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農業革命編 第1章 領地視察と不作の原因
しおりを挟む夏の陽光が降り注ぐ中、エリアナ・フォン・アルトハイムは馬車に揺られて領地の農村へと向かっていた。
「公爵家のご令嬢が直々に視察だなんて……」
農民たちがざわめきながらも、期待と不安の入り混じった眼差しを向けてくる。
エリアナは馬車を降り、領地の代官バルドや家臣たちに案内されながら畑へ足を踏み入れた。
「こちらが我らの麦畑にございます」
広がる畑を見渡すと……一見、黄金色の小麦が風に揺れている。だが、エリアナの目はすぐに異変を捉えた。
(……背丈が低い。葉の色も悪いし、穂の数も少ない。これでは収量が激減しているはず)
農民代表の老人が、深いため息をつきながら口を開いた。
「ここ数年、不作が続いておりまして……このままでは冬を越せるかどうか」
「そうですか……」
エリアナは膝を折り、土をすくい取って確かめる。ぱさぱさで軽い。栄養分が抜け落ちているのが一目でわかった。
(ああ……御約束すぎるわ。これは典型的な連作障害)
前世で読んだ農業雑誌やラノベ作品の知識が脳裏を駆け巡る。
何十年も同じ土地に小麦ばかり作付けした結果、土壌中の窒素やリンが枯渇してしまっている。病害虫も増え、作物はみるみる弱っていったのだろう。
「神の怒りでは……」
「魔物が土地を呪ったのだ……」
農民たちは不安げに口々に呟く。
「違いますわ」
エリアナははっきりと首を振った。
「これは呪いでも神の怒りでもありません。科学的な理由があるのです」
「か、科学……?」
怪訝そうに眉をひそめる代官バルド。
エリアナは地面に小枝で簡単な図を描いた。円を三つ並べ、N、P、Kと記す。
「作物を育てるために、土には三つの大切な栄養が必要です。窒素、リン、カリ……この三人の“精霊”が力を貸してくれることで、作物は元気に育つのです」
農民たちは目を丸くする。
「しかし、同じ作物を作り続けると、必要な精霊が疲れてしまいます。たとえば、小麦は窒素をたくさん欲しがりますから、何年も続ければ土地から窒素がなくなってしまうのです」
「そ、それで……不作が続いていると?」
「はい。これを“連作障害”といいます」
農民たちはざわめき、互いに顔を見合わせる。
だが、その中でバルド代官が鼻で笑った。
「ふん、そんな小娘のたわ言で百年来の農法を否定するつもりか? 我らは祖先の代から小麦を作ってきたのだ!」
「しかし、このままでは収穫が減り、領民が飢えます」
「神に祈れば良い。娘御の理屈に頼る必要はない!」
代官は取り付く島もなく突っぱねる。
エリアナは唇を噛んだ。
(やっぱり……古参の人たちは新しい知識を受け入れてくれない。でも……見て見ぬふりはできないわ)
「作物に合った必要な肥料が必要ですので」
エリアナは静かに告げた。
「土地が痩せてしまったなら、堆肥や灰で栄養を補う。あるいは、豆科の作物を植えて土地に窒素を戻す。そうすれば、また小麦も元気に育つようになります」
「豆……科?」
「ええ。ソラマメやエンドウなどですわ。彼らの根には“根粒菌”という小さな存在がいて、土を肥やしてくれるのです」
農民たちは驚き、希望の色を浮かべる者もいた。
「本当に……土地が蘇るのですか?」
「このままでは子供たちが飢える……」
しかしバルド代官は腕を組んで首を振る。
「馬鹿馬鹿しい。そんな与太話に領地の命運は任せられん!」
空気が凍りつく。農民たちは板挟みになり、視線をさまよわせる。
エリアナは深く息を吸った。
「では、こうしましょう」
「……?」
「私が責任を持って、試験農場を作ります。小さな畑で新しい農法を試し、もし実際に成果が出れば……受け入れていただけますか?」
農民たちはどよめき、期待と戸惑いの入り混じった眼差しで彼女を見つめた。
代官バルドは渋い顔をしながらも、鼻を鳴らす。
「よかろう。どうせ失敗する。娘御の軽率さを思い知るがいい」
(……この人、最初から失敗を望んでいるわね。怪しい)
エリアナは心の中で舌打ちしつつも、にこやかに微笑んだ。
「ありがとうございます。では、さっそく準備を始めましょう」
その声には、どこか揺るぎない自信が宿っていた。
(この世界でも、きっと農業は変えられる。正しい知識を使えば……土地も、人も救えるはず)
こうして、エリアナの農業革命が静かに幕を開けたのだった。
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