婚約破棄? それより南方貿易が忙しいのですが

ふわふわ

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第十七話 番号

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第十七話 番号

夜がない。

少なくとも、彼には区別がつかない。

闇は常にそこにある。
鉱区の中は薄暗く、外の光もすぐに飲み込まれる。

彼は壁にもたれて座っていた。

腕に刻まれた焼印が疼く。

赤く腫れ、熱を持ち、触れれば鈍い痛みが走る。

そこに刻まれているのは、数字。

名ではない。

家名でもない。

血筋でもない。

ただの識別。

「立て」

荒い声が響く。

意味は完全には分からないが、動けということは分かる。

周囲の者たちが立ち上がる。

彼も立つ。

一瞬遅れる。

背中に棒が当たる。

強くはない。

だが命令の補助としては十分だった。

彼は睨む。

棒を持つ男は視線を逸らさない。

怒りもない。

挑発もない。

ただ業務。

それが理解できない。

命令する側の目ではない。

服従する側の目でもない。

彼を“数”として見る目。

外へ出される。

湿気が肌にまとわりつく。

空は白く濁り、太陽は容赦がない。

道具が配られる。

重い。

持ち慣れない。

隣の男が手振りで使い方を示す。

彼は無視する。

「俺に教えるな」

その言葉は、当然通じない。

男は肩をすくめ、作業を始める。

岩を砕く。

土を運ぶ。

汗が流れる。

彼は道具を持ったまま立ち尽くす。

誰も彼を特別扱いしない。

指示もない。

ただ、やれという空気。

遅れる。

再び棒が当たる。

今度は強い。

「触るな」

怒鳴る。

殴られる。

頬が焼ける。

地面に膝をつく。

周囲は見ない。

見慣れているのだ。

ここでは抵抗は特別ではない。

ただ、非効率。

彼は歯を食いしばる。

道具を握る。

振り下ろす。

石が欠ける。

衝撃が腕に返る。

慣れない動き。

ぎこちない。

だが、やるしかない。

やらなければまた棒が来る。

昼。

水が配られる。

少量。

彼は奪い取ろうとする。

腕を掴まれる。

押し返される。

ここには順番がある。

彼は初めて、並ぶ。

並ばされるのではない。

並ばなければ飲めないから。

喉が渇く。

誇りより渇きが勝つ。

水を飲む。

ぬるい。

だが甘い。

夕刻。

作業終了。

再び番号が読み上げられる。

彼の番号も呼ばれる。

音として聞き取る。

反応する。

自分がその番号だと理解する。

誰も名を呼ばない。

名は存在しない。

小屋へ戻る。

床は固い。

湿気がこもる。

隣の男が腕の焼印を見て何か言う。

笑う。

嘲笑ではない。

ただの会話。

彼は目を逸らす。

その番号は、もう消えない。

消せない。

彼は目を閉じる。

思い出す。

王城の廊下。

絨毯。

静かな足音。

自分を呼ぶ声。

今は何もない。

ここで呼ばれるのは数字。

その数字に反応しなければ、痛みが来る。

夜。

彼は腕を擦る。

焼印の上に指を置く。

熱は引かない。

それはただの傷ではない。

境界線だ。

過去と今を分ける線。

彼はまだ、信じている。

これは誤りだ。

すぐに訂正される。

だが朝になれば、また番号が呼ばれる。

そして彼は立つ。

そのたびに、名は遠ざかる。

やがて、
数字の方が反応が早くなる。

名を呼ばれなくなっても、

番号にだけ、体が動く。

その瞬間、
彼は本当に一人になる。

誰でもない。

ただの番号として。
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