選ばれなかった令嬢は、何も選ばずにすべてを手に入れる

ふわふわ

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第十一話 評価は静かに移る

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第十一話 評価は静かに移る

 王宮を出てから、数日が過ぎた。
 空気は落ち着きを取り戻したように見えたが、内側では確実に変化が進んでいる。私はそれを、騒ぎではなく、静かな流れとして感じ取っていた。

 屋敷の書斎で、私は王都から届いた報告書に目を通していた。紙の擦れる音だけが、部屋に響く。内容は淡々としているが、行間にははっきりとした兆しがあった。

 ――重臣の会合で、王太子の判断力について議論があった。
 ――今後の政務において、補佐体制の見直しが検討されている。
 ――グリューンリヒト家の対応は「冷静で妥当」との評価。

 私はページをめくり、深く息を吐いた。

 評価は、声高に宣言されるものではない。
 それは、少しずつ、静かに移っていく。

 かつて私は、王太子妃候補として見られていた。
 今は――「判断できる当事者」として見られている。

 それは、望んだ役割ではなかったかもしれない。
 だが、拒む理由もなかった。

 午後、父の補佐官が訪ねてきた。
 彼は一礼すると、控えめに言葉を切り出す。

「お嬢様。近頃、社交界でのお名前の出方が変わっています」

「どのように?」

「同情や噂ではなく……相談、です」

 私は、少し驚いた。

「相談?」

「はい。婚約や契約の整理について、非公式に意見を求められることが増えています」

 思わず、口元が緩む。

 ――評価が、移った。

 泣き崩れなかったこと。
 感情で訴えなかったこと。
 制度として筋を通したこと。

 それらが、静かに信頼へと変わっている。

「受ける必要はありません。お断りしても構いませんよ」

 補佐官が念を押す。

「いいえ」

 私は首を振った。

「すべては無理でも、話は聞きます。整理するだけなら、害はありません」

 それは、親切心ではない。
 自分の立ち位置を、さらに明確にするためだ。

 夕刻、私は久しぶりに小規模な集まりへ顔を出した。
 華やかさを競う場ではなく、情報と立場を確認するための会。

 視線は集まるが、以前のような好奇や哀れみはない。
 代わりにあるのは、測るような慎重さ。

「ごきげんよう、ミレイナ様」

「お久しぶりです」

 交わされる挨拶は、対等だった。

 会話の中で、私は意図的に、婚約破棄の話題を出さなかった。
 だが、相手の方から切り出される。

「……ご経験を踏まえて、お聞きしたいのですが」

 そう前置きされる時点で、立場は明らかだ。

「感情と契約を、どう切り分けるべきだと思われますか?」

 私は少し考え、答えた。

「切り分ける、というより……混ぜないことです」

 相手が息を呑むのを感じる。

「感情は、個人の内側に置くもの。契約は、外側に示すもの。どちらも否定せず、場所を間違えないことが大切だと思います」

 それ以上、踏み込まない。
 説教もしない。

 だが、その言葉は、確かに届いた。

 会が終わり、屋敷へ戻る馬車の中で、私は夜景を眺めていた。
 王都の灯りは、変わらず美しい。

 ふと、ディートリヒ・シュヴァルツヴァルト公爵の姿が脳裏に浮かぶ。
 彼は、今の私をどう見ているだろうか。

 哀れな元婚約者でも、感情的な被害者でもない。
 ――判断の重さを理解する者。

 それが、彼の評価であればいい。

 屋敷に着くと、一通の書状が待っていた。
 差出人を見て、私はわずかに眉を上げる。

 ディートリヒ公爵。

 封を切ると、短い文面が目に入った。

 「近頃、君の名前を聞くことが増えた。
  騒ぎではなく、評価として。
  それは、容易ではない。よく耐えた」

 私は、書状を静かに畳んだ。

 耐えた、という言葉が、胸に残る。
 戦ったのではない。
 耐え、立ち、崩れなかっただけだ。

 夜、灯りを落とす前に、私は考える。

 評価は、もう私の外にある。
 自分で操作するものではない。

 だからこそ、次に選ぶ行動が重要になる。

 私は、何者でありたいのか。
 誰かに選ばれる存在か。
 それとも――自分で立つ存在か。

 答えは、すでに出ている。

 静かに、しかし確かに。
 評価は移り、立場は固まりつつある。

 そして私は、その流れの中で、
 自分の足で立ち続けることを選んでいた。
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