婚約破棄されました(効率の悪い労働でした) ― 働いてない? 舞踏会は、充分重労働ですわ! ―

ふわふわ

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第30話 期待されなくなった瞬間が、いちばん自由ですわ

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第30話 期待されなくなった瞬間が、いちばん自由ですわ

 その日は、
 驚くほど静かだった。

 朝の報告が、短い。

「……王都からの要請は、
 本日は届いておりません」

 執事の声には、
 ほんのわずかな戸惑いが混じっていた。

 ルナ・ルクスは、
 紅茶を注ぎながら、ふむ、と頷く。

「そうですか。
 ようやく、
 期待を外してくれましたのね」

 称賛もない。
 批判もない。
 比較もない。

 それは、
 貴族社会においては、
 ほとんど“異常”に近い。

 午前中、
 王都の会議録の写しが届く。
 そこには、
 こう書かれていた。

 ――ルクス公爵令嬢は、
 独自路線を維持。
 参考にはなるが、
 関与は期待しない。

 ルナは、
 その一文を読み、
 静かに息を吐いた。

「……やっとですわ」

 期待される、ということは、
 利用される前段階。

 期待されなくなった瞬間こそ、
 本当の意味で、
 自由になる。

 午後、
 領内の商会から定例報告。
 数字は安定。
 大きな変化はない。

 それでいい。

 成長し続ける必要はない。
 拡大し続ける義務もない。

 止まらず、
 壊れず、
 続くだけでいい。

「……何もしなくても、
 文句が来ない日が、
 一番忙しくないですわね」

 ぽつりと漏らすと、
 侍女が小さく笑った。

 夕方、
 ルナは久しぶりに、
 何の予定もない時間を持つ。

 クラシック音楽を流し、
 ソファに深く沈む。

 前世なら、
 この時間に
 “何かしていない自分”を
 責めていた。

 ――成果は?
 ――意味は?
 ――次は?

 だが、今は違う。

「成果は、
 何も起きていないことですわ」

 問題が起きない。
 責任が飛んでこない。
 会議に呼ばれない。

 これ以上の成果が、
 どこにあるというのか。

 夜、
 ノートに一行だけ書く。

 ・期待されなくなったら、勝ち

 貴族社会は、
 役割を押し付ける場所だ。

 “王太子の婚約者”
 “模範的令嬢”
 “改革の象徴”

 すべて、
 効率の悪い労働だった。

 そのすべてから、
 今は外れている。

 ルナ・ルクスは、
 カーテン越しの夜景を眺めながら、
 小さく微笑む。

「……やっと、
 本当に
 働かなくていい身分に
 なれましたわね」

 期待されない。
 求められない。
 比較されない。

 それは、
 没落ではない。

 完成だ。

 こうして第30話は、
 何も起きず、
 何も求められず、
 何も背負わない一日として、
 静かに幕を下ろす。

 そして――
 この“何もない状態”こそが、
 ルナ・ルクスの
 最大の到達点だった。
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