婚約破棄されました(効率の悪い労働でした) ― 働いてない? 舞踏会は、充分重労働ですわ! ―

ふわふわ

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第19話 炎上しましたが、数字は静かでした

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第19話 炎上しましたが、数字は静かでした

 婚約破棄の翌朝。
 ルナ・ルクスの一日は、いつもと変わらず始まった。

 目覚め。
 紅茶。
 静かな報告。

 違ったのは、執事の手にある紙の厚みだけだ。

「……王都では、かなり騒がしくなっております」

 そうでしょうね、とルナは思った。
 思ったが、表情には出さない。

 机に置かれたのは、噂と批判をまとめた書類だった。

 ・王太子に逆らった公爵令嬢
 ・傲慢
 ・冷酷
 ・金で民を操る女
 ・贅沢三昧の象徴

 見事なまでに、想定通り。

 ルナは一枚ずつ目を通し、最後にまとめて閉じた。

「感情は、よく燃えますわね」

 執事が、慎重に尋ねる。
「……対応なさいますか?」

「いいえ」

 即答だった。

「“炎上”は、反論すると長引きますの。
 放っておけば、勝手に燃え尽きますわ」

 前世で、何度も見た光景だ。
 騒いでいるのは、実務に関わらない人間ほど多い。

 そして――
 数字は、感情に付き合わない。

 午前、定例の報告が届く。

 市場の取引量。
 工房の稼働率。
 道路工事の進捗。
 孤児院の就学状況。

 どれも、前週比で安定。
 むしろ、一部は改善している。

「……炎上中ですが、
 領内経済は、静かに回っています」

 執事の言葉に、ルナは満足そうにうなずいた。

「ええ。
 働いているのは、私ではなく、
 仕組みですもの」

 午後、意外な来客があった。

 王都の中規模商会の代表。
 かつては王太子派寄りだった人物だ。

「……今日は、ご無礼を承知で参りました」

 彼は、深く頭を下げる。

「婚約破棄の件で、
 世間では色々と言われておりますが……
 正直に申し上げます」

 少しだけ間を置き、続けた。

「我々は、ルクス公爵領との取引を、
 今後も続けたい」

 ルナは、驚かなかった。
 むしろ、当然だと思った。

「理由を、伺っても?」

「簡単です。
 約束を守るからです」

 価格を下げろと言わない。
 急な変更をしない。
 感情で方針を変えない。

 それだけで、どれほど商人が助かるか。

「……王都では、
 方針が日替わりで変わります。
 倹約だ、支援だ、また倹約だと」

 彼は苦笑する。

「正直、
 どこで働けばいいのか、分からない」

 ルナは、静かに答えた。

「でしたら、
 変わらない場所で、
 淡々と働けばよろしいですわ」

 それは、慰めではない。
 事実だ。

 夕方、噂はさらに広がった。

 王都の一部では、
「やはり、ルクス公爵令嬢は危険だ」
という声が上がる一方で、

 別の場所では、
「彼女の領地は、今も仕事がある」
という現実的な評価も出始めていた。

 人は、
 思想よりも、
 生活を選ぶ。

 夜。
 ルナは庭園を歩きながら、少しだけ空を見上げた。

 ――炎上。

 前世では、それが怖かった。
 評価を失うこと。
 居場所を失うこと。

 だが今は、違う。

 評価は、
 噂ではなく、
 結果で決まる。

 そして居場所は、
 肩書きではなく、
 回っている現場が作る。

 書斎に戻り、ノートを開く。

 ・婚約破棄後も取引継続
 ・税収、横ばい以上
・雇用、安定
・炎上、想定内

 最後に、一言だけ付け足す。

 ――感情が騒いでも、
 経済は冷静。

 それが、ルナ・ルクスの確信だった。

 婚約破棄は、
 社会的には“事件”だ。

 だが、
 経済的には――
 ノイズにすぎない。

 そして彼女は、今日も何もしない。

 いや、正確には――
 何も変えない。

 それこそが、
 この混乱の中で、
 最も価値のある行為だと、
 彼女は知っていた。

 炎は燃え、
 やがて消える。

 だが、
 数字は、
 静かに積み上がり続けていた。
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