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第十話 選ばれなかった重さ
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第十話 選ばれなかった重さ
王宮からの召喚状が届いたのは、朝の光がようやく屋敷に差し込み始めた頃だった。
封蝋は簡素。文面も簡潔。だが、そこに記された日時と議題は、軽いものではない。
――王太子フェリクス・アルノーの判断に関する確認。
――婚約破棄後の処遇と責任の所在。
私は紙を畳み、机に置いた。
胸の内に、奇妙な静けさが広がる。緊張はあるが、動揺はない。ここまで来ると、感情は役に立たない。役に立つのは、準備と位置取りだけだ。
身支度を整えながら、私は自分の歩みを振り返った。
泣かなかった。
叫ばなかった。
誰かを糾弾する言葉も、あえて使わなかった。
その結果、ここにいる。
王宮へ向かう馬車の中、私は視線を外に向けた。人々はいつも通りの朝を迎えている。市場は開き、鐘は鳴り、日常は流れている。だが、王宮の内側では、確かに何かが測られている。
――重さ、だ。
会議室に入ると、空気は張り詰めていた。
書記局の役人、重臣数名、そして――ディートリヒ・シュヴァルツヴァルト公爵。彼はいつもと変わらぬ無表情で席に着いている。私と目が合うと、短く頷いた。
最後に、フェリクス殿下が現れた。
顔色は冴えない。歩調は早いが、視線が定まらない。かつての自信に満ちた姿は影を潜め、代わりに焦りが覗いていた。
会議は、事実の確認から始まった。
発言の経緯。
手続きの欠落。
重臣たちから寄せられた意見書。
一つひとつが、静かに読み上げられる。声は淡々としているが、その積み重ねが示すのは明確だった。
――判断が、軽い。
フェリクス殿下は、幾度か口を挟もうとしたが、そのたびに議事は事実へと引き戻される。感情的な弁明は、ここでは意味を持たない。
「殿下」
私は、求められて初めて口を開いた。
「私から申し上げることは、これまでと変わりません。婚約破棄そのものを責めるつもりはありません。ただ、その選択に伴う責任を、明確にしていただきたいだけです」
フェリクス殿下は、私を見た。
その視線に、わずかな苛立ちと、理解しきれない戸惑いが混じっている。
「……君は、冷たすぎる」
その言葉に、部屋の空気が揺れた。
私は首を振る。
「冷たいのではありません。選択の重さを、測っているだけです」
沈黙。
それを破ったのは、ディートリヒ公爵だった。
「選ばれなかったものにも、重さはある」
低く、しかしはっきりとした声。
「殿下は、愛を選んだ。ならば、選ばれなかった責務の重さも、引き受けねばならない」
フェリクス殿下は、言葉を失った。
重臣の一人が、慎重に結論を示す。
「本件については、王太子殿下の判断が、制度上の不備を招いたことは否定できません。よって――」
その先は、形式的な言葉が続いた。
だが、要点は一つだ。
責任は、王太子に帰する。
会議が終わり、席を立つとき、フェリクス殿下は私に背を向けたまま、低く言った。
「……君を、選ばなかったことを、後悔する日が来るのだろうか」
私は一瞬、足を止めた。
だが、振り返らない。
「それは、私が決めることではありません」
そう答え、部屋を出た。
回廊を歩きながら、胸の奥に小さな痛みが走る。
それは未練ではない。
失われた可能性への、静かな弔いだ。
選ばれなかったのは、私ではない。
軽さを選び、重さを選ばなかった判断だ。
外に出ると、空は澄み渡っていた。
私は深く息を吸い、歩き出す。
この先、私が選ぶのは――
誰かの感情に寄りかかる未来ではない。
自分の足で立ち、選び、引き受ける未来だ。
王宮の門が背後で閉じる音を聞きながら、私は確信していた。
選ばれなかった重さは、
やがて、選ばなかった者の肩に戻る。
それが、制度であり、現実であり、
そして――この国の重さなのだから。
王宮からの召喚状が届いたのは、朝の光がようやく屋敷に差し込み始めた頃だった。
封蝋は簡素。文面も簡潔。だが、そこに記された日時と議題は、軽いものではない。
――王太子フェリクス・アルノーの判断に関する確認。
――婚約破棄後の処遇と責任の所在。
私は紙を畳み、机に置いた。
胸の内に、奇妙な静けさが広がる。緊張はあるが、動揺はない。ここまで来ると、感情は役に立たない。役に立つのは、準備と位置取りだけだ。
身支度を整えながら、私は自分の歩みを振り返った。
泣かなかった。
叫ばなかった。
誰かを糾弾する言葉も、あえて使わなかった。
その結果、ここにいる。
王宮へ向かう馬車の中、私は視線を外に向けた。人々はいつも通りの朝を迎えている。市場は開き、鐘は鳴り、日常は流れている。だが、王宮の内側では、確かに何かが測られている。
――重さ、だ。
会議室に入ると、空気は張り詰めていた。
書記局の役人、重臣数名、そして――ディートリヒ・シュヴァルツヴァルト公爵。彼はいつもと変わらぬ無表情で席に着いている。私と目が合うと、短く頷いた。
最後に、フェリクス殿下が現れた。
顔色は冴えない。歩調は早いが、視線が定まらない。かつての自信に満ちた姿は影を潜め、代わりに焦りが覗いていた。
会議は、事実の確認から始まった。
発言の経緯。
手続きの欠落。
重臣たちから寄せられた意見書。
一つひとつが、静かに読み上げられる。声は淡々としているが、その積み重ねが示すのは明確だった。
――判断が、軽い。
フェリクス殿下は、幾度か口を挟もうとしたが、そのたびに議事は事実へと引き戻される。感情的な弁明は、ここでは意味を持たない。
「殿下」
私は、求められて初めて口を開いた。
「私から申し上げることは、これまでと変わりません。婚約破棄そのものを責めるつもりはありません。ただ、その選択に伴う責任を、明確にしていただきたいだけです」
フェリクス殿下は、私を見た。
その視線に、わずかな苛立ちと、理解しきれない戸惑いが混じっている。
「……君は、冷たすぎる」
その言葉に、部屋の空気が揺れた。
私は首を振る。
「冷たいのではありません。選択の重さを、測っているだけです」
沈黙。
それを破ったのは、ディートリヒ公爵だった。
「選ばれなかったものにも、重さはある」
低く、しかしはっきりとした声。
「殿下は、愛を選んだ。ならば、選ばれなかった責務の重さも、引き受けねばならない」
フェリクス殿下は、言葉を失った。
重臣の一人が、慎重に結論を示す。
「本件については、王太子殿下の判断が、制度上の不備を招いたことは否定できません。よって――」
その先は、形式的な言葉が続いた。
だが、要点は一つだ。
責任は、王太子に帰する。
会議が終わり、席を立つとき、フェリクス殿下は私に背を向けたまま、低く言った。
「……君を、選ばなかったことを、後悔する日が来るのだろうか」
私は一瞬、足を止めた。
だが、振り返らない。
「それは、私が決めることではありません」
そう答え、部屋を出た。
回廊を歩きながら、胸の奥に小さな痛みが走る。
それは未練ではない。
失われた可能性への、静かな弔いだ。
選ばれなかったのは、私ではない。
軽さを選び、重さを選ばなかった判断だ。
外に出ると、空は澄み渡っていた。
私は深く息を吸い、歩き出す。
この先、私が選ぶのは――
誰かの感情に寄りかかる未来ではない。
自分の足で立ち、選び、引き受ける未来だ。
王宮の門が背後で閉じる音を聞きながら、私は確信していた。
選ばれなかった重さは、
やがて、選ばなかった者の肩に戻る。
それが、制度であり、現実であり、
そして――この国の重さなのだから。
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