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第8章 奇跡の回復と評価の逆転
しおりを挟むリリアナへの投薬から三日後。
彼女は屋敷の庭を、自分の足で歩いていた。
「すごい……本当に、元気に……!」
マリアが涙ぐみながら声を上げる。
「もう、痙攣も抜け毛も止まりました。ご飯もちゃんと食べられます」
リリアナは、微笑みながら花壇にしゃがみ込んだ。小さな花を手に取り、そっと頬に当てる。
「生きて……匂いを感じられるなんて……こんな幸せが、また戻ってくるなんて……」
その姿に、私も胸が熱くなった。
社畜時代、パソコンの前で倒れるまで働いていた私は「生きること」の意味を見失っていた。
でも今、リリアナの笑顔が教えてくれている。──人を救える喜びは、こんなにも尊いのだと。
---
リリアナの劇的な回復は、すぐに王都中に広まった。
「死の病から蘇った侯爵令嬢」
「奇跡の薬を作った公爵令嬢」
昨日まで「狂気の令嬢」と嘲っていた人々が、一転して「救世主」と呼び始める。
「ちょ、ちょっと待って。手のひら返し早すぎない!?」
私は思わず頭を抱えた。
「でもお嬢様、みんなが認めてくださってますよ」
マリアが嬉しそうに微笑む。
「うーん……まあ悪い気はしないけど……」
でも正直、褒められるのはむず痒い。だって私は医者でも研究者でもない。ただの“オタク知識”を引っ張り出しただけだ。
---
その日、屋敷に一人の騎士がやってきた。
甲冑をまとい、緊張した面持ちで玄関に立っていたのは──エドワード。
「リリアナ!」
彼はリリアナの姿を見るなり、駆け寄った。
「エドワード……!」
リリアナは涙を浮かべながら、彼の胸に飛び込んだ。
「もう会えないかと思って……ずっと……」
「バカを言うな。俺は君を置いていかない」
二人は抱き合い、涙を流しながら笑い合った。
その光景に、私は思わず目頭が熱くなる。
(ああ……これだ。これが“生きたい”って願いに応えることなんだ)
ただの薬じゃない。人の未来を、愛を、取り戻すための薬。
---
後日。王立医学会の再会議が開かれた。
今度は、リリアナ本人が証人として出席したのだ。
「私は、この薬で救われました。命も、愛も、未来も……」
彼女がそう告げると、会場はどよめきに包まれた。
医師長ガブリエルも顔を青ざめさせ、椅子に沈み込む。
「……にわかには信じがたい……だが、症状が消えたのは事実……」
誰も反論できなかった。
“悪魔の業”と呼ばれた療法が、一夜にして“神の奇跡”と讃えられたのだ。
---
「エリアナ様! お嬢様は救世主ですわ!」
「なんと素晴らしい! ぜひ詳しくご教授を!」
昨日まで私を罵っていた医師たちが、今度は媚びるように近寄ってくる。
「……いやいや、だから手のひら返し早いってば!」
私は必死に笑顔を作りながら、内心で叫んだ。
「本当に……すごいですね、エリアナ」
横にいたルカスが小さく微笑んだ。その眼差しは、どこまでも真剣で。
「貴女の勇気に、俺は心から敬意を捧げる」
その言葉に、思わず胸が熱くなった。
私はただ必死で、人を救いたかっただけなのに。
でもその姿勢を認めてくれる人がいる。それがこんなにも嬉しいなんて。
---
会議が終わった後、リリアナが私に駆け寄った。
「エリアナ様。本当に……本当にありがとうございました!」
彼女の瞳は涙で輝き、けれど笑顔は力強かった。
「私……この命、大切にします。エドワードと共に、生きていきます!」
「うん……絶対、幸せになってね」
その瞬間、私の胸に温かな光が灯った。
──“救える”って、こんなにも嬉しいことなんだ。
---
夜。屋敷の窓から空を見上げた私は、ひとり呟いた。
「救世主、ねぇ……」
そんな大層なものじゃない。ただの聞きかじりオタクだ。
でも、オタク知識でも、誰かを救えるなら──。
「……悪くないかも」
その笑みは、夜空に輝く星と同じくらい、確かな光を宿していた。
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