選ばれなかった令嬢は、何も選ばずにすべてを手に入れる

ふわふわ

文字の大きさ
1 / 40

第一話 婚約破棄は、大広間で

しおりを挟む
第一話 婚約破棄は、大広間で

 王宮の大広間は、いつもよりもざわめいていた。
 貴族たちの視線が、一点に集まっている。その先に立つのは、この国の王太子――フェリクス・アルノー。そして、彼の正面に静かに佇むのが、私、ミレイナ・グリューンリヒトだった。

 白と金で彩られた天井。磨き上げられた床に映る無数のシャンデリアの光。ここは祝福の場であり、決して破談を告げる場所ではない。
 それでも、彼は迷いなく口を開いた。

「ミレイナ・グリューンリヒト。君との婚約を、ここに破棄する」

 空気が一瞬で凍りつく。
 ざわ、と小さな音が波紋のように広がり、貴族たちが息を呑んだのが分かった。

 ――ああ、やはり。

 胸の奥で、静かにそう思った。驚きも、怒りも、悲しみさえも湧いてこない。ただ、予定されていた出来事が、予定通り起きただけだ。

「理由は明白だ」

 フェリクス殿下は、私の隣へ一歩進み出た少女に視線を向ける。淡い色のドレスに身を包み、庇護を求めるように一歩下がったその少女――ミュリエル。

「私は、彼女を愛している。身分は関係ない。真実の愛に、嘘はつけない」

 ミュリエルは小さく身をすくめ、潤んだ瞳で周囲を見渡した。

「わ、私は……そんなつもりじゃ……。ただ、殿下が……」

 その声は震えているが、逃げ出そうとはしない。守られていることを、無意識に理解している態度だった。

 周囲から、同情と好奇の視線がミュリエルに集まる。一方で、私へ向けられるのは、哀れみと興味が入り混じった視線。

 ――捨てられた令嬢。
 ――気の毒な婚約者。

 そんな言葉が、聞こえないはずなのに、はっきりと伝わってくる。

 フェリクス殿下は、私が泣き出すか、抗議すると思っていたのだろう。わずかに眉をひそめ、様子をうかがうように私を見た。

「……何か言うことはないのか?」

 私はゆっくりと顔を上げ、彼を正面から見据えた。
 感情を乗せない、静かな声で答える。

「承知いたしました」

 大広間が、再び静まり返る。

「婚約破棄ですね。正式なご意思として、受け取らせていただきます」

 フェリクス殿下は、拍子抜けしたように目を瞬かせた。

「……それだけか?」

「はい。それだけです」

 私は、にこりともせず、かといって険しくもならず、ただ淡々と告げる。

「婚約は、殿下と私、そして両家、王家を含めた正式な契約でした。殿下が破棄を宣言なさる以上、私に拒む理由はございません」

 周囲が、ざわりと揺れる。
 感情的にならない私の態度は、かえって異様だったのだろう。

「ただし」

 私は一歩前へ進み、殿下の目を見た。

「手続きにつきましては、後日、正式に進めさせていただきます。補償、名誉の回復、ならびに今後の取り決めについても」

「……補償?」

 殿下の声が、わずかに上ずる。

「ええ。婚約破棄には、当然のことですわ」

 私は微かに首を傾げた。

「まさか、恋を理由にすれば、すべてが無かったことになるとお思いではありませんよね?」

 空気が、ぴしりと張りつめる。
 フェリクス殿下は、苛立ちを隠さぬ表情で私を睨んだ。

「君は、まだそんなことを言うのか。愛の前では、契約など――」

「殿下」

 静かに遮る。

「愛は否定いたしません。でも、それと責任は別のものです」

 私は一礼した。

「本日は、これで失礼いたします。これ以上ここに居るのは、場違いでしょうから」

 そう言って踵を返すと、背後で誰かが息を呑む気配がした。
 泣き叫びもしない。縋りつきもしない。私はただ、婚約者としての役目を終えただけだ。

 大広間を出る直前、ふと振り返る。
 フェリクス殿下は、困惑と苛立ちを滲ませた顔で立ち尽くし、ミュリエルは不安そうに彼の袖を掴んでいた。

 ――大丈夫。
 ――彼が守ってくれる。

 そう信じている顔。

 私は、心の中で静かに結論づける。

 この婚約破棄は、終わりではない。
 むしろ、ここから始まるのだ。

 契約を破った責任が、どれほど重いのか。
 それを、王太子殿下はまだ知らない。

 そして私は――
 それを、丁寧に、順を追って教えて差し上げるつもりだった。
しおりを挟む
感想 0

あなたにおすすめの小説

里帰りをしていたら離婚届が送られてきたので今から様子を見に行ってきます

結城芙由奈@コミカライズ連載中
恋愛
<離婚届?納得いかないので今から内密に帰ります> 政略結婚で2年もの間「白い結婚」を続ける最中、妹の出産祝いで里帰りしていると突然届いた離婚届。あまりに理不尽で到底受け入れられないので内緒で帰ってみた結果・・・? ※「カクヨム」「小説家になろう」にも投稿しています

死に物狂いで支えた公爵家から捨てられたので、回帰後は全財産を盗んで消えてあげます 〜今さら「戻れ」と言われても、私は隣国の皇太子妃ですので〜

しょくぱん
恋愛
「お前のような無能、我が公爵家の恥だ!」 公爵家の長女エルゼは、放蕩者の父や無能な弟に代わり、寝る間も惜しんで領地経営と外交を支えてきた。しかし家族は彼女の功績を奪った挙句、政治犯の濡れ衣を着せて彼女を処刑した。 死の間際、エルゼは誓う。 「もし次があるのなら――二度と、あいつらのために働かない」 目覚めると、そこは処刑の二年前。 再び「仕事」を押し付けようとする厚顔無恥な家族に対し、エルゼは優雅に微笑んだ。 「ええ、承知いたしました。ただし、これからは**『代金』**をいただきますわ」 隠し金庫の鍵、領地の権利書、優秀な人材、そして莫大な隠し資産――。 エルゼは公爵家のすべてを自分名義に書き換え、着々と「もぬけの殻」にしていく。 そんな彼女の前に、隣国の冷徹な皇太子シオンが現れ、驚くべき提案を持ちかけてきて……? 「君のような恐ろしい女性を、独り占めしたくなった」 資産を奪い尽くして亡命した令嬢と、彼女を溺愛する皇太子。 一方、すべてを失った公爵家が泣きついてくるが、もう遅い。 あなたの家の金庫も、土地も、働く人間も――すべて私のものですから。

さようなら、私を「枯れた花」と呼んだ貴方。~辺境で英雄を救って聖女と呼ばれたので、没落した元婚約者の謝罪は受け付けません~

有賀冬馬
恋愛
「お前のような見栄えの悪い女は、俺の隣にふさわしくない」 婚約者アレクに捨てられ、辺境へ追いやられたセレナ。 けれど、彼女が森で拾ったのは、アレクなど足元にも及ばないほど強くて優しい、呪われた英雄ライアンだった。 セレナの薬草が奇跡を起こし、王都を救う特効薬となったとき、かつて自分を捨てた男との再会が訪れる。 「やり直そう」と縋り付くアレクに、セレナは最愛の人と寄り添いながら静かに微笑む。 ――あなたが捨てたのは、ただの影ではなく、あなたの未来そのものだったのですよ。

サレ妻の娘なので、母の敵にざまぁします

二階堂まりい
大衆娯楽
大衆娯楽部門最高記録1位! ※この物語はフィクションです 流行のサレ妻ものを眺めていて、私ならどうする? と思ったので、短編でしたためてみました。 当方未婚なので、妻目線ではなく娘目線で失礼します。

【完結】男装して会いに行ったら婚約破棄されていたので、近衛として地味に復讐したいと思います。

銀杏鹿
恋愛
次期皇后のアイリスは、婚約者である王に会うついでに驚かせようと、男に変装し近衛として近づく。 しかし、王が自分以外の者と結婚しようとしていると知り、怒りに震えた彼女は、男装を解かないまま、復讐しようと考える。 しかし、男装が完璧過ぎたのか、王の意中の相手やら、王弟殿下やら、その従者に目をつけられてしまい……

夫と愛し合った翌朝、一方的に離縁されました【完結】

星森 永羽(ほしもりとわ)
恋愛
美しい公爵夫人マルグリートは、冷徹な夫ディートリヒと共に、王国の裏で密かに任務をこなす“悪女”。 だがある日、突然夫から離婚を言い渡される。しかもその裏には、平民の愛人の存在が──。 失意の中、王命で新たな婚約者・エルンストと結ばれることに。 どうやら今回の離婚再婚は、王家の陰謀があるよう。 「悪女に、遠慮はいらない」 そう決意した彼女は、華やかな舞踏会で王に真っ向から言い放つ。 「わたくし、人の家庭を壊しておきながら悪びれない方に、下げる頭は持っていませんの。  王族であられる前に、人におなりくださいませ。……失礼」 愛も、誇りも奪われたなら── 今度はこの手で、すべてを取り戻すだけ。 裏切りに燃える、痛快リベンジ・ロマンス! ⚠️本作は AI の生成した文章を一部に使っています。タイトル変えました。コメディーです。主人公は悪女です。

処刑台の皇妃、回帰して復讐を誓う ~冷酷公爵と偽りの婚約者~ おまえたちは許さない!

秦江湖
ファンタジー
皇妃エリアーナは、夫である皇帝アランと、たった一人の親友イザベラの策略により、無実の罪で処刑される。 民衆に罵られ、アランの冷酷な目とイザベラの嘲笑を「始まりの景色」として目に焼き付けながら絶命した彼女は、しかし、処刑の記憶を持ったまま三年前の過去に回帰する。 「おまえたちは許さない」 二度目の人生。 エリアーナの目的はただ一つ、自分を陥れた二人への完璧な復讐。 彼女はまず、アラン(皇太子)からの婚約内示を拒絶。そして、アラン最大の政敵である「北の冷血公爵」ルシアン・ヴァレリウスに接触する。 1周目で得た「未来の知識」を対価に、エリアーナはルシアンに持ちかける。 「貴方様には帝国の覇権を。わたくしには復讐の舞台を。そのための『契約婚約』を――」 憎悪を糧に生きる皇妃と、氷の瞳を持つ公爵。 二人の偽りの婚約の行く末は……

婚約破棄は了承済みですので、慰謝料だけ置いていってください

鍛高譚
恋愛
公爵令嬢アナスタシア・オルステッドは、第三王子アレンの婚約者だった。 しかし、アレンは没落貴族の令嬢カリーナと密かに関係を持っていたことが発覚し、彼女を愛していると宣言。アナスタシアとの婚約破棄を告げるが── 「わかりました。でも、それには及びません。すでに婚約は破棄されております」 なんとアナスタシアは、事前に国王へ婚約破棄を申し出ており、すでに了承されていたのだ。 さらに、慰謝料もしっかりと請求済み。 「どうぞご自由に、カリーナ様とご婚約なさってください。でも、慰謝料のお支払いはお忘れなく」 驚愕するアレンを後にし、悠々と去るアナスタシア。 ところが数カ月後、生活に困窮したアレンが、再び彼女のもとへ婚約のやり直しを申し出る。 「呆れたお方ですね。そんな都合のいい話、お受けするわけがないでしょう?」 かつての婚約者の末路に興味もなく、アナスタシアは公爵家の跡取りとして堂々と日々を過ごす。 しかし、王国には彼女を取り巻く新たな陰謀の影が忍び寄っていた。 暗躍する謎の勢力、消える手紙、そして不審な襲撃──。 そんな中、王国軍の若きエリート将校ガブリエルと出会い、アナスタシアは自らの運命に立ち向かう決意を固める。 「私はもう、誰かに振り回されるつもりはありません。この王国の未来も、私自身の未来も、私の手で切り拓きます」 婚約破棄を経て、さらに強く、賢くなった公爵令嬢の痛快ざまぁストーリー! 自らの誇りを貫き、王国を揺るがす陰謀を暴く彼女の華麗なる活躍をお楽しみください。

処理中です...