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3-1 「再び王都へ ――呼び戻された光」
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3-1 「再び王都へ ――呼び戻された光」
春が過ぎ、辺境の村にも豊かな緑が満ちる頃。
アリアは薬草園で採取した花を束ねながら、ふと風に乗って届いた匂いに気づいた。
――焦げ臭い。
顔を上げた瞬間、遠くの山裾から黒い煙が立ちのぼっているのが見えた。
「ルーク!」
声を張り上げると、鍬を持っていた青年が走ってきた。
「アリア! 北の村が燃えてる! どうやら疫病が広がって、避難してきた人たちが……」
その言葉にアリアは息を呑んだ。
疫病――それは、あの手紙に書かれていた王都発の感染症。
“聖女エリシアが失踪してから、治癒の奇跡が失われた”と、国中で噂されていたものだ。
「……広がったのですね、やはり」
アリアは小さく呟き、包んでいた花束をそっと地面に置いた。
王都から遠く離れたこの村にも、ついにその影が迫ってきたのだ。
彼女はすぐに村長の家へ向かった。
老人の村長は心配そうに眉をひそめる。
「アリア殿、どうすればよいのじゃ。熱にうなされる者が次々と……」
「感染経路を断ち、隔離を徹底してください。わたしが薬を調合します」
アリアは即座に指示を出し、薬草庫に駆け込む。
手際よく瓶を並べ、葉をすり潰し、煮出していく。
数年前の自分なら、こんな泥臭い仕事は想像もできなかっただろう。
けれど今の彼女には、それが“使命”だと分かっていた。
夜になってもアリアの手は止まらなかった。
手元の灯りが揺れ、汗が額を伝う。
ルークが心配そうに入ってくる。
「アリア、もう休め。お前が倒れたら……」
「大丈夫。少しだけでいいのです。もう少しで完成しますから」
その声には、かつての弱々しい令嬢の影はなかった。
代わりに宿っていたのは、民の命を救う覚悟と誇りだった。
そして翌朝。
調合した薬を携え、アリアは北の村へ向かった。
倒れた人々、うなされる子ども、泣き叫ぶ母親。
惨状を前に、誰もが絶望の表情を浮かべていた。
アリアは膝をつき、少女の額に手を当てる。
「熱い……けれど、助けられます」
彼女は小瓶を開け、薬を飲ませた。
少女の呼吸が少しずつ穏やかになっていく。
周囲の人々が息を呑む中、アリアは立ち上がった。
「――効きます。順に、全員に投与を」
その日、辺境の村に奇跡が起きた。
感染が止まり、次第に人々の熱が下がっていったのだ。
アリアがもたらした“希望”の噂は瞬く間に王都へ届いた。
◇
数日後、アリアのもとに使者が現れた。
王国医術院の紋章を刻んだ封書を差し出す。
「アリア・フォン・リュミエール殿。王の命により、王都へお戻りいただきたい」
その文面に、彼女の心は静かに揺れた。
「……また、あの場所へ?」
ルークが不安げに尋ねる。
アリアは微笑んだ。
「ええ。かつての私を捨てた人々がいる場所。けれど、今度は――私自身の意志で行きます」
かつてのように誰かのためではなく、誰かに仕えるためでもなく。
“自分の信念”のために。
ルークが拳を握る。
「俺も行く。放っておけない」
「ありがとう。でも、あなたはこの村を守って。わたしがいなくても、もう立派にやっていけるわ」
「……そう言うと思った」
ルークは苦笑しながら、アリアに小さな護符を差し出した。
「無事に帰ってこい。あんたの帰る場所は、ここだ」
アリアはその護符を受け取り、胸元にしまう。
「必ず戻ります」
◇
馬車に揺られながら、アリアは遠ざかる村を振り返った。
窓の外に見えるのは、あの春に咲いた淡いピンクの花――“アリアの花”。
まるで彼女を見送るかのように風に揺れていた。
「……もう泣かない。私は、弱かった自分に別れを告げたのだから」
呟いた声は、春風に溶けて消えた。
道中、彼女の心にはある一つの問いが浮かんでいた。
――聖女エリシアは、なぜ消えたのか。
彼女の失踪が、王国の疫病と関係しているのだとすれば、そこには“何か”がある。
アリアは手帳を開き、調合記録を書きつけながら思考を巡らせた。
薬草の反応、毒の成分、熱の症状――それは自然の病ではない。
「……誰かが、意図的に作った?」
その仮説に、彼女の指が止まった。
もしそれが事実なら、王都の誰かが――いや、国家の内部が関与している可能性もある。
数日後、王都の門が見えてきた。
かつて住んでいた懐かしい街並み。けれど、そこに活気はなかった。
人々はマスクで顔を覆い、街路には薬草の焦げた匂いが漂う。
「これが……王都の現状」
アリアは馬車を降り、沈痛な面持ちで歩き出した。
医術院の大理石の扉の前で、彼女は一瞬立ち止まる。
かつて、彼女が追放される際に背を向けた場所。
「――今度は逃げない」
扉を押し開けると、中には数人の研究者たちが倒れこむように作業していた。
その中に、一人の見覚えある男の姿があった。
「……セドリック殿下」
アリアの声に、男が振り返る。
かつての婚約者――王太子セドリック。
やつれた顔に深い後悔の影が浮かんでいた。
「アリア……君が来てくれたのか……」
「お久しぶりです、殿下」
その声は静かで、しかしどこか凛としていた。
彼女はもう、誰かに許しを乞う令嬢ではない。
「お話はあとにいたしましょう。今は、患者の命を救うことが先です」
そう言い、アリアは袖をまくり上げた。
王都の空気は重く淀み、まるで病そのものが街を覆っているかのようだった。
だが彼女の眼差しには、一点の迷いもなかった。
――再び、光を取り戻すために。
かつて失った“誇り”と“居場所”を、もう一度、自らの手で取り戻すために。
---
春が過ぎ、辺境の村にも豊かな緑が満ちる頃。
アリアは薬草園で採取した花を束ねながら、ふと風に乗って届いた匂いに気づいた。
――焦げ臭い。
顔を上げた瞬間、遠くの山裾から黒い煙が立ちのぼっているのが見えた。
「ルーク!」
声を張り上げると、鍬を持っていた青年が走ってきた。
「アリア! 北の村が燃えてる! どうやら疫病が広がって、避難してきた人たちが……」
その言葉にアリアは息を呑んだ。
疫病――それは、あの手紙に書かれていた王都発の感染症。
“聖女エリシアが失踪してから、治癒の奇跡が失われた”と、国中で噂されていたものだ。
「……広がったのですね、やはり」
アリアは小さく呟き、包んでいた花束をそっと地面に置いた。
王都から遠く離れたこの村にも、ついにその影が迫ってきたのだ。
彼女はすぐに村長の家へ向かった。
老人の村長は心配そうに眉をひそめる。
「アリア殿、どうすればよいのじゃ。熱にうなされる者が次々と……」
「感染経路を断ち、隔離を徹底してください。わたしが薬を調合します」
アリアは即座に指示を出し、薬草庫に駆け込む。
手際よく瓶を並べ、葉をすり潰し、煮出していく。
数年前の自分なら、こんな泥臭い仕事は想像もできなかっただろう。
けれど今の彼女には、それが“使命”だと分かっていた。
夜になってもアリアの手は止まらなかった。
手元の灯りが揺れ、汗が額を伝う。
ルークが心配そうに入ってくる。
「アリア、もう休め。お前が倒れたら……」
「大丈夫。少しだけでいいのです。もう少しで完成しますから」
その声には、かつての弱々しい令嬢の影はなかった。
代わりに宿っていたのは、民の命を救う覚悟と誇りだった。
そして翌朝。
調合した薬を携え、アリアは北の村へ向かった。
倒れた人々、うなされる子ども、泣き叫ぶ母親。
惨状を前に、誰もが絶望の表情を浮かべていた。
アリアは膝をつき、少女の額に手を当てる。
「熱い……けれど、助けられます」
彼女は小瓶を開け、薬を飲ませた。
少女の呼吸が少しずつ穏やかになっていく。
周囲の人々が息を呑む中、アリアは立ち上がった。
「――効きます。順に、全員に投与を」
その日、辺境の村に奇跡が起きた。
感染が止まり、次第に人々の熱が下がっていったのだ。
アリアがもたらした“希望”の噂は瞬く間に王都へ届いた。
◇
数日後、アリアのもとに使者が現れた。
王国医術院の紋章を刻んだ封書を差し出す。
「アリア・フォン・リュミエール殿。王の命により、王都へお戻りいただきたい」
その文面に、彼女の心は静かに揺れた。
「……また、あの場所へ?」
ルークが不安げに尋ねる。
アリアは微笑んだ。
「ええ。かつての私を捨てた人々がいる場所。けれど、今度は――私自身の意志で行きます」
かつてのように誰かのためではなく、誰かに仕えるためでもなく。
“自分の信念”のために。
ルークが拳を握る。
「俺も行く。放っておけない」
「ありがとう。でも、あなたはこの村を守って。わたしがいなくても、もう立派にやっていけるわ」
「……そう言うと思った」
ルークは苦笑しながら、アリアに小さな護符を差し出した。
「無事に帰ってこい。あんたの帰る場所は、ここだ」
アリアはその護符を受け取り、胸元にしまう。
「必ず戻ります」
◇
馬車に揺られながら、アリアは遠ざかる村を振り返った。
窓の外に見えるのは、あの春に咲いた淡いピンクの花――“アリアの花”。
まるで彼女を見送るかのように風に揺れていた。
「……もう泣かない。私は、弱かった自分に別れを告げたのだから」
呟いた声は、春風に溶けて消えた。
道中、彼女の心にはある一つの問いが浮かんでいた。
――聖女エリシアは、なぜ消えたのか。
彼女の失踪が、王国の疫病と関係しているのだとすれば、そこには“何か”がある。
アリアは手帳を開き、調合記録を書きつけながら思考を巡らせた。
薬草の反応、毒の成分、熱の症状――それは自然の病ではない。
「……誰かが、意図的に作った?」
その仮説に、彼女の指が止まった。
もしそれが事実なら、王都の誰かが――いや、国家の内部が関与している可能性もある。
数日後、王都の門が見えてきた。
かつて住んでいた懐かしい街並み。けれど、そこに活気はなかった。
人々はマスクで顔を覆い、街路には薬草の焦げた匂いが漂う。
「これが……王都の現状」
アリアは馬車を降り、沈痛な面持ちで歩き出した。
医術院の大理石の扉の前で、彼女は一瞬立ち止まる。
かつて、彼女が追放される際に背を向けた場所。
「――今度は逃げない」
扉を押し開けると、中には数人の研究者たちが倒れこむように作業していた。
その中に、一人の見覚えある男の姿があった。
「……セドリック殿下」
アリアの声に、男が振り返る。
かつての婚約者――王太子セドリック。
やつれた顔に深い後悔の影が浮かんでいた。
「アリア……君が来てくれたのか……」
「お久しぶりです、殿下」
その声は静かで、しかしどこか凛としていた。
彼女はもう、誰かに許しを乞う令嬢ではない。
「お話はあとにいたしましょう。今は、患者の命を救うことが先です」
そう言い、アリアは袖をまくり上げた。
王都の空気は重く淀み、まるで病そのものが街を覆っているかのようだった。
だが彼女の眼差しには、一点の迷いもなかった。
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