婚約破棄? それより南方貿易が忙しいのですが

ふわふわ

文字の大きさ
19 / 32

第十九話 同列

しおりを挟む
第十九話 同列

朝の合図が鳴る。

彼は目を開ける。

熱は引いていない。

だが起きる。

起きなければ棒が来る。

列に並ぶ。

隣に立つのは、白髪の男。

痩せているが、動きは安定している。

焼印は彼より古い。

色が薄く、傷が馴染んでいる。

老いた目が、彼を見る。

何かを言う。

ゆっくりと。

聞き取れない。

だが声色は穏やかだ。

彼は視線を逸らす。

作業開始。

岩を砕く。

腕が重い。

熱がぶり返す。

白髪の男が、さりげなく位置を調整する。

彼の負担が少し軽くなるように。

彼は気づく。

だが何も言わない。

誇りが邪魔をする。

昼。

水の配給。

彼は前へ出る。

順番を無視する。

腕を掴まれる。

押し戻される。

白髪の男が彼の前に立つ。

何か言う。

周囲がわずかに緩む。

彼の番が来る。

水を受け取る。

老いた男が、自分の器を半分差し出す。

彼は拒もうとする。

男は強引に器を押しつける。

意味は分からない。

だが意図は分かる。

彼は飲む。

喉が焼ける。

救われたわけではない。

だが倒れずに済む。

午後。

熱が上がる。

視界が揺れる。

道具が手から落ちる。

彼は拾おうとする。

指が震える。

白髪の男が道具を持ち上げ、彼の手に戻す。

何も言わない。

ただ渡す。

その瞬間、彼は初めて違和感を覚える。

ここでは、誰も彼を畏れない。

だが、誰も彼を見捨てもしない。

夕刻。

列に並ぶ。

番号が呼ばれる。

彼は反応する。

白髪の男の番号も呼ばれる。

二人は同じように歩く。

小屋。

白髪の男が壁にもたれ、ゆっくりと言葉を発する。

今度は短い。

胸を指し、地面を指し、周囲を示す。

最後に彼を指す。

同じだ、と言っているのだと理解する。

彼は首を振る。

違う。

自分は違う。

違うはずだ。

白髪の男は笑う。

嘲りではない。

諦めでもない。

ただ事実として。

ここでは皆同じだ、と。

夜。

彼は眠れない。

焼印が疼く。

熱が戻る。

思い出す。

自分は選ばれた存在。

特別な血。

だがここでは、血は価値を持たない。

労働が価値。

体が価値。

倒れれば終わり。

彼は初めて、問いを持つ。

もしここで死ねば、

何が残る。

国か。

家か。

名か。

誰も知らない。

白髪の男が寝返りを打つ。

穏やかな呼吸。

長くここにいる者の呼吸。

彼は気づく。

この男も、かつては何かだったのかもしれない。

だが今は番号。

同列。

その事実が、何より重い。

彼は目を閉じる。

否定する。

まだ自分は違う。

まだ。

だがその否定は、昨日より弱い。

熱が、誇りを削る。

同列。

その言葉が、頭の奥で反響する。

ここでは、皆同じだ。

そして彼は、

初めて恐れる。

特別ではないという現実を。
しおりを挟む
感想 0

あなたにおすすめの小説

妻からの手紙~18年の後悔を添えて~

Mio
ファンタジー
妻から手紙が来た。 妻が死んで18年目の今日。 息子の誕生日。 「お誕生日おめでとう、ルカ!愛してるわ。エミリア・シェラード」 息子は…17年前に死んだ。 手紙はもう一通あった。 俺はその手紙を読んで、一生分の後悔をした。 ------------------------------

お飾りの妻として嫁いだけど、不要な妻は出ていきます

菻莅❝りんり❞
ファンタジー
貴族らしい貴族の両親に、売られるように愛人を本邸に住まわせている其なりの爵位のある貴族に嫁いだ。 嫁ぎ先で私は、お飾りの妻として別棟に押し込まれ、使用人も付けてもらえず、初夜もなし。 「居なくていいなら、出ていこう」 この先結婚はできなくなるけど、このまま一生涯過ごすよりまし

父が再婚しました

Ruhuna
ファンタジー
母が亡くなって1ヶ月後に 父が再婚しました

【完結】捨て去られた王妃は王宮で働く

ここ
ファンタジー
たしかに私は王妃になった。 5歳の頃に婚約が決まり、逃げようがなかった。完全なる政略結婚。 夫である国王陛下は、ハーレムで浮かれている。政務は王妃が行っていいらしい。私は仕事は得意だ。家臣たちが追いつけないほど、理解が早く、正確らしい。家臣たちは、王妃がいないと困るようになった。何とかしなければ…

【完結】あなたに知られたくなかった

ここ
ファンタジー
セレナの幸せな生活はあっという間に消え去った。新しい継母と異母妹によって。 5歳まで令嬢として生きてきたセレナは6歳の今は、小さな手足で必死に下女見習いをしている。もう自分が令嬢だということは忘れていた。 そんなセレナに起きた奇跡とは?

【完結】英雄様、婚約破棄なさるなら我々もこれにて失礼いたします。

ファンタジー
「婚約者であるニーナと誓いの破棄を望みます。あの女は何もせずのうのうと暮らしていた役立たずだ」 実力主義者のホリックは魔王討伐戦を終結させた褒美として国王に直談判する。どうやら戦争中も優雅に暮らしていたニーナを嫌っており、しかも戦地で出会った聖女との結婚を望んでいた。英雄となった自分に酔いしれる彼の元に、それまで苦楽を共にした仲間たちが寄ってきて…… 「「「ならば我々も失礼させてもらいましょう」」」 信頼していた部下たちは唐突にホリックの元を去っていった。 微ざまぁあり。

三十年後に届いた白い手紙

RyuChoukan
ファンタジー
三十年前、帝国は一人の少年を裏切り者として処刑した。 彼は最後まで、何も語らなかった。 その罪の真相を知る者は、ただ一人の女性だけだった。 戴冠舞踏会の夜。 公爵令嬢は、一通の白い手紙を手に、皇帝の前に立つ。 それは復讐でも、告発でもない。 三十年間、辺境の郵便局で待ち続けられていた、 「渡されなかった約束」のための手紙だった。 沈黙のまま命を捨てた男と、 三十年、ただ待ち続けた女。 そして、すべてを知った上で扉を開く、次の世代。 これは、 遅れて届いた手紙が、 人生と運命を静かに書き換えていく物語。

愛していました。待っていました。でもさようなら。

彩柚月
ファンタジー
魔の森を挟んだ先の大きい街に出稼ぎに行った夫。待てども待てども帰らない夫を探しに妻は魔の森に脚を踏み入れた。 やっと辿り着いた先で見たあなたは、幸せそうでした。

処理中です...