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第三十五話 席に座る者
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第三十五話 席に座る者
説明の場とは、裁きの場ではない。
だが、裁きよりも逃げ場がない。
呼び出しの日時が確定したという知らせは、王宮の中を一周するまでに、ほとんど時間を要さなかった。名前は伏せられている。それでも、誰が呼ばれるのかを知らない者はいない。沈黙が、すでに答えになっていた。
当日。
指定された部屋は、派手さのない応接室だった。玉座もなければ、観衆もいない。ただ、机と椅子が整然と並び、記録係の席が一つ用意されている。ここで行われるのは公開の断罪ではなく、公式な説明の確認だ。
アーヴィンは、後方の席に控えていた。
発言の予定はない。呼ばれることもない。だが、この場に立ち会うこと自体が、彼のこれまでの仕事が「正しい位置」に届いた証でもあった。
扉が開き、対象者が入室する。
足取りは乱れていない。表情も整っている。ここに至るまで、覚悟を決めてきたのだろう。
席に座る。
それだけで、立場は固定される。
クラリスは、対面の席についた。挨拶は簡潔で、すぐに本題に入る。確認事項は、事前に通知された通りだ。過去の判断、承認の経緯、例外処理の理由。順序は、すでに組み立てられている。
最初の数問は、滞りなく進んだ。
対象者は、準備してきた説明を落ち着いて述べる。表現も丁寧で、言葉を選んでいる。ここまでは想定内だった。
だが、やがて照合資料が示される。
先に確認された説明と、文書上の記録。その差異が、淡々と指摘される。
「この判断については、先ほど現場判断とお答えになりました。しかし、こちらの記録では、最終承認者として署名が残っています」
クラリスの声は、平坦だった。
責める調子はない。だが、訂正を許す余地もない。
対象者は、一瞬だけ言葉を止めた。
そして、説明を修正する。
――補足的に確認しただけだ。
――形式的な署名だった。
言い訳としては、よくあるものだ。
だが、その修正は、次の資料で否定される。
同様の署名が、別の案件にも残っている。同じ形式、同じ時期、同じ判断内容。偶然では済まされない数だ。
アーヴィンは、黙ってその流れを見ていた。
問いの順序が、ここでも生きている。先に安全な説明をさせ、後から逃げ道を塞ぐ。相手は、自分の言葉で自分を追い込むことになる。
やがて、対象者は気づく。
ここでは、どんな説明をしても「覆せない」という事実に。
説明は次第に短くなり、言葉の間が増える。沈黙が、少しずつ席の周囲に溜まっていく。
最後に、クラリスが告げた。
「本日の説明内容は、すべて記録されます。今後の処理は、これを基に判断されます」
それは宣告ではない。
だが、結論を先延ばしにしただけでもない。
対象者は、深く頭を下げて席を立った。
背中は、来た時よりも重く見える。
アーヴィンは、その姿を見送りながら思った。
ざまあとは、相手を罵倒することではない。
席に座らせ、自分の言葉で立場を確定させることだ。
この場で行われたのは、まだ処分ではない。
だが、結果はもう動かない。
次に動くのは、感情ではなく、制度そのものだ。
説明の場とは、裁きの場ではない。
だが、裁きよりも逃げ場がない。
呼び出しの日時が確定したという知らせは、王宮の中を一周するまでに、ほとんど時間を要さなかった。名前は伏せられている。それでも、誰が呼ばれるのかを知らない者はいない。沈黙が、すでに答えになっていた。
当日。
指定された部屋は、派手さのない応接室だった。玉座もなければ、観衆もいない。ただ、机と椅子が整然と並び、記録係の席が一つ用意されている。ここで行われるのは公開の断罪ではなく、公式な説明の確認だ。
アーヴィンは、後方の席に控えていた。
発言の予定はない。呼ばれることもない。だが、この場に立ち会うこと自体が、彼のこれまでの仕事が「正しい位置」に届いた証でもあった。
扉が開き、対象者が入室する。
足取りは乱れていない。表情も整っている。ここに至るまで、覚悟を決めてきたのだろう。
席に座る。
それだけで、立場は固定される。
クラリスは、対面の席についた。挨拶は簡潔で、すぐに本題に入る。確認事項は、事前に通知された通りだ。過去の判断、承認の経緯、例外処理の理由。順序は、すでに組み立てられている。
最初の数問は、滞りなく進んだ。
対象者は、準備してきた説明を落ち着いて述べる。表現も丁寧で、言葉を選んでいる。ここまでは想定内だった。
だが、やがて照合資料が示される。
先に確認された説明と、文書上の記録。その差異が、淡々と指摘される。
「この判断については、先ほど現場判断とお答えになりました。しかし、こちらの記録では、最終承認者として署名が残っています」
クラリスの声は、平坦だった。
責める調子はない。だが、訂正を許す余地もない。
対象者は、一瞬だけ言葉を止めた。
そして、説明を修正する。
――補足的に確認しただけだ。
――形式的な署名だった。
言い訳としては、よくあるものだ。
だが、その修正は、次の資料で否定される。
同様の署名が、別の案件にも残っている。同じ形式、同じ時期、同じ判断内容。偶然では済まされない数だ。
アーヴィンは、黙ってその流れを見ていた。
問いの順序が、ここでも生きている。先に安全な説明をさせ、後から逃げ道を塞ぐ。相手は、自分の言葉で自分を追い込むことになる。
やがて、対象者は気づく。
ここでは、どんな説明をしても「覆せない」という事実に。
説明は次第に短くなり、言葉の間が増える。沈黙が、少しずつ席の周囲に溜まっていく。
最後に、クラリスが告げた。
「本日の説明内容は、すべて記録されます。今後の処理は、これを基に判断されます」
それは宣告ではない。
だが、結論を先延ばしにしただけでもない。
対象者は、深く頭を下げて席を立った。
背中は、来た時よりも重く見える。
アーヴィンは、その姿を見送りながら思った。
ざまあとは、相手を罵倒することではない。
席に座らせ、自分の言葉で立場を確定させることだ。
この場で行われたのは、まだ処分ではない。
だが、結果はもう動かない。
次に動くのは、感情ではなく、制度そのものだ。
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