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第一話 婚約破棄は、大広間で
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第一話 婚約破棄は、大広間で
王宮の大広間は、いつもよりもざわめいていた。
貴族たちの視線が、一点に集まっている。その先に立つのは、この国の王太子――フェリクス・アルノー。そして、彼の正面に静かに佇むのが、私、ミレイナ・グリューンリヒトだった。
白と金で彩られた天井。磨き上げられた床に映る無数のシャンデリアの光。ここは祝福の場であり、決して破談を告げる場所ではない。
それでも、彼は迷いなく口を開いた。
「ミレイナ・グリューンリヒト。君との婚約を、ここに破棄する」
空気が一瞬で凍りつく。
ざわ、と小さな音が波紋のように広がり、貴族たちが息を呑んだのが分かった。
――ああ、やはり。
胸の奥で、静かにそう思った。驚きも、怒りも、悲しみさえも湧いてこない。ただ、予定されていた出来事が、予定通り起きただけだ。
「理由は明白だ」
フェリクス殿下は、私の隣へ一歩進み出た少女に視線を向ける。淡い色のドレスに身を包み、庇護を求めるように一歩下がったその少女――ミュリエル。
「私は、彼女を愛している。身分は関係ない。真実の愛に、嘘はつけない」
ミュリエルは小さく身をすくめ、潤んだ瞳で周囲を見渡した。
「わ、私は……そんなつもりじゃ……。ただ、殿下が……」
その声は震えているが、逃げ出そうとはしない。守られていることを、無意識に理解している態度だった。
周囲から、同情と好奇の視線がミュリエルに集まる。一方で、私へ向けられるのは、哀れみと興味が入り混じった視線。
――捨てられた令嬢。
――気の毒な婚約者。
そんな言葉が、聞こえないはずなのに、はっきりと伝わってくる。
フェリクス殿下は、私が泣き出すか、抗議すると思っていたのだろう。わずかに眉をひそめ、様子をうかがうように私を見た。
「……何か言うことはないのか?」
私はゆっくりと顔を上げ、彼を正面から見据えた。
感情を乗せない、静かな声で答える。
「承知いたしました」
大広間が、再び静まり返る。
「婚約破棄ですね。正式なご意思として、受け取らせていただきます」
フェリクス殿下は、拍子抜けしたように目を瞬かせた。
「……それだけか?」
「はい。それだけです」
私は、にこりともせず、かといって険しくもならず、ただ淡々と告げる。
「婚約は、殿下と私、そして両家、王家を含めた正式な契約でした。殿下が破棄を宣言なさる以上、私に拒む理由はございません」
周囲が、ざわりと揺れる。
感情的にならない私の態度は、かえって異様だったのだろう。
「ただし」
私は一歩前へ進み、殿下の目を見た。
「手続きにつきましては、後日、正式に進めさせていただきます。補償、名誉の回復、ならびに今後の取り決めについても」
「……補償?」
殿下の声が、わずかに上ずる。
「ええ。婚約破棄には、当然のことですわ」
私は微かに首を傾げた。
「まさか、恋を理由にすれば、すべてが無かったことになるとお思いではありませんよね?」
空気が、ぴしりと張りつめる。
フェリクス殿下は、苛立ちを隠さぬ表情で私を睨んだ。
「君は、まだそんなことを言うのか。愛の前では、契約など――」
「殿下」
静かに遮る。
「愛は否定いたしません。でも、それと責任は別のものです」
私は一礼した。
「本日は、これで失礼いたします。これ以上ここに居るのは、場違いでしょうから」
そう言って踵を返すと、背後で誰かが息を呑む気配がした。
泣き叫びもしない。縋りつきもしない。私はただ、婚約者としての役目を終えただけだ。
大広間を出る直前、ふと振り返る。
フェリクス殿下は、困惑と苛立ちを滲ませた顔で立ち尽くし、ミュリエルは不安そうに彼の袖を掴んでいた。
――大丈夫。
――彼が守ってくれる。
そう信じている顔。
私は、心の中で静かに結論づける。
この婚約破棄は、終わりではない。
むしろ、ここから始まるのだ。
契約を破った責任が、どれほど重いのか。
それを、王太子殿下はまだ知らない。
そして私は――
それを、丁寧に、順を追って教えて差し上げるつもりだった。
王宮の大広間は、いつもよりもざわめいていた。
貴族たちの視線が、一点に集まっている。その先に立つのは、この国の王太子――フェリクス・アルノー。そして、彼の正面に静かに佇むのが、私、ミレイナ・グリューンリヒトだった。
白と金で彩られた天井。磨き上げられた床に映る無数のシャンデリアの光。ここは祝福の場であり、決して破談を告げる場所ではない。
それでも、彼は迷いなく口を開いた。
「ミレイナ・グリューンリヒト。君との婚約を、ここに破棄する」
空気が一瞬で凍りつく。
ざわ、と小さな音が波紋のように広がり、貴族たちが息を呑んだのが分かった。
――ああ、やはり。
胸の奥で、静かにそう思った。驚きも、怒りも、悲しみさえも湧いてこない。ただ、予定されていた出来事が、予定通り起きただけだ。
「理由は明白だ」
フェリクス殿下は、私の隣へ一歩進み出た少女に視線を向ける。淡い色のドレスに身を包み、庇護を求めるように一歩下がったその少女――ミュリエル。
「私は、彼女を愛している。身分は関係ない。真実の愛に、嘘はつけない」
ミュリエルは小さく身をすくめ、潤んだ瞳で周囲を見渡した。
「わ、私は……そんなつもりじゃ……。ただ、殿下が……」
その声は震えているが、逃げ出そうとはしない。守られていることを、無意識に理解している態度だった。
周囲から、同情と好奇の視線がミュリエルに集まる。一方で、私へ向けられるのは、哀れみと興味が入り混じった視線。
――捨てられた令嬢。
――気の毒な婚約者。
そんな言葉が、聞こえないはずなのに、はっきりと伝わってくる。
フェリクス殿下は、私が泣き出すか、抗議すると思っていたのだろう。わずかに眉をひそめ、様子をうかがうように私を見た。
「……何か言うことはないのか?」
私はゆっくりと顔を上げ、彼を正面から見据えた。
感情を乗せない、静かな声で答える。
「承知いたしました」
大広間が、再び静まり返る。
「婚約破棄ですね。正式なご意思として、受け取らせていただきます」
フェリクス殿下は、拍子抜けしたように目を瞬かせた。
「……それだけか?」
「はい。それだけです」
私は、にこりともせず、かといって険しくもならず、ただ淡々と告げる。
「婚約は、殿下と私、そして両家、王家を含めた正式な契約でした。殿下が破棄を宣言なさる以上、私に拒む理由はございません」
周囲が、ざわりと揺れる。
感情的にならない私の態度は、かえって異様だったのだろう。
「ただし」
私は一歩前へ進み、殿下の目を見た。
「手続きにつきましては、後日、正式に進めさせていただきます。補償、名誉の回復、ならびに今後の取り決めについても」
「……補償?」
殿下の声が、わずかに上ずる。
「ええ。婚約破棄には、当然のことですわ」
私は微かに首を傾げた。
「まさか、恋を理由にすれば、すべてが無かったことになるとお思いではありませんよね?」
空気が、ぴしりと張りつめる。
フェリクス殿下は、苛立ちを隠さぬ表情で私を睨んだ。
「君は、まだそんなことを言うのか。愛の前では、契約など――」
「殿下」
静かに遮る。
「愛は否定いたしません。でも、それと責任は別のものです」
私は一礼した。
「本日は、これで失礼いたします。これ以上ここに居るのは、場違いでしょうから」
そう言って踵を返すと、背後で誰かが息を呑む気配がした。
泣き叫びもしない。縋りつきもしない。私はただ、婚約者としての役目を終えただけだ。
大広間を出る直前、ふと振り返る。
フェリクス殿下は、困惑と苛立ちを滲ませた顔で立ち尽くし、ミュリエルは不安そうに彼の袖を掴んでいた。
――大丈夫。
――彼が守ってくれる。
そう信じている顔。
私は、心の中で静かに結論づける。
この婚約破棄は、終わりではない。
むしろ、ここから始まるのだ。
契約を破った責任が、どれほど重いのか。
それを、王太子殿下はまだ知らない。
そして私は――
それを、丁寧に、順を追って教えて差し上げるつもりだった。
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