『婚約破棄された令嬢は、静かに王国から不要な者を消していく』

ふわふわ

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第二十三話 善意という名の孤立

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第二十三話 善意という名の孤立

 善意ほど、
 扱いに困るものはない。

 アーヴィンのもとに、
 久しぶりに“人”が訪ねてきたのは、
 会議から三日後のことだった。

「最近、お顔をお見かけしませんでしたので」

 そう言って現れたのは、
 かつて同じ派閥に属していた男爵だった。

 柔らかな笑み。
 低すぎない声。

 気遣っているように見える。
 実際、悪意はないのだろう。

「忙しくてね」

 アーヴィンは、
 それ以上の説明をしなかった。

 男爵は頷き、
 部屋を見回す。

「それにしても……静かですね」

 それは感想ではなく、
 確認だった。

 アーヴィンの執務室は、
 以前なら人の出入りが絶えなかった。

 報告、相談、根回し。
 常に誰かがいた。

 今は違う。

 書類と、
 沈黙だけがある。

「皆、忙しいのでしょう」

 アーヴィンは、
 そう答えた。

 男爵は一瞬、
 言葉を探すように視線を彷徨わせた。

「……クラリス様は、
 随分と信任を得ておられるようで」

 その名が出た瞬間、
 空気が少しだけ変わる。

 男爵は慌てて、
 付け加えた。

「いえ、悪い意味ではなく……
 あの方が中心に立つのは、
 当然と申しますか」

 “当然”。

 その言葉が、
 今の立場を端的に表していた。

 アーヴィンは、
 笑った。

 否定も、反論も、
 しなかった。

 それが、
 最も無難な反応だからだ。

「今日は、これを」

 男爵は封書を差し出す。

 中身は、
 共同名義の提案だった。

 小さな案件。
 だが、
 “名前を借りたい”という意図は、
 はっきりしている。

「あなたの名があれば、
 通りがよくなると……」

 言いかけて、
 男爵は口をつぐんだ。

 しまった、という顔。

 アーヴィンは、
 封書を受け取りながら、
 静かに言った。

「今は、私の名は
 便利ではないはずです」

 男爵は、
 否定しなかった。

 それが答えだ。

 善意で訪ねてきて、
 善意で頼み、
 そして善意のまま、
 距離を測っている。

 この男もまた、
 流れを読む側なのだ。

「検討します」

 そう言うと、
 男爵は安堵したように頭を下げ、
 早々に引き上げていった。

 扉が閉まる。

 再び、
 静寂。

 アーヴィンは、
 封書を机に置いたまま、
 開かなかった。

 今、彼がどの位置にいるか。
 それは、
 こうした“善意”によって
 より明確になる。

 利用はされる。
 だが、中心には戻されない。

 必要とされるのは、
 影にいるときだけ。

 一方で。

 同じ時刻。

 別の執務室では、
 クラリスが同じ案件の
 正式な決裁を終えていた。

 名前は、
 彼女のものだけ。

 簡潔な署名。

 迷いはない。

「次は?」

 そう問われ、
 補佐官が即座に答える。

「次は港湾管理の再編です」

「資料を」

 彼女は、
 短く頷いた。

 人が集まる。
 声が交わされる。

 判断の中心に、
 自然と彼女がいる。

 誰も、
 “前は誰だったか”など、
 口にしない。

 それが、
 最も残酷なざまあだった。

 過去を否定されるのではない。

 忘れられるのだ。

 アーヴィンは、
 机に残された封書を、
 ようやく開いた。

 中身を読み、
 ゆっくりと息を吐く。

 断る理由は、
 いくらでもある。

 だが彼は、
 それを受けると決めた。

 小さな案件でもいい。
 名前が端にあってもいい。

 評価は、
 声ではなく、
 積み重ねでしか覆らない。

 孤立は、
 罰ではない。

 選別の結果だ。

 その意味を、
 彼はもう、
 理解していた。

 だからこそ、
 今日も黙って、
 仕事をする。

 それが、
 再び名を呼ばれるための、
 唯一の道だと知りながら。
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