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第26話 静かすぎる日は、いちばん疑うべきですわ
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第26話 静かすぎる日は、いちばん疑うべきですわ
朝。
極寒監獄の空は、不気味なほど澄み切っていた。
雲ひとつなく、雪も降らず、風すらない。
キャロは窓辺に立ち、その“完璧な静けさ”を見つめながら、わずかに眉をひそめた。
「……これは、よくありませんわね」
「同感です」
ヴァルトは、即座に答えた。
「見張りの報告も、巡回の記録も、すべて“問題なし”です。
あまりに、整いすぎています」
「嵐の前触れ、ですわ」
キャロは、紅茶を口に運ぶことなく、カップを置いた。
「王都は、力も命令も通じないと知りました。
次に選ぶのは――」
「“内側”ですね」
「ええ」
キャロは、ゆっくりと頷いた。
「人を割る。疑わせる。疲れさせる。
寒さよりも、よほど効くやり方ですわ」
***
その日の昼。
小さな異変が、いくつも報告され始めた。
倉庫の在庫数が、帳簿と合わない。
備蓄の配置が、微妙に入れ替わっている。
伝達文書の言い回しが、いつもと違う。
「……どれも、致命的ではありません」
看守長が言う。
「ですが、積み重なると……」
「疑心暗鬼になりますわね」
キャロは、静かに答えた。
「“誰かがやった”という形跡を、わざと残している」
「内通者、でしょうか」
「ええ。でも」
キャロは、首を振る。
「一人とは限りません。
“自分は疑われていないか”と、全員に考えさせることが目的です」
***
午後。
キャロは、珍しく監獄内を一人で歩いていた。
廊下、作業場、厨房、倉庫――
人々は、いつも通り働いている。
だが、視線が合うと、ほんの一瞬だけ、ためらいが生まれる。
(……効いていますわね)
そのとき、若い囚人が、意を決したように声をかけてきた。
「……姫様」
「どうなさいました?」
「俺たちの中に……裏切り者がいるって、噂が……」
キャロは、足を止めた。
「噂、ですか」
「はい。誰が怪しいとか、そんな話まで……」
キャロは、しばらく考えてから、穏やかに言った。
「では、聞きますわ」
囚人は、息を呑む。
「あなたは、ここを壊したいですか?」
「……いいえ!」
即答だった。
「なら、それで十分です」
キャロは、微笑んだ。
「壊したい人間だけを、疑いなさい。
疑い続けると、居場所は冷えてしまいますわ」
囚人は、深く頭を下げた。
***
夕刻。
キャロは、集会室に人々を集めた。
看守も、職員も、囚人も、全員だ。
「小さな混乱が起きています」
ざわめきが走る。
「ですが、原因ははっきりしています」
キャロは、静かに告げる。
「外から、疑いを持ち込まれているのです」
場が静まる。
「ここを守るために、必要なことは一つだけ」
彼女は、はっきりと言った。
「確認し合うこと。
命令ではなく、意思を」
***
夜。
暖炉の前。
キャロは、ようやく紅茶を口にした。
「……静かすぎる日は」
ぽつりと呟く。
「いちばん、疑うべきですわね」
ヴァルトは、深く頷いた。
「ですが、今日で一つ、はっきりしました」
「何が、です?」
「王都のやり方は、もう通じないということです」
キャロは、炎を見つめながら微笑んだ。
「疑いで壊れる場所なら、ここまで来られませんわ」
外の世界は、相変わらず冷たい。
だが、ここには――
静けさに惑わされない、
確かなぬくもりが、根を張っていた。
朝。
極寒監獄の空は、不気味なほど澄み切っていた。
雲ひとつなく、雪も降らず、風すらない。
キャロは窓辺に立ち、その“完璧な静けさ”を見つめながら、わずかに眉をひそめた。
「……これは、よくありませんわね」
「同感です」
ヴァルトは、即座に答えた。
「見張りの報告も、巡回の記録も、すべて“問題なし”です。
あまりに、整いすぎています」
「嵐の前触れ、ですわ」
キャロは、紅茶を口に運ぶことなく、カップを置いた。
「王都は、力も命令も通じないと知りました。
次に選ぶのは――」
「“内側”ですね」
「ええ」
キャロは、ゆっくりと頷いた。
「人を割る。疑わせる。疲れさせる。
寒さよりも、よほど効くやり方ですわ」
***
その日の昼。
小さな異変が、いくつも報告され始めた。
倉庫の在庫数が、帳簿と合わない。
備蓄の配置が、微妙に入れ替わっている。
伝達文書の言い回しが、いつもと違う。
「……どれも、致命的ではありません」
看守長が言う。
「ですが、積み重なると……」
「疑心暗鬼になりますわね」
キャロは、静かに答えた。
「“誰かがやった”という形跡を、わざと残している」
「内通者、でしょうか」
「ええ。でも」
キャロは、首を振る。
「一人とは限りません。
“自分は疑われていないか”と、全員に考えさせることが目的です」
***
午後。
キャロは、珍しく監獄内を一人で歩いていた。
廊下、作業場、厨房、倉庫――
人々は、いつも通り働いている。
だが、視線が合うと、ほんの一瞬だけ、ためらいが生まれる。
(……効いていますわね)
そのとき、若い囚人が、意を決したように声をかけてきた。
「……姫様」
「どうなさいました?」
「俺たちの中に……裏切り者がいるって、噂が……」
キャロは、足を止めた。
「噂、ですか」
「はい。誰が怪しいとか、そんな話まで……」
キャロは、しばらく考えてから、穏やかに言った。
「では、聞きますわ」
囚人は、息を呑む。
「あなたは、ここを壊したいですか?」
「……いいえ!」
即答だった。
「なら、それで十分です」
キャロは、微笑んだ。
「壊したい人間だけを、疑いなさい。
疑い続けると、居場所は冷えてしまいますわ」
囚人は、深く頭を下げた。
***
夕刻。
キャロは、集会室に人々を集めた。
看守も、職員も、囚人も、全員だ。
「小さな混乱が起きています」
ざわめきが走る。
「ですが、原因ははっきりしています」
キャロは、静かに告げる。
「外から、疑いを持ち込まれているのです」
場が静まる。
「ここを守るために、必要なことは一つだけ」
彼女は、はっきりと言った。
「確認し合うこと。
命令ではなく、意思を」
***
夜。
暖炉の前。
キャロは、ようやく紅茶を口にした。
「……静かすぎる日は」
ぽつりと呟く。
「いちばん、疑うべきですわね」
ヴァルトは、深く頷いた。
「ですが、今日で一つ、はっきりしました」
「何が、です?」
「王都のやり方は、もう通じないということです」
キャロは、炎を見つめながら微笑んだ。
「疑いで壊れる場所なら、ここまで来られませんわ」
外の世界は、相変わらず冷たい。
だが、ここには――
静けさに惑わされない、
確かなぬくもりが、根を張っていた。
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