選ばれなかった令嬢は、何も選ばずにすべてを手に入れる

ふわふわ

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第五話 興味という名の兆し

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第五話 興味という名の兆し

 茶会の翌朝、私はいつもより少し早く目を覚ました。
 昨夜は特別な出来事があったわけではない。誰かと深い会話を交わしたわけでも、感情が揺れ動いたわけでもない。それでも、頭の奥が冴えたまま、眠りが浅かった。

 理由は分かっている。

 ――視線だ。

 沈黙を選んだ私を、最後まで観察していた、あの冷静な眼差し。
 ディートリヒ・シュヴァルツヴァルト公爵。

 彼は、哀れむことも、詮索することもなく、ただ状況を測るように見ていた。
 その距離感が、妙に心に残っていた。

 私は寝台を降り、身支度を整える。
 今日も、泣き崩れる予定はない。悲嘆に暮れる時間も取らない。

 代わりに、やるべきことがある。

 机に向かい、昨日の茶会で交わされた会話や、視線の動きを思い返す。
 誰が同情し、誰が警戒し、誰が距離を保とうとしていたか。

 そして――
 誰が、興味を示していたか。

 興味は、敵意でも好意でもない。
 だが、次に動く可能性を秘めている。

 侍女が、朝の紅茶を運んできた。

「お嬢様、昨夜はよくお休みになれましたか?」

「ええ。少し、考え事をしていただけよ」

 それは嘘ではない。
 私は、過去ではなく、これからについて考えていた。

 婚約破棄という事実は、すでに社交界に行き渡っている。
 だが、評価はまだ定まっていない。

 可哀想な令嬢。
 奇妙な女。
 冷たい人。

 それらはすべて、仮のラベルだ。
 どれが定着するかは、これからの私の動き次第。

 ――そして、それを見極めようとしている人物がいる。

 昼前、王宮から一通の書状が届いた。
 形式ばった文面。差出人は、王宮書記局。

 内容は簡潔だった。

 「婚約破棄に関する事務的確認のため、近日中に協議の場を設けたい」

 私は読み終え、静かに紙を机に置く。

「……ようやく、ですね」

 事務的確認。
 つまり、これまで意図的に避けられていた話題に、ようやく向き合わざるを得なくなったということ。

 逃げ続けることはできない。
 それを、王宮側も理解し始めたのだろう。

 私は返書を書くため、ペンを取った。

 感情は込めない。
 過度な丁寧さも、攻撃的な言い回しも不要。

 淡々と、しかし曖昧さのない言葉で、日時の調整に応じる旨を記す。

 それだけで十分だ。

 書き終えたところで、ふと、別の知らせが頭をよぎった。
 茶会の主催者から、さりげなく伝えられた一言。

「昨日は、公爵も興味深そうにしていらっしゃいましたわ」

 そのときは、曖昧に微笑んで流した。
 だが、今になって、その意味がはっきりしてくる。

 興味深い、という評価は、安易な同情よりも、ずっと重い。

 午後、私は屋敷の庭を歩いていた。
 柔らかな風が、木々の葉を揺らす。婚約破棄の騒ぎが嘘のような、穏やかな時間。

 だが、静かな場所ほど、思考は深く潜る。

 ディートリヒ公爵は、王宮でも特異な立場にある。
 感情ではなく、実務と結果で評価される男。

 もし彼が、今回の件を「興味深い」と見たのなら――
 それは、単なる恋愛騒動ではなく、制度と責任の問題として捉えているということ。

 私は、足を止めた。

 ――味方か、観察者か。

 今の時点では、どちらでもいい。
 だが、少なくとも彼は、私を軽んじてはいない。

 それは、大きな違いだった。

 夕方、再び書状が届く。
 今度は、私が予想していなかった差出人。

 封を切り、内容に目を通した瞬間、わずかに目を見開いた。

 そこには、簡潔な文面で、こう記されていた。

 「近日予定されている協議の件について、必要であれば助言を惜しまない。
  感情ではなく、構造の話として捉えるならば」

 署名は、ディートリヒ・シュヴァルツヴァルト。

 ――やはり。

 私は、ふっと小さく息を吐いた。

 直接的な支援でも、露骨な肩入れでもない。
 ただ、選択肢を提示するだけの書き方。

 それが、彼らしい。

 私は返事を書くことはせず、書状を静かに机に置いた。
 今すぐ答える必要はない。

 だが、一つだけ、はっきりしたことがある。

 私は、独りではない。

 婚約破棄の渦中で、泣き崩れる役割を選ばなかったことで、
 私は、興味という名の視線を引き寄せていた。

 それは、危険でもあり、好機でもある。

 夜、灯りを落とす前に、私はもう一度、書状に目をやった。

 興味を持たれるということは、
 次に何をするか、見られているということ。

 ならば、応えよう。

 期待にではなく、評価に。

 私は、静かに決意を新たにした。

 この婚約破棄は、私の価値を下げる出来事ではない。
 むしろ、それを測り直すための、始まりなのだから。
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