11 / 30
第11話 料理はプロに任せましょう
しおりを挟む
第11話 料理はプロに任せましょう
籠の中で、魚が静かに尾を打った。
川から戻る途中、アルフェッタはその様子をちらりと見下ろし、少しだけ考えた。
(……自分で焼く、という選択肢もありますわね)
焚き火台は庭にある。
昨日も使った。
道具は揃っているし、焼くだけなら難しくない。
けれど――
(今日は、そこまで頑張る日ではありませんわ)
そう結論づけた瞬間、肩の力が抜けた。
楽しむために始めた釣りで、
その延長で疲れる必要はない。
アルフェッタは屋敷へ戻ると、料理長を呼んだ。
「川で釣れましたの」
籠を差し出すと、料理長は中を覗き、目を細めた。
「良い型でございますね。数も、ちょうどよろしい」
「ですから」
アルフェッタは、さらりと言った。
「調理を、お願いしますわ」
料理長は一瞬だけ間を置き、すぐに頷いた。
「屋外で、でよろしいでしょうか」
その問いに、アルフェッタは少し驚いた。
「……なぜ、分かりましたの?」
「昨日のお過ごし方を拝見しておりましたので」
そう言って、料理長は穏やかに笑う。
「外の空気を、楽しまれているご様子でしたから」
アルフェッタはくすりと笑った。
「ええ。
今日も、外で」
準備は手際よく進んだ。
料理長だけでなく、数人の料理人が庭へ出てくる。
持ち込まれるのは、最低限の調理器具と調味料。
だが、動きには一切の無駄がない。
焚き火台の火が調整され、
魚は素早く下処理され、
串が打たれていく。
アルフェッタは少し離れた場所に椅子を置き、その様子を眺めていた。
(……これですわ)
(私がやりたかったのは)
アウトドアだからといって、
自分で全部やる必要はない。
楽しむことと、作業することは、同義ではない。
(外にいる)
(それを楽しむ)
そのために、プロがいる。
魚が焼ける音がする。
脂が落ち、火が小さく跳ねる。
香りが、庭に広がる。
侍女の一人が、思わず声を漏らした。
「……外なのに……本当に、美味しそう……」
その言葉に、アルフェッタは首を横に振った。
「外なのに、ではありませんわ」
侍女は、はっとして口を閉じる。
アルフェッタは続けた。
「外だから、です」
一瞬の沈黙。
料理長が、火を見つめたまま静かに頷いた。
「……仰る通りでございます」
焼き上がった魚は、皿に盛られ、簡素だが美しい付け合わせが添えられる。
屋内で出されても遜色のない一皿。
だが、ここは庭だ。
アルフェッタは一口食べ、ゆっくりと息を吐いた。
「……ええ」
表情が、自然と緩む。
「外だから、完成する味ですわね」
風、温度、湿度、火の揺らぎ。
それらすべてが、料理の一部になっている。
食事は静かに進む。
誰も急がず、誰も感想を競わない。
ただ、美味しいものを、気持ちのいい場所で食べている。
(アウトドアクッキング、ですか?)
一瞬そう考えて、すぐに否定する。
(いいえ)
(これは、ただの“食事”ですわ)
外で食べている、というだけ。
料理が終わると、火は丁寧に始末され、道具は片付けられていく。
庭には、元の静けさが戻った。
料理長が一礼する。
「ご満足いただけましたでしょうか」
「ええ」
アルフェッタは、心から頷いた。
「とても」
そして、少しだけ微笑って付け加える。
「やはり、料理はプロに任せるのが一番ですわね」
料理長は、深く頭を下げた。
日が傾き始め、庭の影が長くなる。
アルフェッタは椅子に座ったまま、空を見上げた。
(釣るのは、楽しい)
(焼くのは、美味しい)
(でも、全部を自分でやる必要はありませんの)
それぞれを、それぞれが得意な人に任せる。
その方が、世界はうまく回る。
異世界転生生活十一日目。
アルフェッタは今日も、何かを成し遂げてはいない。
けれど確かに――
「楽しむことの分業」を、自然に選んでいた。
籠の中で、魚が静かに尾を打った。
川から戻る途中、アルフェッタはその様子をちらりと見下ろし、少しだけ考えた。
(……自分で焼く、という選択肢もありますわね)
焚き火台は庭にある。
昨日も使った。
道具は揃っているし、焼くだけなら難しくない。
けれど――
(今日は、そこまで頑張る日ではありませんわ)
そう結論づけた瞬間、肩の力が抜けた。
楽しむために始めた釣りで、
その延長で疲れる必要はない。
アルフェッタは屋敷へ戻ると、料理長を呼んだ。
「川で釣れましたの」
籠を差し出すと、料理長は中を覗き、目を細めた。
「良い型でございますね。数も、ちょうどよろしい」
「ですから」
アルフェッタは、さらりと言った。
「調理を、お願いしますわ」
料理長は一瞬だけ間を置き、すぐに頷いた。
「屋外で、でよろしいでしょうか」
その問いに、アルフェッタは少し驚いた。
「……なぜ、分かりましたの?」
「昨日のお過ごし方を拝見しておりましたので」
そう言って、料理長は穏やかに笑う。
「外の空気を、楽しまれているご様子でしたから」
アルフェッタはくすりと笑った。
「ええ。
今日も、外で」
準備は手際よく進んだ。
料理長だけでなく、数人の料理人が庭へ出てくる。
持ち込まれるのは、最低限の調理器具と調味料。
だが、動きには一切の無駄がない。
焚き火台の火が調整され、
魚は素早く下処理され、
串が打たれていく。
アルフェッタは少し離れた場所に椅子を置き、その様子を眺めていた。
(……これですわ)
(私がやりたかったのは)
アウトドアだからといって、
自分で全部やる必要はない。
楽しむことと、作業することは、同義ではない。
(外にいる)
(それを楽しむ)
そのために、プロがいる。
魚が焼ける音がする。
脂が落ち、火が小さく跳ねる。
香りが、庭に広がる。
侍女の一人が、思わず声を漏らした。
「……外なのに……本当に、美味しそう……」
その言葉に、アルフェッタは首を横に振った。
「外なのに、ではありませんわ」
侍女は、はっとして口を閉じる。
アルフェッタは続けた。
「外だから、です」
一瞬の沈黙。
料理長が、火を見つめたまま静かに頷いた。
「……仰る通りでございます」
焼き上がった魚は、皿に盛られ、簡素だが美しい付け合わせが添えられる。
屋内で出されても遜色のない一皿。
だが、ここは庭だ。
アルフェッタは一口食べ、ゆっくりと息を吐いた。
「……ええ」
表情が、自然と緩む。
「外だから、完成する味ですわね」
風、温度、湿度、火の揺らぎ。
それらすべてが、料理の一部になっている。
食事は静かに進む。
誰も急がず、誰も感想を競わない。
ただ、美味しいものを、気持ちのいい場所で食べている。
(アウトドアクッキング、ですか?)
一瞬そう考えて、すぐに否定する。
(いいえ)
(これは、ただの“食事”ですわ)
外で食べている、というだけ。
料理が終わると、火は丁寧に始末され、道具は片付けられていく。
庭には、元の静けさが戻った。
料理長が一礼する。
「ご満足いただけましたでしょうか」
「ええ」
アルフェッタは、心から頷いた。
「とても」
そして、少しだけ微笑って付け加える。
「やはり、料理はプロに任せるのが一番ですわね」
料理長は、深く頭を下げた。
日が傾き始め、庭の影が長くなる。
アルフェッタは椅子に座ったまま、空を見上げた。
(釣るのは、楽しい)
(焼くのは、美味しい)
(でも、全部を自分でやる必要はありませんの)
それぞれを、それぞれが得意な人に任せる。
その方が、世界はうまく回る。
異世界転生生活十一日目。
アルフェッタは今日も、何かを成し遂げてはいない。
けれど確かに――
「楽しむことの分業」を、自然に選んでいた。
0
あなたにおすすめの小説
婚約破棄されるはずでしたが、王太子の目の前で皇帝に攫われました』
鷹 綾
恋愛
舞踏会で王太子から婚約破棄を告げられそうになった瞬間――
目の前に現れたのは、馬に乗った仮面の皇帝だった。
そのまま攫われた公爵令嬢ビアンキーナは、誘拐されたはずなのに超VIP待遇。
一方、助けようともしなかった王太子は「無能」と嘲笑され、静かに失墜していく。
選ばれる側から、選ぶ側へ。
これは、誰も断罪せず、すべてを終わらせた令嬢の物語。
--
何もしない公爵夫人ですが、なぜか屋敷がうまく回っています
鷹 綾
恋愛
辺境公爵カーネル・クリスの妻となったフィレ・バーナード。
けれど彼女は、屋敷を仕切ることも、改革を行うことも、声高に意見を述べることもしなかった。
指示を出さない。
判断を奪わない。
必要以上に関わらない。
「何もしない夫人」として、ただ静かにそこにいるだけ。
それなのに――
いつの間にか屋敷は落ち着き、
使用人たちは迷わなくなり、
人は出入りし、戻り、また進んでいくようになる。
誰かに依存しない。
誰かを支配しない。
それでも確かに“安心できる場所”は、彼女の周りに残っていた。
必要とされなくてもいい。
役に立たなくてもいい。
それでも、ここにいていい。
これは、
「何もしない」ことで壊れなかった関係と、
「奪わない」ことで続いていった日常を描く、
静かでやさしい結婚生活の物語。
モブ令嬢、当て馬の恋を応援する
みるくコーヒー
恋愛
侯爵令嬢であるレアルチアは、7歳のある日母に連れられたお茶会で前世の記憶を取り戻し、この世界が概要だけ見た少女マンガの世界であることに気づく。元々、当て馬キャラが大好きな彼女の野望はその瞬間から始まった。必ずや私が当て馬な彼の恋を応援し成就させてみせます!!!と、彼女が暴走する裏側で当て馬キャラのジゼルはレアルチアを囲っていく。ただしアプローチには微塵も気づかれない。噛み合わない2人のすれ違いな恋物語。
巻き込まれて婚約破棄になった私は静かに舞台を去ったはずが、隣国の王太子に溺愛されてしまった!
ユウ
恋愛
伯爵令嬢ジゼルはある騒動に巻き込まれとばっちりに合いそうな下級生を庇って大怪我を負ってしまう。
学園内での大事件となり、体に傷を負った事で婚約者にも捨てられ、学園にも居場所がなくなった事で悲しみに暮れる…。
「好都合だわ。これでお役御免だわ」
――…はずもなかった。
婚約者は他の女性にお熱で、死にかけた婚約者に一切の関心もなく、学園では派閥争いをしており正直どうでも良かった。
大切なのは兄と伯爵家だった。
何かも失ったジゼルだったが隣国の王太子殿下に何故か好意をもたれてしまい波紋を呼んでしまうのだった。
大根令嬢の雑学無双、王弟殿下を添えて。~ 前世を思い出したので、許婚をほったらかして人助けしまくります!!
古森真朝
恋愛
気弱な伯爵令嬢のカレンは、自分勝手な婚約者レナートに振り回されていた。耐え続けていたある日、舞踏会で何者かに突き飛ばされ、階段から落ちてしまう。
その傷が元で儚く……なるかと思いきや。衝撃で前世を思い出したカレンは一転、かの『ド根性大根』みたいな超・ポジティブ人間になっていた。
『モラハラ婚約者の思惑なんぞ知るか!! 今度こそ好きなことやって、目いっぱい幸せに長生きするんだから!!!』
昔ひたすら読書に耽って身に着けた『雑学』を武器に、うっかり採れ過ぎた作物や、開墾しようとすると不幸に見舞われる土地、不治の病にかかった王族、等々の問題をどんどん解決。
領地の内外で心強い友人が出来たり、いつの間にかものすごく有名になっていたり、何かと協力してくれる王弟ヴィクトルから好意を寄せられたり(注:気付いてない)する中、温かい家族と共に仕事に励んでいく。
一方、前世から因縁のある人々もまた、こちらに転生していて――
転生令嬢はやんちゃする
ナギ
恋愛
【完結しました!】
猫を助けてぐしゃっといって。
そして私はどこぞのファンタジー世界の令嬢でした。
木登り落下事件から蘇えった前世の記憶。
でも私は私、まいぺぇす。
2017年5月18日 完結しました。
わぁいながい!
お付き合いいただきありがとうございました!
でもまだちょっとばかり、与太話でおまけを書くと思います。
いえ、やっぱりちょっとじゃないかもしれない。
【感謝】
感想ありがとうございます!
楽しんでいただけてたんだなぁとほっこり。
完結後に頂いた感想は、全部ネタバリ有りにさせていただいてます。
与太話、中身なくて、楽しい。
最近息子ちゃんをいじってます。
息子ちゃん編は、まとめてちゃんと書くことにしました。
が、大まかな、美味しいとこどりの流れはこちらにひとまず。
ひとくぎりがつくまでは。
【完結】廃墟送りの悪役令嬢、大陸一の都市を爆誕させる~冷酷伯爵の溺愛も限界突破しています~
遠野エン
恋愛
王太子から理不尽な婚約破棄を突きつけられた伯爵令嬢ルティア。聖女であるライバルの策略で「悪女」の烙印を押され、すべてを奪われた彼女が追放された先は荒れ果てた「廃墟の街」。人生のどん底――かと思いきや、ルティアは不敵に微笑んだ。
「問題が山積み? つまり、改善の余地(チャンス)しかありませんわ!」
彼女には前世で凄腕【経営コンサルタント】だった知識が眠っていた。
瓦礫を資材に変えてインフラ整備、ゴロツキたちを警備隊として雇用、嫌われ者のキノコや雑草(?)を名物料理「キノコスープ」や「うどん」に変えて大ヒット!
彼女の手腕によって、死んだ街は瞬く間に大陸随一の活気あふれる自由交易都市へと変貌を遂げる!
その姿に、当初彼女を蔑んでいた冷酷伯爵シオンの心も次第に溶かされていき…。
一方、ルティアを追放した王国は経済が破綻し、崩壊寸前。焦った元婚約者の王太子がやってくるが、幸せな市民と最愛の伯爵に守られた彼女にもう死角なんてない――――。
知恵と才覚で運命を切り拓く、痛快逆転サクセス&シンデレラストーリー、ここに開幕!
ヒロインしか愛さないはずの公爵様が、なぜか悪女の私を手放さない
魚谷
恋愛
伯爵令嬢イザベラは多くの男性と浮名を流す悪女。
そんな彼女に公爵家当主のジークベルトとの縁談が持ち上がった。
ジークベルトと対面した瞬間、前世の記憶がよみがえり、この世界が乙女ゲームであることを自覚する。
イザベラは、主要攻略キャラのジークベルトの裏の顔を知ってしまったがために、冒頭で殺されてしまうモブキャラ。
ゲーム知識を頼りに、どうにか冒頭死を回避したイザベラは最弱魔法と言われる付与魔法と前世の知識を頼りに便利グッズを発明し、離婚にそなえて資金を確保する。
いよいよジークベルトが、乙女ゲームのヒロインと出会う。
離婚を切り出されることを待っていたイザベラだったが、ジークベルトは平然としていて。
「どうして俺がお前以外の女を愛さなければならないんだ?」
予想外の溺愛が始まってしまう!
(世界の平和のためにも)ヒロインに惚れてください、公爵様!!
ユーザ登録のメリット
- 毎日¥0対象作品が毎日1話無料!
- お気に入り登録で最新話を見逃さない!
- しおり機能で小説の続きが読みやすい!
1~3分で完了!
無料でユーザ登録する
すでにユーザの方はログイン
閉じる