婚約破棄された千年転生令嬢は、名も居場所も縛られずに生きると決めました ――助けを乞うなら条件付きですわあ

ふわふわ

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第22話 呼び戻す声は、遅れて届くものですわ

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第22話 呼び戻す声は、遅れて届くものですわ

 夜明け前。
 焚き火の名残を丁寧に踏み消し、私は静かに立ち上がった。
 空はまだ群青色で、星の輪郭がうっすらと残っている。

(……良い朝ですわ)

 荷は軽い。
 持っているのは外套と手帳、それに最低限の旅道具だけ。
 名も目的地も、肩書きもない。
 けれど、不安はなかった。

 山道を下り、小川に沿って歩く。
 水音は一定で、濁りがない。
 人の判断が入らない自然の流れは、いつ見ても正直だ。

(人も、こうであればいいのに)

 判断を預け、責任を押し付け、
 都合のいい結果だけを欲しがる。
 それを、私は千年分、見てきた。

 昼前、街道に出る。
 そこは、明らかに慌ただしかった。

 馬の蹄の音。
 砂埃を巻き上げて走る伝令。
 行き交う旅人たちの声も、どこか落ち着かない。

 街道沿いの休憩所に立ち寄ると、自然と噂が耳に入った。

「聞いたか?」
「隣国が、正式な使節を立てるらしい」

「例の“奇跡の治療師”を呼び戻すんだとさ」

 私は、無言で水を口に含む。

(……やはり、来ましたか)

 遅い。
 あまりにも、遅すぎる。

 あの国が壊れ始めたのは、
 私が追放されたその瞬間からではない。
 もっと前からだ。

 判断を聖女に丸投げし、
 聖女は称号に酔い、
 王太子は責任を負う覚悟を持たなかった。

 結果、国は――
 “誰も決めない国”になった。

「条件は、かなり良いらしいぞ」
「爵位の回復、財産の返還……」
「なんなら、地位も――」

 私は、ゆっくりと息を吐いた。

(条件、ですか)

 彼らはまだ、理解していない。
 人を動かすのは、条件ではない。
 姿勢だ。

「でもさ……」
 別の男が、声を潜める。
「今の聖女様、リリカ様じゃ……」

 その名が出た瞬間、場の空気が変わった。
 誰も、続きを言わない。

(……現場は、分かっていますのね)

 リリカは、無能ではない。
 だが、“背負えない”。

 人の命を救うには、
 能力以上に、判断と責任が要る。

 彼女には、それがない。
 そして――王太子は、それを教えなかった。

 午後、街道沿いの小さな宿に入る。
 帳場の主人が、ちらりとこちらを見た。

「旅の方ですか?」

「ええ」

 それ以上、聞かれない。
 それが、ありがたい。

 部屋に入り、窓を開ける。
 遠くで、再び蹄の音が響く。
 伝令だろう。
 きっと、王都へ向かっている。

(正式な要請文……でしょうね)

 頭を下げ、言葉を選び、
 “戻ってきてほしい”と書くだろう。

 だが――
 それが、誰の声なのか。

 王族か。
 貴族か。
 それとも、本当に国民か。

 夜。
 灯りを落とし、椅子に腰を下ろす。

 もし――
 「助けてほしい」と、
 国民の名で、国民の言葉として届いたなら。

 私は、考えるだろう。
 無償ではない条件を提示した上で。
 国のためではなく、人のために。

 けれど。

 王家の体面を守るための呼び戻しなら、
 答えは、最初から決まっている。

(……お断り、ですわね)

 窓の外、月が雲に隠れる。
 私は、静かに目を閉じた。

 この物語は、
 もう「追放された令嬢が戻る話」ではない。

 呼び戻す側が、変われるかどうかを試される話だ。

 そして――
 試されているのは、
 今もなお、判断を放棄し続ける、あの国自身。

 呼び戻す声は、遅れて届く。
 だが、遅れて届いた声に、
 必ず応える義務など、どこにもない。

 それを決めるのは、
 王でも、聖女でもない。

 ――私自身だ。

 私は外套を整え、
 静かな夜の中で、次の朝を待った。
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