11 / 40
第11話 王太子妃としての“期待値”という名の重圧
しおりを挟む
第11話 王太子妃としての“期待値”という名の重圧
その日の予定表を見た瞬間、ルナ・ルクスは、静かに理解した。
――今日は、「説明」が来ますわね。
王宮からの正式な招待。
名目は「近況報告」。
実態は、「期待値の共有」。
前世で何度も経験した。
評価面談の前段階。
まだ叱責ではない。
だが、軌道修正を求める合図だ。
王宮の応接間は、いつ来ても空気が違う。
豪奢だが、温度がない。
歓迎されているのに、寛げない。
ルナは、定められた席に腰を下ろし、背筋を伸ばした。
今日のドレスは控えめだが質の良いもの。
目立たず、だが軽んじられない選択。
やがて、ユピテル・アストラが姿を現す。
今日も、完璧な王太子だった。
「時間を取ってくれてありがとう、ルナ」
「とんでもございません。お招きいただき光栄ですわ」
形式的な挨拶が交わされ、紅茶が運ばれる。
数分の世間話のあと、彼は本題に入った。
「最近、君について、少し気になる声が上がっていてね」
来ましたわね、とルナは内心で思う。
だが、表情は変えない。
「どのような声でしょうか」
ユピテルは一瞬、言葉を選ぶ。
この人は、悪意を持って人を傷つけることができない。
だからこそ、正論で追い詰める。
「君は……少し、距離を取っているように見える」
距離。
便利な言葉だ。
「王太子妃となる立場であれば、
もう少し前に出て、
模範を示す必要があるのではないか、と」
ルナは、紅茶に視線を落とした。
一拍。
そして、静かに口を開く。
「“前に出る”とは、具体的に、
どのような行動を指すのでしょうか」
ユピテルは、少し安心したように続ける。
議論に応じる姿勢を見せたからだ。
「式典への積極的な参加。
慈善事業への関与。
王都での存在感……」
聞きながら、ルナは項目を頭の中で整理していく。
式典。
→ 出席時間:長い
→ 成果:象徴的
→ 評価:曖昧
慈善事業。
→ 実務:現場任せ
→ 評価:名義貸し
→ 責任:問題発生時のみ発生
存在感。
→ 定義不明
→ 評価者:不特定多数
→ 失点:常にあり
――なるほど。
ルナは、微笑んだ。
社交用の、完璧な微笑みだ。
「殿下のお考えは、理解できますわ」
それは嘘ではない。
本当に、理解はしている。
「ですが……」
その一言で、空気がわずかに変わる。
「私は、
“何をすれば評価されるか分からない役割”を、
これ以上増やすことに、
少し不安を感じておりますの」
ユピテルは眉をひそめた。
彼にとって、これは想定外の返答だ。
「不安、というのは?」
ルナは、言葉を選ぶ。
ここで感情を出してはいけない。
理屈で話す。
「前に出れば、目立ちます。
目立てば、批判も集まります。
ですが、成果は形にならず、
評価は曖昧なまま」
一拍置く。
「それは……
王太子妃という役割に対して、
あまりにも、コストが高いように思えるのです」
ユピテルは、少しだけ黙り込んだ。
彼は、ルナが“怠けたい”わけではないと、
この時点で理解している。
だからこそ、困惑している。
「……君は、効率を重視するんだね」
「はい。
前世でも、そうでしたから」
思わず、口に出てしまった言葉。
だが、誤魔化さない。
「私は、努力を否定していません。
ただ、“努力した感”だけを求められる役割は、
得意ではありませんの」
沈黙が落ちる。
王宮の応接間は、相変わらず豪奢で、静かだった。
だが、二人の間には、
はっきりとした価値観の差が横たわっている。
ユピテルは、ゆっくりと息を吐いた。
「君は……
王太子妃として、
もう少し“理想”を見てほしい」
ルナは、その言葉を否定しない。
ただ、静かに返す。
「殿下。
理想は、とても大切ですわ」
そして、はっきりと言った。
「ですが、
理想のために潰れる役割は、
私は引き受けません」
それは宣言ではない。
脅しでもない。
ただの、立場確認だった。
面談は、それ以上深まらずに終わった。
別れ際、ユピテルはいつも通り丁寧だった。
だが、その背中には、迷いが見えた。
馬車に揺られながら、ルナは窓の外を見る。
王都の街並みは、少しずつ静かになっている。
――期待値、ですか。
それは、
成果を示さず、
責任だけを増やす装置。
前世で、何度も押し付けられたものだ。
ルナ・ルクスは、心の中で、静かに確認する。
この婚約は、
私に“期待される”ほど、
私を消耗させる。
それは、
愛でも、信頼でもない。
ただの、
過剰な業務負荷だった。
そして彼女は、
はっきりと理解し始めていた。
――これはもう、
調整では済まない段階に、
入りつつありますわね。
その日の予定表を見た瞬間、ルナ・ルクスは、静かに理解した。
――今日は、「説明」が来ますわね。
王宮からの正式な招待。
名目は「近況報告」。
実態は、「期待値の共有」。
前世で何度も経験した。
評価面談の前段階。
まだ叱責ではない。
だが、軌道修正を求める合図だ。
王宮の応接間は、いつ来ても空気が違う。
豪奢だが、温度がない。
歓迎されているのに、寛げない。
ルナは、定められた席に腰を下ろし、背筋を伸ばした。
今日のドレスは控えめだが質の良いもの。
目立たず、だが軽んじられない選択。
やがて、ユピテル・アストラが姿を現す。
今日も、完璧な王太子だった。
「時間を取ってくれてありがとう、ルナ」
「とんでもございません。お招きいただき光栄ですわ」
形式的な挨拶が交わされ、紅茶が運ばれる。
数分の世間話のあと、彼は本題に入った。
「最近、君について、少し気になる声が上がっていてね」
来ましたわね、とルナは内心で思う。
だが、表情は変えない。
「どのような声でしょうか」
ユピテルは一瞬、言葉を選ぶ。
この人は、悪意を持って人を傷つけることができない。
だからこそ、正論で追い詰める。
「君は……少し、距離を取っているように見える」
距離。
便利な言葉だ。
「王太子妃となる立場であれば、
もう少し前に出て、
模範を示す必要があるのではないか、と」
ルナは、紅茶に視線を落とした。
一拍。
そして、静かに口を開く。
「“前に出る”とは、具体的に、
どのような行動を指すのでしょうか」
ユピテルは、少し安心したように続ける。
議論に応じる姿勢を見せたからだ。
「式典への積極的な参加。
慈善事業への関与。
王都での存在感……」
聞きながら、ルナは項目を頭の中で整理していく。
式典。
→ 出席時間:長い
→ 成果:象徴的
→ 評価:曖昧
慈善事業。
→ 実務:現場任せ
→ 評価:名義貸し
→ 責任:問題発生時のみ発生
存在感。
→ 定義不明
→ 評価者:不特定多数
→ 失点:常にあり
――なるほど。
ルナは、微笑んだ。
社交用の、完璧な微笑みだ。
「殿下のお考えは、理解できますわ」
それは嘘ではない。
本当に、理解はしている。
「ですが……」
その一言で、空気がわずかに変わる。
「私は、
“何をすれば評価されるか分からない役割”を、
これ以上増やすことに、
少し不安を感じておりますの」
ユピテルは眉をひそめた。
彼にとって、これは想定外の返答だ。
「不安、というのは?」
ルナは、言葉を選ぶ。
ここで感情を出してはいけない。
理屈で話す。
「前に出れば、目立ちます。
目立てば、批判も集まります。
ですが、成果は形にならず、
評価は曖昧なまま」
一拍置く。
「それは……
王太子妃という役割に対して、
あまりにも、コストが高いように思えるのです」
ユピテルは、少しだけ黙り込んだ。
彼は、ルナが“怠けたい”わけではないと、
この時点で理解している。
だからこそ、困惑している。
「……君は、効率を重視するんだね」
「はい。
前世でも、そうでしたから」
思わず、口に出てしまった言葉。
だが、誤魔化さない。
「私は、努力を否定していません。
ただ、“努力した感”だけを求められる役割は、
得意ではありませんの」
沈黙が落ちる。
王宮の応接間は、相変わらず豪奢で、静かだった。
だが、二人の間には、
はっきりとした価値観の差が横たわっている。
ユピテルは、ゆっくりと息を吐いた。
「君は……
王太子妃として、
もう少し“理想”を見てほしい」
ルナは、その言葉を否定しない。
ただ、静かに返す。
「殿下。
理想は、とても大切ですわ」
そして、はっきりと言った。
「ですが、
理想のために潰れる役割は、
私は引き受けません」
それは宣言ではない。
脅しでもない。
ただの、立場確認だった。
面談は、それ以上深まらずに終わった。
別れ際、ユピテルはいつも通り丁寧だった。
だが、その背中には、迷いが見えた。
馬車に揺られながら、ルナは窓の外を見る。
王都の街並みは、少しずつ静かになっている。
――期待値、ですか。
それは、
成果を示さず、
責任だけを増やす装置。
前世で、何度も押し付けられたものだ。
ルナ・ルクスは、心の中で、静かに確認する。
この婚約は、
私に“期待される”ほど、
私を消耗させる。
それは、
愛でも、信頼でもない。
ただの、
過剰な業務負荷だった。
そして彼女は、
はっきりと理解し始めていた。
――これはもう、
調整では済まない段階に、
入りつつありますわね。
11
あなたにおすすめの小説
【完結】転生地味悪役令嬢は婚約者と男好きヒロイン諸共無視しまくる。
なーさ
恋愛
アイドルオタクの地味女子 水上羽月はある日推しが轢かれそうになるのを助けて死んでしまう。そのことを不憫に思った女神が「あなた、可哀想だから転生!」「え?」なんの因果か異世界に転生してしまう!転生したのは地味な公爵令嬢レフカ・エミリーだった。目が覚めると私の周りを大人が囲っていた。婚約者の第一王子も男好きヒロインも無視します!今世はうーん小説にでも生きようかな〜と思ったらあれ?あの人は前世の推しでは!?地味令嬢のエミリーが知らず知らずのうちに戦ったり溺愛されたりするお話。
本当に駄文です。そんなものでも読んでお気に入り登録していただけたら嬉しいです!
「地味ブス」と捨てられた私、文化祭の大型スクリーンで王子様の裏の顔を全校生に配信します
スカッと文庫
恋愛
「お前みたいな地味女、引き立て役にもならないんだよ」
眼鏡にボサボサ頭の特待生・澪(みお)は、全校生徒が見守る中、恋人だった学園の王子・ハルトから冷酷に捨てられた。
隣には、可憐な微笑みを浮かべる転校生・エマ。
エマの自作自演により「いじめの犯人」という濡れ衣まで着せられ、学園中から蔑まれる澪。
しかし、彼女を嘲笑う者たちはまだ知らない。
彼女が眼鏡の奥に、誰もが平伏す「真実の美貌」と、学園さえも支配できる「最強の背景」を隠していることを――。
「……ねぇ、文化祭、最高のステージにしてあげる」
裏切りへのカウントダウンが今、始まる。
スクリーンの裏側を暴き、傲慢な王子と偽りのヒロインを奈落へ突き落とす、痛快・学園下剋上ファンタジー!
【完結】 笑わない、かわいげがない、胸がないの『ないないない令嬢』、国外追放を言い渡される~私を追い出せば国が大変なことになりますよ?~
夏芽空
恋愛
「笑わない! かわいげがない! 胸がない! 三つのないを持つ、『ないないない令嬢』のオフェリア! 君との婚約を破棄する!」
婚約者の第一王子はオフェリアに婚約破棄を言い渡した上に、さらには国外追放するとまで言ってきた。
「私は構いませんが、この国が困ることになりますよ?」
オフェリアは国で唯一の特別な力を持っている。
傷を癒したり、作物を実らせたり、邪悪な心を持つ魔物から国を守ったりと、力には様々な種類がある。
オフェリアがいなくなれば、その力も消えてしまう。
国は困ることになるだろう。
だから親切心で言ってあげたのだが、第一王子は聞く耳を持たなかった。
警告を無視して、オフェリアを国外追放した。
国を出たオフェリアは、隣国で魔術師団の団長と出会う。
ひょんなことから彼の下で働くことになり、絆を深めていく。
一方、オフェリアを追放した国は、第一王子の愚かな選択のせいで崩壊していくのだった……。
大根令嬢の雑学無双、王弟殿下を添えて。~ 前世を思い出したので、許婚をほったらかして人助けしまくります!!
古森真朝
恋愛
気弱な伯爵令嬢のカレンは、自分勝手な婚約者レナートに振り回されていた。耐え続けていたある日、舞踏会で何者かに突き飛ばされ、階段から落ちてしまう。
その傷が元で儚く……なるかと思いきや。衝撃で前世を思い出したカレンは一転、かの『ド根性大根』みたいな超・ポジティブ人間になっていた。
『モラハラ婚約者の思惑なんぞ知るか!! 今度こそ好きなことやって、目いっぱい幸せに長生きするんだから!!!』
昔ひたすら読書に耽って身に着けた『雑学』を武器に、うっかり採れ過ぎた作物や、開墾しようとすると不幸に見舞われる土地、不治の病にかかった王族、等々の問題をどんどん解決。
領地の内外で心強い友人が出来たり、いつの間にかものすごく有名になっていたり、何かと協力してくれる王弟ヴィクトルから好意を寄せられたり(注:気付いてない)する中、温かい家族と共に仕事に励んでいく。
一方、前世から因縁のある人々もまた、こちらに転生していて――
だってわたくし、悪女ですもの
さくたろう
恋愛
妹に毒を盛ったとして王子との婚約を破棄された令嬢メイベルは、あっさりとその罪を認め、罰として城を追放、おまけにこれ以上罪を犯さないように叔父の使用人である平民ウィリアムと結婚させられてしまった。
しかしメイベルは少しも落ち込んでいなかった。敵対視してくる妹も、婚約破棄後の傷心に言い寄ってくる男も華麗に躱しながら、のびやかに幸せを掴み取っていく。
小説家になろう様にも投稿しています。
【完結】廃墟送りの悪役令嬢、大陸一の都市を爆誕させる~冷酷伯爵の溺愛も限界突破しています~
遠野エン
恋愛
王太子から理不尽な婚約破棄を突きつけられた伯爵令嬢ルティア。聖女であるライバルの策略で「悪女」の烙印を押され、すべてを奪われた彼女が追放された先は荒れ果てた「廃墟の街」。人生のどん底――かと思いきや、ルティアは不敵に微笑んだ。
「問題が山積み? つまり、改善の余地(チャンス)しかありませんわ!」
彼女には前世で凄腕【経営コンサルタント】だった知識が眠っていた。
瓦礫を資材に変えてインフラ整備、ゴロツキたちを警備隊として雇用、嫌われ者のキノコや雑草(?)を名物料理「キノコスープ」や「うどん」に変えて大ヒット!
彼女の手腕によって、死んだ街は瞬く間に大陸随一の活気あふれる自由交易都市へと変貌を遂げる!
その姿に、当初彼女を蔑んでいた冷酷伯爵シオンの心も次第に溶かされていき…。
一方、ルティアを追放した王国は経済が破綻し、崩壊寸前。焦った元婚約者の王太子がやってくるが、幸せな市民と最愛の伯爵に守られた彼女にもう死角なんてない――――。
知恵と才覚で運命を切り拓く、痛快逆転サクセス&シンデレラストーリー、ここに開幕!
自業自得じゃないですか?~前世の記憶持ち少女、キレる~
浅海 景
恋愛
前世の記憶があるジーナ。特に目立つこともなく平民として普通の生活を送るものの、本がない生活に不満を抱く。本を買うため前世知識を利用したことから、とある貴族の目に留まり貴族学園に通うことに。
本に釣られて入学したものの王子や侯爵令息に興味を持たれ、婚約者の座を狙う令嬢たちを敵に回す。本以外に興味のないジーナは、平穏な読書タイムを確保するために距離を取るが、とある事件をきっかけに最も大切なものを奪われることになり、キレたジーナは報復することを決めた。
※2024.8.5 番外編を2話追加しました!
ユーザ登録のメリット
- 毎日¥0対象作品が毎日1話無料!
- お気に入り登録で最新話を見逃さない!
- しおり機能で小説の続きが読みやすい!
1~3分で完了!
無料でユーザ登録する
すでにユーザの方はログイン
閉じる