婚約破棄されました(効率の悪い労働でした) ― 働いてない? 舞踏会は、充分重労働ですわ! ―

ふわふわ

文字の大きさ
19 / 40

第19話 炎上しましたが、数字は静かでした

しおりを挟む
第19話 炎上しましたが、数字は静かでした

 婚約破棄の翌朝。
 ルナ・ルクスの一日は、いつもと変わらず始まった。

 目覚め。
 紅茶。
 静かな報告。

 違ったのは、執事の手にある紙の厚みだけだ。

「……王都では、かなり騒がしくなっております」

 そうでしょうね、とルナは思った。
 思ったが、表情には出さない。

 机に置かれたのは、噂と批判をまとめた書類だった。

 ・王太子に逆らった公爵令嬢
 ・傲慢
 ・冷酷
 ・金で民を操る女
 ・贅沢三昧の象徴

 見事なまでに、想定通り。

 ルナは一枚ずつ目を通し、最後にまとめて閉じた。

「感情は、よく燃えますわね」

 執事が、慎重に尋ねる。
「……対応なさいますか?」

「いいえ」

 即答だった。

「“炎上”は、反論すると長引きますの。
 放っておけば、勝手に燃え尽きますわ」

 前世で、何度も見た光景だ。
 騒いでいるのは、実務に関わらない人間ほど多い。

 そして――
 数字は、感情に付き合わない。

 午前、定例の報告が届く。

 市場の取引量。
 工房の稼働率。
 道路工事の進捗。
 孤児院の就学状況。

 どれも、前週比で安定。
 むしろ、一部は改善している。

「……炎上中ですが、
 領内経済は、静かに回っています」

 執事の言葉に、ルナは満足そうにうなずいた。

「ええ。
 働いているのは、私ではなく、
 仕組みですもの」

 午後、意外な来客があった。

 王都の中規模商会の代表。
 かつては王太子派寄りだった人物だ。

「……今日は、ご無礼を承知で参りました」

 彼は、深く頭を下げる。

「婚約破棄の件で、
 世間では色々と言われておりますが……
 正直に申し上げます」

 少しだけ間を置き、続けた。

「我々は、ルクス公爵領との取引を、
 今後も続けたい」

 ルナは、驚かなかった。
 むしろ、当然だと思った。

「理由を、伺っても?」

「簡単です。
 約束を守るからです」

 価格を下げろと言わない。
 急な変更をしない。
 感情で方針を変えない。

 それだけで、どれほど商人が助かるか。

「……王都では、
 方針が日替わりで変わります。
 倹約だ、支援だ、また倹約だと」

 彼は苦笑する。

「正直、
 どこで働けばいいのか、分からない」

 ルナは、静かに答えた。

「でしたら、
 変わらない場所で、
 淡々と働けばよろしいですわ」

 それは、慰めではない。
 事実だ。

 夕方、噂はさらに広がった。

 王都の一部では、
「やはり、ルクス公爵令嬢は危険だ」
という声が上がる一方で、

 別の場所では、
「彼女の領地は、今も仕事がある」
という現実的な評価も出始めていた。

 人は、
 思想よりも、
 生活を選ぶ。

 夜。
 ルナは庭園を歩きながら、少しだけ空を見上げた。

 ――炎上。

 前世では、それが怖かった。
 評価を失うこと。
 居場所を失うこと。

 だが今は、違う。

 評価は、
 噂ではなく、
 結果で決まる。

 そして居場所は、
 肩書きではなく、
 回っている現場が作る。

 書斎に戻り、ノートを開く。

 ・婚約破棄後も取引継続
 ・税収、横ばい以上
・雇用、安定
・炎上、想定内

 最後に、一言だけ付け足す。

 ――感情が騒いでも、
 経済は冷静。

 それが、ルナ・ルクスの確信だった。

 婚約破棄は、
 社会的には“事件”だ。

 だが、
 経済的には――
 ノイズにすぎない。

 そして彼女は、今日も何もしない。

 いや、正確には――
 何も変えない。

 それこそが、
 この混乱の中で、
 最も価値のある行為だと、
 彼女は知っていた。

 炎は燃え、
 やがて消える。

 だが、
 数字は、
 静かに積み上がり続けていた。
しおりを挟む
感想 0

あなたにおすすめの小説

「地味ブス」と捨てられた私、文化祭の大型スクリーンで王子様の裏の顔を全校生に配信します

スカッと文庫
恋愛
「お前みたいな地味女、引き立て役にもならないんだよ」 眼鏡にボサボサ頭の特待生・澪(みお)は、全校生徒が見守る中、恋人だった学園の王子・ハルトから冷酷に捨てられた。 隣には、可憐な微笑みを浮かべる転校生・エマ。 エマの自作自演により「いじめの犯人」という濡れ衣まで着せられ、学園中から蔑まれる澪。 しかし、彼女を嘲笑う者たちはまだ知らない。 彼女が眼鏡の奥に、誰もが平伏す「真実の美貌」と、学園さえも支配できる「最強の背景」を隠していることを――。 「……ねぇ、文化祭、最高のステージにしてあげる」 裏切りへのカウントダウンが今、始まる。 スクリーンの裏側を暴き、傲慢な王子と偽りのヒロインを奈落へ突き落とす、痛快・学園下剋上ファンタジー!

【完結】転生地味悪役令嬢は婚約者と男好きヒロイン諸共無視しまくる。

なーさ
恋愛
アイドルオタクの地味女子 水上羽月はある日推しが轢かれそうになるのを助けて死んでしまう。そのことを不憫に思った女神が「あなた、可哀想だから転生!」「え?」なんの因果か異世界に転生してしまう!転生したのは地味な公爵令嬢レフカ・エミリーだった。目が覚めると私の周りを大人が囲っていた。婚約者の第一王子も男好きヒロインも無視します!今世はうーん小説にでも生きようかな〜と思ったらあれ?あの人は前世の推しでは!?地味令嬢のエミリーが知らず知らずのうちに戦ったり溺愛されたりするお話。 本当に駄文です。そんなものでも読んでお気に入り登録していただけたら嬉しいです!

大根令嬢の雑学無双、王弟殿下を添えて。~ 前世を思い出したので、許婚をほったらかして人助けしまくります!!

古森真朝
恋愛
気弱な伯爵令嬢のカレンは、自分勝手な婚約者レナートに振り回されていた。耐え続けていたある日、舞踏会で何者かに突き飛ばされ、階段から落ちてしまう。 その傷が元で儚く……なるかと思いきや。衝撃で前世を思い出したカレンは一転、かの『ド根性大根』みたいな超・ポジティブ人間になっていた。 『モラハラ婚約者の思惑なんぞ知るか!! 今度こそ好きなことやって、目いっぱい幸せに長生きするんだから!!!』 昔ひたすら読書に耽って身に着けた『雑学』を武器に、うっかり採れ過ぎた作物や、開墾しようとすると不幸に見舞われる土地、不治の病にかかった王族、等々の問題をどんどん解決。 領地の内外で心強い友人が出来たり、いつの間にかものすごく有名になっていたり、何かと協力してくれる王弟ヴィクトルから好意を寄せられたり(注:気付いてない)する中、温かい家族と共に仕事に励んでいく。 一方、前世から因縁のある人々もまた、こちらに転生していて――

【完結】廃墟送りの悪役令嬢、大陸一の都市を爆誕させる~冷酷伯爵の溺愛も限界突破しています~

遠野エン
恋愛
王太子から理不尽な婚約破棄を突きつけられた伯爵令嬢ルティア。聖女であるライバルの策略で「悪女」の烙印を押され、すべてを奪われた彼女が追放された先は荒れ果てた「廃墟の街」。人生のどん底――かと思いきや、ルティアは不敵に微笑んだ。 「問題が山積み? つまり、改善の余地(チャンス)しかありませんわ!」 彼女には前世で凄腕【経営コンサルタント】だった知識が眠っていた。 瓦礫を資材に変えてインフラ整備、ゴロツキたちを警備隊として雇用、嫌われ者のキノコや雑草(?)を名物料理「キノコスープ」や「うどん」に変えて大ヒット! 彼女の手腕によって、死んだ街は瞬く間に大陸随一の活気あふれる自由交易都市へと変貌を遂げる! その姿に、当初彼女を蔑んでいた冷酷伯爵シオンの心も次第に溶かされていき…。 一方、ルティアを追放した王国は経済が破綻し、崩壊寸前。焦った元婚約者の王太子がやってくるが、幸せな市民と最愛の伯爵に守られた彼女にもう死角なんてない――――。 知恵と才覚で運命を切り拓く、痛快逆転サクセス&シンデレラストーリー、ここに開幕!

無魔力の令嬢、婚約者に裏切られた瞬間、契約竜が激怒して王宮を吹き飛ばしたんですが……

タマ マコト
ファンタジー
王宮の祝賀会で、無魔力と蔑まれてきた伯爵令嬢エリーナは、王太子アレクシオンから突然「婚約破棄」を宣告される。侍女上がりの聖女セレスが“新たな妃”として選ばれ、貴族たちの嘲笑がエリーナを包む。絶望に胸が沈んだ瞬間、彼女の奥底で眠っていた“竜との契約”が目を覚まし、空から白銀竜アークヴァンが降臨。彼はエリーナの涙に激怒し、王宮を半壊させるほどの力で彼女を守る。王国は震え、エリーナは自分が竜の真の主であるという運命に巻き込まれていく。

【完結】私を捨てた国のその後を見守ってみた。

satomi
恋愛
侯爵令嬢のレナは公然の場でというか、卒業パーティーで王太子殿下イズライールに婚約破棄をされた挙句、王太子殿下は男爵令嬢のラーラと婚約を宣言。 殿下は陛下や王妃様がいないときを狙ったんでしょうね。 レナの父はアルロジラ王国の宰相です。実家にはレナの兄が4名いますがみんなそろいもそろって優秀。 長男は領地経営、次男は貿易商、3男は情報屋、4男は…オカマバー経営。 レナは殿下に愛想をつかして、アルロジラ王国の行く末を見守ろうと決意するのです。 次男監修により、国交の断絶しているエミューダ帝国にて。

【完結】辺境に飛ばされた子爵令嬢、前世の経営知識で大商会を作ったら王都がひれ伏したし、隣国のハイスペ王子とも結婚できました

いっぺいちゃん
ファンタジー
婚約破棄、そして辺境送り――。 子爵令嬢マリエールの運命は、結婚式直前に無惨にも断ち切られた。 「辺境の館で余生を送れ。もうお前は必要ない」 冷酷に告げた婚約者により、社交界から追放された彼女。 しかし、マリエールには秘密があった。 ――前世の彼女は、一流企業で辣腕を振るった経営コンサルタント。 未開拓の農産物、眠る鉱山資源、誠実で働き者の人々。 「必要ない」と切り捨てられた辺境には、未来を切り拓く力があった。 物流網を整え、作物をブランド化し、やがて「大商会」を設立! 数年で辺境は“商業帝国”と呼ばれるまでに発展していく。 さらに隣国の完璧王子から熱烈な求婚を受け、愛も手に入れるマリエール。 一方で、税収激減に苦しむ王都は彼女に救いを求めて―― 「必要ないとおっしゃったのは、そちらでしょう?」 これは、追放令嬢が“経営知識”で国を動かし、 ざまぁと恋と繁栄を手に入れる逆転サクセスストーリー! ※表紙のイラストは画像生成AIによって作られたものです。

虚弱体質?の脇役令嬢に転生したので、食事療法を始めました

たくわん
恋愛
「跡継ぎを産めない貴女とは結婚できない」婚約者である公爵嫡男アレクシスから、冷酷に告げられた婚約破棄。その場で新しい婚約者まで紹介される屈辱。病弱な侯爵令嬢セラフィーナは、社交界の哀れみと嘲笑の的となった。

処理中です...