侯爵令嬢ローゼリアは、甘く溺愛されながら自分の道を歩く』

ふわふわ

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3-4 「崩壊の朝 ――誓いの再生」

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3-4 「崩壊の朝 ――誓いの再生」

 ――静寂。
 長い夜が終わり、崩壊したアズラ研究塔の跡地に朝の光が差し込んでいた。
 瓦礫の間から立ち上る白い煙、焼けた金属の匂い、そして、無数の薬瓶の破片が陽光を反射してきらめいている。
 その中心で、アリアは静かに横たわっていた。

 セドリックは膝をつき、震える手でアリアの顔を撫でた。
 「アリア……目を覚ましてくれ……!」
 その声には、絶望と祈りが混じっていた。
 彼女の呼吸はかすかにある。だが脈は弱く、全身が冷たい。
 「駄目だ……このままでは……!」
 セドリックが焦燥に駆られる中、エリシアがゆっくりと近づいた。

 「……アリア様の体には、塔の魔力が逆流しています。
  わたしの力を使えば……でも、もう時間がありません」
 「頼む、エリシア! 君の“癒し”を!」
 エリシアは頷き、両手をアリアの胸の上に重ねた。
 青白い光が広がり、空気が震える。
 「……光よ、彼女の命をつなぎとめて――《リヴェラティオ》!」

 眩い光が辺りを包み込む。
 やがて、アリアの身体が小さく震え、唇が微かに動いた。
 「……あたたかい……」
 セドリックが息を呑む。
 「アリア! 生きてる……!」
 だが、エリシアの顔は蒼白だった。
 「この力……もう長くは……」
 「エリシア、やめろ! 君の体が――!」
 「いいのです。わたしは、あの塔でずっと眠っていた。
  でもアリア様は、わたしの代わりに生きてくれた。
  だから今度は、わたしの番……です」

 アリアの瞳がゆっくりと開かれた。
 視界の中に映るのは、泣きながら祈るエリシアと、彼女の肩を抱くセドリックの姿。
 「……どうして……そんな顔をなさるの?」
 「アリア、動くな!」
 「大丈夫ですわ……少し、夢を見ていた気がします」
 アリアはかすかに笑った。
 「皆でお茶をして……庭で花が咲いて……。あの夢、現実にしましょうね」
 その言葉に、エリシアの涙が零れ落ちる。
 「アリア様……どうか、生きて……。あなたの願いを、世界に……」

 光が強くなり、次の瞬間――エリシアの身体が光の粒となって霧散した。
 風に乗って舞い上がる光が、朝の空へと溶けていく。
 「エリシア……!」
 セドリックは彼女の残滓を見つめながら、拳を震わせた。
 アリアはその光を見送り、胸に手を当てる。
 「……彼女の魔力が、私の中に……」
 セドリックが顔を上げた。
 「生きているのか?」
 「ええ。でも、これは……贖いです。彼女の“奇跡”を、今度こそ正しく使わなくては」

 ◇

 数日後。
 王都は崩壊した塔の影響で混乱していたが、徐々に平穏を取り戻しつつあった。
 アリアは医術院の仮設治療所で、負傷者たちの治療にあたっていた。
 寝台の上には、避難してきた子どもや老人たち。
 彼らの手を握りながら、アリアは穏やかに微笑む。
 「大丈夫です。あなたたちは、もう大丈夫」
 彼女の手から流れる光は、エリシアの力を宿したもの。
 “奇跡”は、今度こそ人を救うために使われていた。

 その姿を、遠くからセドリックが見つめていた。
 王太子の衣を脱ぎ、彼はただの一人の男として、彼女を守るように見守っていた。
 「……君は、まるで本当の聖女だ」
 「いいえ、私はただの医術師です。皆の力があってこそ」
 アリアはそう言って、ふと空を見上げた。
 そこには、淡く光る“アリアの花”の花弁が舞っていた。
 春に村で咲いたあの花が、今、王都の空に舞っている。

 「……彼女の魂が、風に乗っているのかもしれませんね」
 セドリックは頷き、アリアの隣に座った。
 「アリア、君がいてくれて本当に良かった」
 「殿下、これからどうなさるおつもりですか?」
 「国をやり直す。――父王にも報告した。アズラ計画を完全に破棄し、医術院を再建する」
 「……立派な決断ですわ」
 アリアは静かに微笑んだ。
 「でも、どうか、誰かの犠牲の上に立つ“正義”だけは作らないでください」
 「肝に銘じよう。……君が教えてくれたからな」

 沈黙。
 風が吹き抜け、瓦礫の隙間に咲いた小さな花を揺らした。
 「アリア」
 「はい?」
 「もしも……君が望むなら、もう一度、隣にいてほしい」
 その言葉に、アリアは目を見開いた。
 「……殿下、それは――」
 「愛している。あの日、君を失って初めて気づいた。
  君のいない王国は、どれほど虚しいものかを」
 アリアは俯き、しばらく沈黙した。
 やがて、ゆっくりと顔を上げる。
 「……殿下の気持ちは嬉しいです。でも、今の私は“国を癒す医術師”です。
  誰かの妻としてではなく、一人の人として生きたいのです」
 セドリックは寂しげに笑い、頷いた。
 「……それが、君らしい答えだな」

 アリアは微笑んだ。
 「けれど、もしこの国がもう一度病に侵されたら――そのときは呼んでください。
  今度こそ、私がこの手で癒しますから」
 その言葉に、セドリックはまるで祈るように目を閉じた。
 「必ず。……その日まで、私は国を守ろう」

 ◇

 夕暮れ。
 アリアは一人、塔の跡地に立っていた。
 崩壊した石の間から、ひときわ美しい花が咲いている。
 “アリアの花”――淡いピンクの花弁が、風に乗ってゆらめく。
 「……見ていてね、エリシア。あなたの夢、今度こそ叶えてみせる」

 彼女は空を見上げた。
 西の空が茜色に染まり、雲の切れ間から金の光が射し込んでいる。
 それはまるで、誰かが“よくやった”と微笑んでくれているかのようだった。
 アリアの唇が静かに動く。
 「――ありがとう。もう泣かないわ」

 彼女の背中を照らす光は、温かく、強く、そして清らかだった。
 その姿は、まさに“再生の聖女”。
 けれど、彼女自身はただの一人の女として、静かに微笑むのだった。


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