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第1話 大舞踏会の夜
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第1話 大舞踏会の夜
王都アークライトの中央、王城の巨大な大広間は、燦然たる光に満ちていた。
天井から吊るされた無数の水晶シャンデリアが、魔力灯の柔らかな輝きを散らし、床に敷かれた深紅の絨毯を黄金色に染め上げる。貴族たちが華やかなドレスと礼装で埋め尽くす中、優雅な弦楽四重奏の調べが静かに流れていた。
広間の最上段、玉座の脇に設けられた高台に、二人の若者が並んで立っていた。
レーヴェント公爵家の長女、イセッタ・フォン・レーヴェント。
漆黒の髪を優雅にアップにまとめ、深い藍色のドレスを纏ったその姿は、まるで夜の湖面に浮かぶ月のように気高く美しい。微笑みは完璧で、視線は穏やか。誰もが認める王国一の令嬢だった。
そしてその隣に立つのは、王太子エクウス・ヴァル・レグラント。
金色の髪に青の瞳、王家特有の気品を湛えた青年。まだ二十歳そこそこながら、すでに次期国王としての風格を備えていると評されていた。
二人は幼少期から政略婚約を結んでいた。
レーヴェント公爵家は王国最大の権力と財力を誇り、その娘を正妃に迎えることは、王家の安定にとって必要不可欠だった。誰もが祝福する「完璧なカップル」――それが世間の評価だった。
イセッタ自身は、そう思っていた。
(前世の記憶が蘇ってから、すべてが変わったけれど)
彼女は転生者だった。
前世は日本の普通のOL。休日の楽しみは乙女ゲームをプレイすることだけだった。
死んだ原因は覚えていない。気がつくと、この世界の赤ん坊――イセッタ・フォン・レーヴェントとして生まれ変わっていた。そしてこの世界が、自分が大好きだった乙女ゲーム『Princess of Light ~聖女と王太子の恋~』の舞台だと気づいたのは、十歳の頃だった。
ゲームの主人公は平民出身の聖女。
攻略対象の一人がエクウス王太子。
そして悪役令嬢として登場するのが――レーヴェント公爵令嬢イセッタである。
(原作では、私は学園で聖女をいじめ、公開処刑の末に婚約破棄され、追放されて惨めに死ぬ)
(でも、私はそんなことしていない。いじめなんてするわけない)
イセッタは慎重だった。
ゲーム知識を活かし、聖女候補の少女が現れたら徹底的に味方につける戦略を取った。
それが今日、ついに実を結ぶ夜だった。
広間の扉が開き、司祭に導かれて一人の少女が入ってきた。
ソニア。
薄い金色の髪に、透き通るような碧の瞳。粗末だが清潔なドレスを纏った平民の少女。
最近、王国に現れた「聖女の力」を持つと噂の存在だ。
エクウス王太子の視線が、ぴたりと彼女に注がれた。
イセッタは静かに息を吐いた。
(来たわね。ゲーム通りの展開)
ソニアは緊張した様子で高台に近づき、深く一礼した。
「初めまして……ソニアと申します。今日、このような華やかな場にお呼び立ていただき、恐縮です」
柔らかな声。控えめな態度。
まさにゲームの主人公そのものだった。
エクウスが一歩前に出た。
「ソニア嬢、よく来てくれた。噂は聞いている。君の力、王国にとって必要だ」
ソニアは顔を赤らめながら「ありがとうございます」と小さく答えた。
イセッタは微笑みを保ちながら、内心で観察を続ける。
(殿下の目が熱い。もう完全に落ちてるわ)
舞踏会の序盤は穏やかに進んだ。
貴族たちが次々と挨拶に訪れ、イセッタは完璧な令嬢として振る舞う。
エクウスも当初は普通に隣に立っていた。
だが、時間が経つにつれ、王太子の様子が変わっていった。
ソニアが広間の端で一人不安そうに立っているのを見つけると、エクウスはそちらへ足を向け始めた。
イセッタに声をかけることもなく。
(そろそろね)
イセッタは静かにワイングラスを置いた。
そして――事件は起きた。
エクウスが突然、広間の中央にソニアを連れて立ち、声を張り上げた。
「皆の者、静粛に!」
音楽が止み、貴族たちの会話がぴたりと途切れる。
エクウスは高らかに宣言した。
「本日、ここに重大な発表がある!」
イセッタは高台に立ち、静かにその様子を見守った。
「レーヴェント公爵令嬢イセッタ・フォン・レーヴェントは、ソニア嬢を長きにわたり陰湿ないじめで苦しめてきた!」
会場がどよめいた。
「そのような高慢で残酷な女を、私は正妃として迎えるわけにはいかない!
よって、ここに――イセッタ・フォン・レーヴェントとの婚約を、即刻破棄する!」
静寂。
そして、次の瞬間――広間が騒然となった。
貴族たちがざわめき、視線が一斉にイセッタに集中する。
イセッタは、ただ静かに微笑んだまま、動かなかった。
(さあ、どうなるかしら)
ゲームの知識では、ここで悪役令嬢は取り乱し、逆上し、さらなる墓穴を掘る。
だが、イセッタは違う。
彼女はゆっくりと、一歩前に出た。
そして、澄んだ声で、静かに言った。
「殿下」
その声に、会場が再び静まり返る。
「突然のご宣言、驚きましたわ」
微笑は完璧。瞳は氷のように冷たい。
「ですが――その前に、一つお伺いしてもよろしいでしょうか?」
エクウスが勝ち誇ったように頷く。
イセッタは優雅に一礼し、ソニアの方を見た。
「ソニア様」
ソニアがびくりと震える。
「殿下が今おっしゃった……私にいじめられたというお話は、本当でしょうか?」
ソニアの瞳が大きく見開かれた。
会場が息を呑む。
そして――ソニアは、震える声で、しかしはっきりと答えた。
「い、いえ……!
そんなことは……ありません……!
イセッタ様は、私を……いつも、優しく守ってくださっていました……!」
その瞬間。
エクウス王太子の顔が、初めて青ざめた。
王都アークライトの中央、王城の巨大な大広間は、燦然たる光に満ちていた。
天井から吊るされた無数の水晶シャンデリアが、魔力灯の柔らかな輝きを散らし、床に敷かれた深紅の絨毯を黄金色に染め上げる。貴族たちが華やかなドレスと礼装で埋め尽くす中、優雅な弦楽四重奏の調べが静かに流れていた。
広間の最上段、玉座の脇に設けられた高台に、二人の若者が並んで立っていた。
レーヴェント公爵家の長女、イセッタ・フォン・レーヴェント。
漆黒の髪を優雅にアップにまとめ、深い藍色のドレスを纏ったその姿は、まるで夜の湖面に浮かぶ月のように気高く美しい。微笑みは完璧で、視線は穏やか。誰もが認める王国一の令嬢だった。
そしてその隣に立つのは、王太子エクウス・ヴァル・レグラント。
金色の髪に青の瞳、王家特有の気品を湛えた青年。まだ二十歳そこそこながら、すでに次期国王としての風格を備えていると評されていた。
二人は幼少期から政略婚約を結んでいた。
レーヴェント公爵家は王国最大の権力と財力を誇り、その娘を正妃に迎えることは、王家の安定にとって必要不可欠だった。誰もが祝福する「完璧なカップル」――それが世間の評価だった。
イセッタ自身は、そう思っていた。
(前世の記憶が蘇ってから、すべてが変わったけれど)
彼女は転生者だった。
前世は日本の普通のOL。休日の楽しみは乙女ゲームをプレイすることだけだった。
死んだ原因は覚えていない。気がつくと、この世界の赤ん坊――イセッタ・フォン・レーヴェントとして生まれ変わっていた。そしてこの世界が、自分が大好きだった乙女ゲーム『Princess of Light ~聖女と王太子の恋~』の舞台だと気づいたのは、十歳の頃だった。
ゲームの主人公は平民出身の聖女。
攻略対象の一人がエクウス王太子。
そして悪役令嬢として登場するのが――レーヴェント公爵令嬢イセッタである。
(原作では、私は学園で聖女をいじめ、公開処刑の末に婚約破棄され、追放されて惨めに死ぬ)
(でも、私はそんなことしていない。いじめなんてするわけない)
イセッタは慎重だった。
ゲーム知識を活かし、聖女候補の少女が現れたら徹底的に味方につける戦略を取った。
それが今日、ついに実を結ぶ夜だった。
広間の扉が開き、司祭に導かれて一人の少女が入ってきた。
ソニア。
薄い金色の髪に、透き通るような碧の瞳。粗末だが清潔なドレスを纏った平民の少女。
最近、王国に現れた「聖女の力」を持つと噂の存在だ。
エクウス王太子の視線が、ぴたりと彼女に注がれた。
イセッタは静かに息を吐いた。
(来たわね。ゲーム通りの展開)
ソニアは緊張した様子で高台に近づき、深く一礼した。
「初めまして……ソニアと申します。今日、このような華やかな場にお呼び立ていただき、恐縮です」
柔らかな声。控えめな態度。
まさにゲームの主人公そのものだった。
エクウスが一歩前に出た。
「ソニア嬢、よく来てくれた。噂は聞いている。君の力、王国にとって必要だ」
ソニアは顔を赤らめながら「ありがとうございます」と小さく答えた。
イセッタは微笑みを保ちながら、内心で観察を続ける。
(殿下の目が熱い。もう完全に落ちてるわ)
舞踏会の序盤は穏やかに進んだ。
貴族たちが次々と挨拶に訪れ、イセッタは完璧な令嬢として振る舞う。
エクウスも当初は普通に隣に立っていた。
だが、時間が経つにつれ、王太子の様子が変わっていった。
ソニアが広間の端で一人不安そうに立っているのを見つけると、エクウスはそちらへ足を向け始めた。
イセッタに声をかけることもなく。
(そろそろね)
イセッタは静かにワイングラスを置いた。
そして――事件は起きた。
エクウスが突然、広間の中央にソニアを連れて立ち、声を張り上げた。
「皆の者、静粛に!」
音楽が止み、貴族たちの会話がぴたりと途切れる。
エクウスは高らかに宣言した。
「本日、ここに重大な発表がある!」
イセッタは高台に立ち、静かにその様子を見守った。
「レーヴェント公爵令嬢イセッタ・フォン・レーヴェントは、ソニア嬢を長きにわたり陰湿ないじめで苦しめてきた!」
会場がどよめいた。
「そのような高慢で残酷な女を、私は正妃として迎えるわけにはいかない!
よって、ここに――イセッタ・フォン・レーヴェントとの婚約を、即刻破棄する!」
静寂。
そして、次の瞬間――広間が騒然となった。
貴族たちがざわめき、視線が一斉にイセッタに集中する。
イセッタは、ただ静かに微笑んだまま、動かなかった。
(さあ、どうなるかしら)
ゲームの知識では、ここで悪役令嬢は取り乱し、逆上し、さらなる墓穴を掘る。
だが、イセッタは違う。
彼女はゆっくりと、一歩前に出た。
そして、澄んだ声で、静かに言った。
「殿下」
その声に、会場が再び静まり返る。
「突然のご宣言、驚きましたわ」
微笑は完璧。瞳は氷のように冷たい。
「ですが――その前に、一つお伺いしてもよろしいでしょうか?」
エクウスが勝ち誇ったように頷く。
イセッタは優雅に一礼し、ソニアの方を見た。
「ソニア様」
ソニアがびくりと震える。
「殿下が今おっしゃった……私にいじめられたというお話は、本当でしょうか?」
ソニアの瞳が大きく見開かれた。
会場が息を呑む。
そして――ソニアは、震える声で、しかしはっきりと答えた。
「い、いえ……!
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イセッタ様は、私を……いつも、優しく守ってくださっていました……!」
その瞬間。
エクウス王太子の顔が、初めて青ざめた。
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