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30話 安定率、過去最高
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30話 安定率、過去最高
その朝、管理水晶はいつもより長く光った。
わずか数秒。
だが監視席に座る副館長は、それに気づいた。
水晶の中心に表示される総合数値が、ゆっくりと更新される。
《総合安定率:九八・七 → 九八・九》
「……上がった」
副館長が息を呑む。
館長代理が立ち上がり、記録台帳をめくる。
百年前の大拡張直後の記録。
九八・六。
それを超えた。
「過去最高だ」
誰も歓声を上げない。
図書館で声を荒げる者はいない。
だが空気は明らかに変わった。
迷子ゼロは既に継続記録を更新中。
蔵書損耗率は最小。
浮遊基盤の補正値は安定。
階段利用との分散が機能し、待機時間はほぼ消滅。
禁帯出蔵書の管理誤差もゼロ。
「何を変えた」
館長代理が呟く。
副館長が首を横に振る。
「命令は出していません」
報告書を追う。
質量補正三%。
二階層階段採用。
常駐登録。
だが決定的な施策はない。
強い改革もない。
大規模な魔導更新もない。
ただ――
地下常駐司書二名。
それだけ。
「……人か」
館長代理が小さく言う。
副館長が頷く。
「人です」
だがその二人は、英雄ではない。
魔導の天才でもない。
王命で派遣されたわけでもない。
ただ、一文字ずつ確認している。
地下。
新基準層。
レリアンはページをめくる。
指先で紙を撫でる。
インクの濃淡を確認。
リテは別の蔵書を検査する。
「繊維、劣化なし」
「良好です」
短い言葉。
沈黙。
魔導核の鼓動は一定。
浮遊床は待機。
階段は静寂。
揺れがない。
以前は最下層でも微細な振動が残っていた。
今は完全に消えている。
リテが顔を上げる。
「……なんか静かすぎません?」
「正常です」
「でも、前より静かです」
レリアンは耳を澄ませる。
確かに、上層の移動振動が届かない。
魔導核の鼓動は均一。
空気の流れも滑らか。
「安定値上昇」
「え?」
「体感と一致します」
リテは小さく笑う。
「数値で言われると納得しますね」
その瞬間、管理水晶がさらに微光する。
《総合安定率:九八・九 → 九九・〇》
上層。
副館長が思わず声を漏らす。
「……九十九」
館長代理は深く息を吐く。
「百年前の理論上限が九八・八だったはずだ」
「更新されています」
図書館は百年前よりも複雑だ。
階層も増え、蔵書も増え、利用者も増えている。
本来なら安定率は下がる。
だが逆だ。
常駐司書基準で再計算された構造。
分散経路の採用。
質量補正による振動吸収。
そして――
地下での徹底確認。
レリアンの一文字確認は単なる作業ではない。
印刷状態の確認は、魔導核への微細フィードバックになる。
禁帯出蔵書は古い。
古い魔導刻印は、最下層と連動している。
紙の劣化検査は、構造安定確認に近い。
誰も設計していない。
だが結果として、構造は強化された。
館長代理が報告書に記す。
《現場判断、適切》
《追加施策不要》
地下。
リテが毛布を整えながら言う。
「私たち、何か特別なことしました?」
レリアンは首を横に振る。
「業務です」
「それだけ?」
「それだけです」
ページをめくる音が続く。
浮遊床は静止。
階段は無音。
魔導核は安定。
安定率九十九。
過去最高。
だが地下では歓声も祝福もない。
一文字。
また一文字。
確認。
修正。
継続。
可変式魔導図書館。
百年ぶりの大拡張後。
理論上限を超えた安定率。
常駐司書二名。
最適化、ほぼ完了。
図書館は、静かに完成へ近づいていた。
その朝、管理水晶はいつもより長く光った。
わずか数秒。
だが監視席に座る副館長は、それに気づいた。
水晶の中心に表示される総合数値が、ゆっくりと更新される。
《総合安定率:九八・七 → 九八・九》
「……上がった」
副館長が息を呑む。
館長代理が立ち上がり、記録台帳をめくる。
百年前の大拡張直後の記録。
九八・六。
それを超えた。
「過去最高だ」
誰も歓声を上げない。
図書館で声を荒げる者はいない。
だが空気は明らかに変わった。
迷子ゼロは既に継続記録を更新中。
蔵書損耗率は最小。
浮遊基盤の補正値は安定。
階段利用との分散が機能し、待機時間はほぼ消滅。
禁帯出蔵書の管理誤差もゼロ。
「何を変えた」
館長代理が呟く。
副館長が首を横に振る。
「命令は出していません」
報告書を追う。
質量補正三%。
二階層階段採用。
常駐登録。
だが決定的な施策はない。
強い改革もない。
大規模な魔導更新もない。
ただ――
地下常駐司書二名。
それだけ。
「……人か」
館長代理が小さく言う。
副館長が頷く。
「人です」
だがその二人は、英雄ではない。
魔導の天才でもない。
王命で派遣されたわけでもない。
ただ、一文字ずつ確認している。
地下。
新基準層。
レリアンはページをめくる。
指先で紙を撫でる。
インクの濃淡を確認。
リテは別の蔵書を検査する。
「繊維、劣化なし」
「良好です」
短い言葉。
沈黙。
魔導核の鼓動は一定。
浮遊床は待機。
階段は静寂。
揺れがない。
以前は最下層でも微細な振動が残っていた。
今は完全に消えている。
リテが顔を上げる。
「……なんか静かすぎません?」
「正常です」
「でも、前より静かです」
レリアンは耳を澄ませる。
確かに、上層の移動振動が届かない。
魔導核の鼓動は均一。
空気の流れも滑らか。
「安定値上昇」
「え?」
「体感と一致します」
リテは小さく笑う。
「数値で言われると納得しますね」
その瞬間、管理水晶がさらに微光する。
《総合安定率:九八・九 → 九九・〇》
上層。
副館長が思わず声を漏らす。
「……九十九」
館長代理は深く息を吐く。
「百年前の理論上限が九八・八だったはずだ」
「更新されています」
図書館は百年前よりも複雑だ。
階層も増え、蔵書も増え、利用者も増えている。
本来なら安定率は下がる。
だが逆だ。
常駐司書基準で再計算された構造。
分散経路の採用。
質量補正による振動吸収。
そして――
地下での徹底確認。
レリアンの一文字確認は単なる作業ではない。
印刷状態の確認は、魔導核への微細フィードバックになる。
禁帯出蔵書は古い。
古い魔導刻印は、最下層と連動している。
紙の劣化検査は、構造安定確認に近い。
誰も設計していない。
だが結果として、構造は強化された。
館長代理が報告書に記す。
《現場判断、適切》
《追加施策不要》
地下。
リテが毛布を整えながら言う。
「私たち、何か特別なことしました?」
レリアンは首を横に振る。
「業務です」
「それだけ?」
「それだけです」
ページをめくる音が続く。
浮遊床は静止。
階段は無音。
魔導核は安定。
安定率九十九。
過去最高。
だが地下では歓声も祝福もない。
一文字。
また一文字。
確認。
修正。
継続。
可変式魔導図書館。
百年ぶりの大拡張後。
理論上限を超えた安定率。
常駐司書二名。
最適化、ほぼ完了。
図書館は、静かに完成へ近づいていた。
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