5 / 62
第5章 錬金術師との出会い
しおりを挟む
第5章 錬金術師との出会い
──治療薬を作る。
そのためには、この世界で「化学」を理解してくれる協力者が必要だった。
「マリア、王都で一番の錬金術師は誰?」
「アレクサンダー・ド・ヴァレンティーノ様かと……ですが、あのお方は変人と評判でして」
「変人? いいじゃない。むしろ私にぴったりだわ」
──そう、オタクは変人と仲良くなるスキルに長けている。
---
そして私は、アレクサンダーの研究所を訪ねた。
王都の外れ、小高い丘に建つ石造りの屋敷。門扉からして怪しげな雰囲気が漂っている。
「……ごめんくださーい」
重い扉を開けると、薬草や鉱石が散乱した実験室。奥から低い声が聞こえた。
「何の用だ。弟子入りなら断るぞ」
現れたのは、長身で銀髪の青年。冷ややかな灰色の瞳に知性の光が宿っていた。
噂通り“変人”の雰囲気だが、どこか凛とした美しさがある。
「弟子入りじゃありません。お願いがあって来ました」
「……公爵令嬢が、錬金術師に頼み事?」
怪訝そうな視線。
「重金属を体から排出する薬を作りたいんです」
「……は?」
アレクサンダーの目が細くなる。
普通の令嬢なら「美肌薬が欲しい」とか「恋愛成就の薬を」と言うだろう。
だが私は真顔で化学式を思い出していた。
「C₁₀H₁₆N₂O₈。これを合成したいんです」
「………………」
静寂。
アレクサンダーは眉をひそめ、ゆっくりと口を開いた。
「今……何と言った?」
「C₁₀H₁₆N₂O₈、です。エチレンジアミン四酢酸ナトリウム。重金属と結合して体外に排出する薬です」
「…………」
しばしの沈黙ののち、彼は突然机を叩いた。
「君……何者だ!?」
---
研究室に緊張が走る。
私は慌てて手を振った。
「え、いや、その……ただの聞きかじりです! 詳しいわけじゃないんです! でも必要なんです!」
「聞きかじりで“C₁₀H₁₆N₂O₈”を口にする者がどこにいる!」
アレクサンダーの瞳が鋭く光る。まるで宝石を発見した研究者のような眼差しだ。
「……いいだろう。興味が湧いた。君の無茶な要求、試してやる」
「ほ、本当ですか!?」
「だが条件がある」
「条件?」
「研究に口を出すなら、最後まで責任を持て。失敗すれば“狂気の令嬢”と笑われるぞ」
「……構いません。私、もう笑われ慣れてますから」
口にした瞬間、自分でも驚くほど強い声になっていた。
---
それから数日。
私はアレクサンダーの研究室に通い詰めた。
「試薬を混ぜる順番を間違えるな!」
「は、はいっ!」
フラスコの中で液体が激しく泡立ち、白い煙が上がる。
「ちょ、これ爆発しないですよね!?」
「わからん。だが学問は常に爆発の危険を孕む」
「そんな格好いいこと言わないで! 本当に爆発したらどうするの!」
何度も失敗し、手は薬品の匂いで染まった。
それでも、少しずつ形が見えてきた。
──透明な溶液。その中に、希望が詰まっている。
「……完成、か」
アレクサンダーが呟く。
「ええ。これが……EDTA。重金属中毒を治せる薬」
胸の奥で、熱いものが込み上げた。
---
「エリアナ」
アレクサンダーが名を呼んだ。
「君は何者なんだ。本当にただの公爵令嬢か?」
「……ただの、オタクです」
「オタク?」
「うまく説明できないけど……知識に偏ってる人間、って意味です」
彼はしばし黙り、やがて口元にわずかな笑みを浮かべた。
「なるほど。ならば私は、君と同じだな」
「え?」
「私も知識に取り憑かれた変人だ。なら、君は最高の研究仲間だ」
その言葉に、胸が少し温かくなった。
---
こうして、最初の治療薬は完成した。
次は──患者への投与。命を懸けた実験だ。
「行きましょう、アレクサンダー」
「恐れ知らずの公爵令嬢だな」
「だって……救える命があるんですもの」
私の第二の人生。いよいよ本当の意味で、走り出そうとしていた。
──治療薬を作る。
そのためには、この世界で「化学」を理解してくれる協力者が必要だった。
「マリア、王都で一番の錬金術師は誰?」
「アレクサンダー・ド・ヴァレンティーノ様かと……ですが、あのお方は変人と評判でして」
「変人? いいじゃない。むしろ私にぴったりだわ」
──そう、オタクは変人と仲良くなるスキルに長けている。
---
そして私は、アレクサンダーの研究所を訪ねた。
王都の外れ、小高い丘に建つ石造りの屋敷。門扉からして怪しげな雰囲気が漂っている。
「……ごめんくださーい」
重い扉を開けると、薬草や鉱石が散乱した実験室。奥から低い声が聞こえた。
「何の用だ。弟子入りなら断るぞ」
現れたのは、長身で銀髪の青年。冷ややかな灰色の瞳に知性の光が宿っていた。
噂通り“変人”の雰囲気だが、どこか凛とした美しさがある。
「弟子入りじゃありません。お願いがあって来ました」
「……公爵令嬢が、錬金術師に頼み事?」
怪訝そうな視線。
「重金属を体から排出する薬を作りたいんです」
「……は?」
アレクサンダーの目が細くなる。
普通の令嬢なら「美肌薬が欲しい」とか「恋愛成就の薬を」と言うだろう。
だが私は真顔で化学式を思い出していた。
「C₁₀H₁₆N₂O₈。これを合成したいんです」
「………………」
静寂。
アレクサンダーは眉をひそめ、ゆっくりと口を開いた。
「今……何と言った?」
「C₁₀H₁₆N₂O₈、です。エチレンジアミン四酢酸ナトリウム。重金属と結合して体外に排出する薬です」
「…………」
しばしの沈黙ののち、彼は突然机を叩いた。
「君……何者だ!?」
---
研究室に緊張が走る。
私は慌てて手を振った。
「え、いや、その……ただの聞きかじりです! 詳しいわけじゃないんです! でも必要なんです!」
「聞きかじりで“C₁₀H₁₆N₂O₈”を口にする者がどこにいる!」
アレクサンダーの瞳が鋭く光る。まるで宝石を発見した研究者のような眼差しだ。
「……いいだろう。興味が湧いた。君の無茶な要求、試してやる」
「ほ、本当ですか!?」
「だが条件がある」
「条件?」
「研究に口を出すなら、最後まで責任を持て。失敗すれば“狂気の令嬢”と笑われるぞ」
「……構いません。私、もう笑われ慣れてますから」
口にした瞬間、自分でも驚くほど強い声になっていた。
---
それから数日。
私はアレクサンダーの研究室に通い詰めた。
「試薬を混ぜる順番を間違えるな!」
「は、はいっ!」
フラスコの中で液体が激しく泡立ち、白い煙が上がる。
「ちょ、これ爆発しないですよね!?」
「わからん。だが学問は常に爆発の危険を孕む」
「そんな格好いいこと言わないで! 本当に爆発したらどうするの!」
何度も失敗し、手は薬品の匂いで染まった。
それでも、少しずつ形が見えてきた。
──透明な溶液。その中に、希望が詰まっている。
「……完成、か」
アレクサンダーが呟く。
「ええ。これが……EDTA。重金属中毒を治せる薬」
胸の奥で、熱いものが込み上げた。
---
「エリアナ」
アレクサンダーが名を呼んだ。
「君は何者なんだ。本当にただの公爵令嬢か?」
「……ただの、オタクです」
「オタク?」
「うまく説明できないけど……知識に偏ってる人間、って意味です」
彼はしばし黙り、やがて口元にわずかな笑みを浮かべた。
「なるほど。ならば私は、君と同じだな」
「え?」
「私も知識に取り憑かれた変人だ。なら、君は最高の研究仲間だ」
その言葉に、胸が少し温かくなった。
---
こうして、最初の治療薬は完成した。
次は──患者への投与。命を懸けた実験だ。
「行きましょう、アレクサンダー」
「恐れ知らずの公爵令嬢だな」
「だって……救える命があるんですもの」
私の第二の人生。いよいよ本当の意味で、走り出そうとしていた。
155
あなたにおすすめの小説
処刑前夜に逃亡した悪役令嬢、五年後に氷の公爵様に捕まる〜冷徹旦那様が溺愛パパに豹変しましたが私の抱いている赤ちゃん実は人生2周目です〜
放浪人
恋愛
「処刑されるなんて真っ平ごめんです!」 無実の罪で投獄された悪役令嬢レティシア(中身は元社畜のアラサー日本人)は、処刑前夜、お腹の子供と共に脱獄し、辺境の田舎村へ逃亡した。 それから五年。薬師として穏やかに暮らしていた彼女のもとに、かつて自分を冷遇し、処刑を命じた夫――「氷の公爵」アレクセイが現れる。 殺される!と震えるレティシアだったが、再会した彼は地面に頭を擦り付け、まさかの溺愛キャラに豹変していて!?
「愛しているレティシア! 二度と離さない!」 「(顔が怖いです公爵様……!)」
不器用すぎて顔が怖い旦那様の暴走する溺愛。 そして、二人の息子であるシオン(1歳)は、実は前世で魔王を倒した「英雄」の生まれ変わりだった! 「パパとママは僕が守る(物理)」 最強の赤ちゃんが裏で暗躍し、聖女(自称)の陰謀も、帝国の侵略も、古代兵器も、ガラガラ一振りで粉砕していく。
竜皇帝陛下の寵愛~役立たずの治癒師は暗黒竜に今日も餌付けされ中!
ユウ
恋愛
辺境伯爵令嬢のリリアーナ・アンシーは社交界でも醜い容姿故にアザラシ姫と呼ばれていた。
そんな折、敵対する竜の国との平和条約の為に生贄を差し出すことになった。
その相手は純白の聖女と呼ばれるサンドラだったが国の聖女を差し出すわけにも行かず、リリアーナが身代わりを務めることになった。
辺境伯爵令嬢ならば国の為に働くべきだと泣く泣く苦渋の選択をした婚約者だったが体よくリリアーナを国から追い出し、始末する魂胆が丸見えだった。
王も苦渋の選択だったがリリアーナはある条件を付け了承したのだ。
そして決死の覚悟で敵国に迎えられたはずが。
「君が僕のお嫁さんかい?とりあえず僕の手料理を食べてくれないかな」
暗黒竜と恐れられた竜皇帝陛下は何故か料理を振る舞い始めた。
「なるほどコロコロ太らせて食べるのか」
頓珍漢な勘違いをしたリリアーナは殺されるまで美味しい物を食べようと誓ったのだが、何故か食べられる気配はなかった。
その頃祖国では、聖女が結界を敷くことができなくなり危機的状況になっていた。
世界樹も聖女を拒絶し、サンドラは聖女の地位を剥奪されそうになっていたのだった…
実は家事万能な伯爵令嬢、婚約破棄されても全く問題ありません ~追放された先で洗濯した男は、伝説の天使様でした~
空色蜻蛉
恋愛
「令嬢であるお前は、身の周りのことは従者なしに何もできまい」
氷薔薇姫の異名で知られるネーヴェは、王子に婚約破棄され、辺境の地モンタルチーノに追放された。
「私が何も出来ない箱入り娘だと、勘違いしているのね。私から見れば、聖女様の方がよっぽど箱入りだけど」
ネーヴェは自分で屋敷を掃除したり美味しい料理を作ったり、自由な生活を満喫する。
成り行きで、葡萄畑作りで泥だらけになっている男と仲良くなるが、実は彼の正体は伝説の・・であった。
巻き込まれて異世界召喚? よくわからないけど頑張ります。 〜JKヒロインにおばさん呼ばわりされたけど、28才はお姉さんです〜
トイダノリコ
ファンタジー
会社帰りにJKと一緒に異世界へ――!?
婚活のために「料理の基本」本を買った帰り道、28歳の篠原亜子は、通りすがりの女子高生・星野美咲とともに突然まぶしい光に包まれる。
気がつけばそこは、海と神殿の国〈アズーリア王国〉。
美咲は「聖乙女」として大歓迎される一方、亜子は「予定外に混ざった人」として放置されてしまう。
けれど世界意識(※神?)からのお詫びとして特殊能力を授かった。
食材や魔物の食用可否、毒の有無、調理法までわかるスキル――〈料理眼〉!
「よし、こうなったら食堂でも開いて生きていくしかない!」
港町の小さな店〈潮風亭〉を拠点に、亜子は料理修行と新生活をスタート。
気のいい夫婦、誠実な騎士、皮肉屋の魔法使い、王子様や留学生、眼帯の怪しい男……そして、彼女を慕う男爵令嬢など個性豊かな仲間たちに囲まれて、"聖乙女イベントの裏側”で、静かに、そしてたくましく人生を切り拓く異世界スローライフ開幕。
――はい。静かに、ひっそり生きていこうと思っていたんです。私も.....(アコ談)
*AIと一緒に書いています*
婚約破棄された令嬢は“図書館勤務”を満喫中
かしおり
恋愛
「君は退屈だ」と婚約を破棄された令嬢クラリス。社交界にも、実家にも居場所を失った彼女がたどり着いたのは、静かな田舎町アシュベリーの図書館でした。
本の声が聞こえるような不思議な感覚と、真面目で控えめな彼女の魅力は、少しずつ周囲の人々の心を癒していきます。
そんな中、図書館に通う謎めいた青年・リュカとの出会いが、クラリスの世界を大きく変えていく――
身分も立場も異なるふたりの静かで知的な恋は、やがて王都をも巻き込む運命へ。
癒しと知性が紡ぐ、身分差ロマンス。図書館の窓辺から始まる、幸せな未来の物語。
最強令嬢とは、1%のひらめきと99%の努力である
megane-san
ファンタジー
私クロエは、生まれてすぐに傷を負った母に抱かれてブラウン辺境伯城に転移しましたが、母はそのまま亡くなり、辺境伯夫妻の養子として育てていただきました。3歳になる頃には闇と光魔法を発現し、さらに暗黒魔法と膨大な魔力まで持っている事が分かりました。そしてなんと私、前世の記憶まで思い出し、前世の知識で辺境伯領はかなり大儲けしてしまいました。私の力は陰謀を企てる者達に狙われましたが、必〇仕事人バリの方々のおかげで悪者は一層され、無事に修行を共にした兄弟子と婚姻することが出来ました。……が、なんと私、魔王に任命されてしまい……。そんな波乱万丈に日々を送る私のお話です。
婚約破棄された竜好き令嬢は黒竜様に溺愛される。残念ですが、守護竜を捨てたこの国は滅亡するようですよ
水無瀬
ファンタジー
竜が好きで、三度のご飯より竜研究に没頭していた侯爵令嬢の私は、婚約者の王太子から婚約破棄を突きつけられる。
それだけでなく、この国をずっと守護してきた黒竜様を捨てると言うの。
黒竜様のことをずっと研究してきた私も、見せしめとして処刑されてしまうらしいです。
叶うなら、死ぬ前に一度でいいから黒竜様に会ってみたかったな。
ですが、私は知らなかった。
黒竜様はずっと私のそばで、私を見守ってくれていたのだ。
残念ですが、守護竜を捨てたこの国は滅亡するようですよ?
【完結】辺境に飛ばされた子爵令嬢、前世の経営知識で大商会を作ったら王都がひれ伏したし、隣国のハイスペ王子とも結婚できました
いっぺいちゃん
ファンタジー
婚約破棄、そして辺境送り――。
子爵令嬢マリエールの運命は、結婚式直前に無惨にも断ち切られた。
「辺境の館で余生を送れ。もうお前は必要ない」
冷酷に告げた婚約者により、社交界から追放された彼女。
しかし、マリエールには秘密があった。
――前世の彼女は、一流企業で辣腕を振るった経営コンサルタント。
未開拓の農産物、眠る鉱山資源、誠実で働き者の人々。
「必要ない」と切り捨てられた辺境には、未来を切り拓く力があった。
物流網を整え、作物をブランド化し、やがて「大商会」を設立!
数年で辺境は“商業帝国”と呼ばれるまでに発展していく。
さらに隣国の完璧王子から熱烈な求婚を受け、愛も手に入れるマリエール。
一方で、税収激減に苦しむ王都は彼女に救いを求めて――
「必要ないとおっしゃったのは、そちらでしょう?」
これは、追放令嬢が“経営知識”で国を動かし、
ざまぁと恋と繁栄を手に入れる逆転サクセスストーリー!
※表紙のイラストは画像生成AIによって作られたものです。
ユーザ登録のメリット
- 毎日¥0対象作品が毎日1話無料!
- お気に入り登録で最新話を見逃さない!
- しおり機能で小説の続きが読みやすい!
1~3分で完了!
無料でユーザ登録する
すでにユーザの方はログイン
閉じる