陽が王城を赤く染める。
赤は血の色に似ている。
歴史は繰り返す。
傲慢は、必ず代償を伴う。
手足を軽んじた頭は、やがて支えを失う。
私はゆっくりと踵を返す。
処理は進む。
静かに。
そして確実に。
「王族が頭で、貴族は手足だ」
その言葉は、軽く投げられたはずだった。
だが、軽い言葉ほど深く刺さる。
王城の円卓会議。
各公爵家、侯爵家、軍務卿、財務卿が揃う重鎮会議の場で、王太子ディルクは椅子にもたれながらそう言った。
「頭が命じ、手足が動く。単純な構図だろう?」
笑いを誘うつもりだったのかもしれない。
誰も笑わなかった。
「殿下」
軍務卿が低く口を開く。
「その手足がなければ、頭は何も掴めませぬ」
「掴む必要があるか?」
王太子は鼻で笑う。
「王族は命じる存在だ。動くのはお前たちだろう」
静かな沈黙が落ちる。
私は円卓の一角で、その空気の変化を測っていた。
怒号はない。
反論もない。
だが、目が変わる。
忠誠は感情で保たれているわけではない。
誇りで保たれている。
その誇りを、彼は踏みにじった。
「南部の件もそうだ」
王太子は続ける。
「飢えたなら働け。働けぬなら淘汰されるだけだ」
淘汰。
まるで家畜の選別のように。
「殿下」
私は穏やかに声を出す。
「南部は来年度の穀物供給の三割を担っております。安易な切り捨ては――」
「切り捨てなどと言うな」
彼は手を振る。
「自然の摂理だ」
自然。
干ばつは自然かもしれない。
だが備蓄放出は政治だ。
彼は理解しない。
「ハーレイ、お前は視野が狭い」
視野。
他国を蛮族と呼び、貴族を手足と呼び、平民を替えが効くと言った男が。
「王族は選ばれている」
彼は胸を張る。
「我らがいるから国は存在する」
逆だ。
国があるから王族が存在できる。
だが彼の世界は反転している。
「手足が傷つけば、替えればいい」
替えればいい。
またその言葉。
私はふと、円卓の木目を見つめる。
この卓は、三代前の王が諸侯との和解の証として作らせたものだ。
血を流した内戦の末、王は学んだ。
貴族は手足ではなく、柱であると。
その歴史を、彼は知らない。
「殿下」
財務卿が慎重に言う。
「南方連合からの抗議文が届いております」
「無視しろ」
即答。
「蛮族の機嫌など気にするな」
抗議文の内容は重い。
侮辱発言の撤回要求。
正式謝罪。
さもなくば関税引き上げ。
関税が上がれば、香料価格は跳ね上がる。
王都の商人が騒ぐ。
税収が減る。
だが彼は言う。
「我が国は世界の頂点だ」
頂点。
頂点は、孤立しても立てる場所ではない。
「手足が文句を言うなら、切り落とせ」
その瞬間。
円卓の空気が完全に変わった。
静かな決裂。
誰も声を荒げない。
だが私は確信する。
今日で、王太子は貴族の心を失った。
会議は形だけ進み、解散した。
廊下に出た諸侯たちは、互いに目を合わせる。
言葉は交わさない。
だが意思は共有される。
距離を置く。
私はその流れを感じながら、ゆっくりと歩く。
「お嬢様」
執事が小声で告げる。
「南方の商会が船団の出港準備を始めたとの報せが」
早い。
予想よりも。
侮辱は想像以上に深く刺さったらしい。
「市場は」
「すでに不安が広がっております」
私は小さく頷く。
王太子はまだ気づかない。
彼は玉座の間で、平民娘と笑っているだろう。
世界は自分の足元にあると信じて。
だが足元は、支えがあってこそ。
平民の畑。
商人の船。
貴族の軍。
外交の信用。
それらを「手足」と言い切った。
切り落とせるものだと思っている。
私は王城の回廊から王都を見下ろす。
港には南方の旗がまだ揺れている。
だがいつまでだろう。
手足を失った頭は、どうなるのか。
私は感情を沈める。
怒りはない。
ただ、確認。
発言記録。
外交失策。
貴族侮辱。
民意軽視。
項目は増える。
「お嬢様、殿下が」
振り向くと、王太子がこちらへ歩いてくる。
機嫌は良い。
「ハーレイ、今日はよく分からせてやったな」
「何をでございましょう」
「貴族どもだ。王に逆らう愚かさをな」
分からせた。
彼はそう思っている。
「手足が生意気では困る」
私は静かに微笑む。
「殿下のお言葉、皆様よくお聞きになっておりました」
「当然だ」
彼は満足げに頷く。
「やはり俺は王に向いている」
向いている。
王とは何か。
力で押さえつける者か。
それとも、支えを理解する者か。
私は答えない。
「承知いたしました、殿下」
その言葉は従順ではない。
確認だ。
殿下の認識として。
夕陽が王城を赤く染める。
赤は血の色に似ている。
歴史は繰り返す。
傲慢は、必ず代償を伴う。
手足を軽んじた頭は、やがて支えを失う。
私はゆっくりと踵を返す。
処理は進む。
静かに。
そして確実に。
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