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28話 浮遊床、わずかに増量
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28話 浮遊床、わずかに増量
浮遊床の違和感は、ほんの僅かな差異から始まった。
それは数値にして三%。
だが図書館において三%は誤差ではない。
朝の移動時、リテは最初にそれを感じた。
新基準層から医術区画へ向かう直行経路。
浮遊床に乗った瞬間、足裏に伝わる感触が違った。
沈み込みが、ほんのわずかに深い。
反発が、ほんのわずかに強い。
「……重くないですか?」
レリアンは何も言わず、床面の刻印を見下ろした。
魔導刻印の光量が、微妙に増している。
浮遊床は二人の質量を感知し、補正をかける仕組みだ。
だが今は、補正幅が増えている。
「負荷調整値、上昇」
「え?」
「基準質量、更新」
リテは眉をひそめる。
「私、そんなに食べてませんよ?」
否定は即答だった。
「体重増加は検出されておりません」
「じゃあ何でですか」
浮遊床が静かに上昇する。
以前と同じ三十秒。
速度は一定。
だが加速と減速の曲線が滑らかになっている。
衝撃がさらに小さい。
上層。
管理水晶が即時反応していた。
《浮遊基盤:質量補正+三%》
副館長が数値を見て首をかしげる。
「補正が増えている」
館長代理が記録を参照する。
「常駐登録後だな」
削除操作を試みる。
反応なし。
手動調整不可。
値は固定。
「……図書館側の判断か」
副館長が呟く。
「常駐基準に合わせたのだろう」
新基準層へ戻る浮遊床の上で、リテはしゃがみ込む。
床を指で叩く。
微振動。
安定。
「……もしかして」
「何ですの」
「私たち、重り扱いされてません?」
レリアンは一瞬だけ考え、否定しなかった。
「安定錘と表現するのが適切です」
「それ、ほぼ同じですよね?」
だが不快ではない。
浮遊床の揺れは明らかに減った。
以前は上層の移動による波が微かに伝わっていた。
今は完全に分断されている。
二人が乗っている状態が、最も安定している。
空の状態より、揺れが少ない。
つまり浮遊基盤は、常駐司書を“基準荷重”として再計算している。
リテは立ち上がり、その場で軽く跳ねた。
沈み、戻る。
「……ほら、やっぱり深い」
レリアンも軽く体重を移動させる。
「減衰率向上」
「専門用語で誤魔化さないでください」
だが、その結果は明白だった。
医術区画での書架振動が減少。
最上層の閲覧席の揺れも低下。
迷子の発生がさらに減る。
階段利用との併用で、浮遊床の待機時間も最適化。
図書館は明らかに“二人前提”に調整されている。
館長代理が静かに呟く。
「……図書館が人員に適応するとは」
副館長が肩をすくめる。
「百年前の拡張時にも似た事例はあったそうですが」
「資料は?」
「禁帯出です」
二人は同時に地下を思い浮かべた。
新基準層。
禁帯出蔵書の山の前。
レリアンはページをめくる。
インクを確認。
紙繊維を観察。
変化なし。
だが床の振動は以前よりも落ち着いている。
「……三%って、結構ですよ?」
リテが言う。
「誤差ではありません」
「ですよね」
リテはそのまま床に寝転がる。
浮遊刻印が微調整する。
沈み込みが最適位置で止まる。
「なんか、受け止められてる感じします」
「安定しております」
「それ、褒め言葉です?」
「事実です」
浮遊床は拒絶していない。
負荷を嫌っていない。
むしろ、適応している。
常駐司書二名。
登録済み。
質量補正済み。
浮遊基盤は二人を“揺れ止め”として認識した。
図書館は大規模拡張の後も不安定だった。
新基準層生成直後は、微細な揺れが残っていた。
だが三%補正以降、それは消えた。
安定率がわずかに上昇。
《総合安定率:+〇・二》
副館長が目を丸くする。
「たった三%で?」
館長代理が苦笑する。
「たった、ではない」
地下。
リテは静かに言う。
「……嫌じゃないです」
「何がですの」
「基準にされるの」
レリアンはページをめくる。
「業務です」
「ですよね」
灯りが一定に落ちる。
浮遊床が待機状態へ。
質量補正は固定値となった。
可変式魔導図書館。
常駐司書二名。
浮遊基盤、再定義完了。
三%の増量。
それは負担ではなく、
受容だった。
浮遊床の違和感は、ほんの僅かな差異から始まった。
それは数値にして三%。
だが図書館において三%は誤差ではない。
朝の移動時、リテは最初にそれを感じた。
新基準層から医術区画へ向かう直行経路。
浮遊床に乗った瞬間、足裏に伝わる感触が違った。
沈み込みが、ほんのわずかに深い。
反発が、ほんのわずかに強い。
「……重くないですか?」
レリアンは何も言わず、床面の刻印を見下ろした。
魔導刻印の光量が、微妙に増している。
浮遊床は二人の質量を感知し、補正をかける仕組みだ。
だが今は、補正幅が増えている。
「負荷調整値、上昇」
「え?」
「基準質量、更新」
リテは眉をひそめる。
「私、そんなに食べてませんよ?」
否定は即答だった。
「体重増加は検出されておりません」
「じゃあ何でですか」
浮遊床が静かに上昇する。
以前と同じ三十秒。
速度は一定。
だが加速と減速の曲線が滑らかになっている。
衝撃がさらに小さい。
上層。
管理水晶が即時反応していた。
《浮遊基盤:質量補正+三%》
副館長が数値を見て首をかしげる。
「補正が増えている」
館長代理が記録を参照する。
「常駐登録後だな」
削除操作を試みる。
反応なし。
手動調整不可。
値は固定。
「……図書館側の判断か」
副館長が呟く。
「常駐基準に合わせたのだろう」
新基準層へ戻る浮遊床の上で、リテはしゃがみ込む。
床を指で叩く。
微振動。
安定。
「……もしかして」
「何ですの」
「私たち、重り扱いされてません?」
レリアンは一瞬だけ考え、否定しなかった。
「安定錘と表現するのが適切です」
「それ、ほぼ同じですよね?」
だが不快ではない。
浮遊床の揺れは明らかに減った。
以前は上層の移動による波が微かに伝わっていた。
今は完全に分断されている。
二人が乗っている状態が、最も安定している。
空の状態より、揺れが少ない。
つまり浮遊基盤は、常駐司書を“基準荷重”として再計算している。
リテは立ち上がり、その場で軽く跳ねた。
沈み、戻る。
「……ほら、やっぱり深い」
レリアンも軽く体重を移動させる。
「減衰率向上」
「専門用語で誤魔化さないでください」
だが、その結果は明白だった。
医術区画での書架振動が減少。
最上層の閲覧席の揺れも低下。
迷子の発生がさらに減る。
階段利用との併用で、浮遊床の待機時間も最適化。
図書館は明らかに“二人前提”に調整されている。
館長代理が静かに呟く。
「……図書館が人員に適応するとは」
副館長が肩をすくめる。
「百年前の拡張時にも似た事例はあったそうですが」
「資料は?」
「禁帯出です」
二人は同時に地下を思い浮かべた。
新基準層。
禁帯出蔵書の山の前。
レリアンはページをめくる。
インクを確認。
紙繊維を観察。
変化なし。
だが床の振動は以前よりも落ち着いている。
「……三%って、結構ですよ?」
リテが言う。
「誤差ではありません」
「ですよね」
リテはそのまま床に寝転がる。
浮遊刻印が微調整する。
沈み込みが最適位置で止まる。
「なんか、受け止められてる感じします」
「安定しております」
「それ、褒め言葉です?」
「事実です」
浮遊床は拒絶していない。
負荷を嫌っていない。
むしろ、適応している。
常駐司書二名。
登録済み。
質量補正済み。
浮遊基盤は二人を“揺れ止め”として認識した。
図書館は大規模拡張の後も不安定だった。
新基準層生成直後は、微細な揺れが残っていた。
だが三%補正以降、それは消えた。
安定率がわずかに上昇。
《総合安定率:+〇・二》
副館長が目を丸くする。
「たった三%で?」
館長代理が苦笑する。
「たった、ではない」
地下。
リテは静かに言う。
「……嫌じゃないです」
「何がですの」
「基準にされるの」
レリアンはページをめくる。
「業務です」
「ですよね」
灯りが一定に落ちる。
浮遊床が待機状態へ。
質量補正は固定値となった。
可変式魔導図書館。
常駐司書二名。
浮遊基盤、再定義完了。
三%の増量。
それは負担ではなく、
受容だった。
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