婚約破棄されました(効率の悪い労働でした) ― 働いてない? 舞踏会は、充分重労働ですわ! ―

ふわふわ

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第29話 正しいと言われ始めたら、距離を取る合図ですわ

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第29話 正しいと言われ始めたら、距離を取る合図ですわ

 「……最近、
 “ルクス公爵令嬢は正しい”
 という声が増えています」

 朝の報告で、執事はそう切り出した。

 ルナ・ルクスは、
 一瞬だけ、紅茶の手を止める。

「それは――
 あまり良くない兆候ですわね」

 執事は、わずかに目を見開いた。

「称賛、ではありませんか?」

「称賛と、
 正当化は違います」

 ルナは、淡々と答える。

 誰かが“正しい”と持ち上げられる時、
 そこには、
 自分は責任を負わない
 という前提が混じる。

 ――あなたが正しいのだから、
 あなたがやるべきでしょう?

 そう言われる前兆だ。

「王都の会議では、
 “ルクス式を採用すべきだ”
 という意見も出ています」

 ルナは、静かに首を横に振った。

「採用、ですか。
 それは、私の仕事ではありませんわ」

 彼女は、
 制度を売っていない。
 理論を押し付けていない。
 手本になろうともしていない。

 ただ、
 自分の領地で、
 自分の責任範囲だけを
 淡々と回している。

 午前中、
 王都から届いた正式文書には、
 丁寧な言葉で、
 こう書かれていた。

 ――助言をいただけないか。

 ルナは、
 その文書を一度読み、
 静かに机に置いた。

「助言、という名の
 参加要請ですわね」

 そして、
 短い返答を書く。

 ――現状の共有は可能
 ――判断への関与は不可

 それ以上でも、
 それ以下でもない。

 午後、
 ある若い官僚が、
 個人的にこう漏らしたという。

「彼女ほどの才があるなら、
 もっと国のために――」

 その言葉を聞いた瞬間、
 ルナは、はっきりと理解した。

 ――来ましたわね。

 才能があるから、
 余裕があるから、
 うまくいっているから。

 無償で使えるはず
 という幻想。

 夕方、
 庭園を歩きながら、
 ルナは独りごちる。

「前世でも、
 同じでしたわね」

 仕事ができると、
 仕事が増える。
 断ると、
 冷たいと言われる。

 最終的に、
 潰れる。

 だからこそ、
 今回は、
 最初から距離を決めている。

 夜、ノートに書く。

 ・正しいと言われたら危険
 ・期待されたら、一歩引く
・役割を増やさない

 人は、
 “正しい人”に
 判断を委ねたがる。

 だが、
 委ねられた瞬間、
 責任は移る。

 ――私は、
 王都を救う役ではありません。

 ――領地を守るだけ。

 翌日、
 王都の会議では、
 こう結論づけられた。

「ルクス公爵令嬢は、
 あくまで一領主として
 自領の最適解を
 示しているにすぎない」

 その一文に、
 ルナは満足した。

 “にすぎない”。

 それでいい。

 過剰な期待も、
 英雄視も、
 すべて、
 ブラックな労働の入口だ。

 ルナ・ルクスは、
 静かに紅茶を飲みながら、
 微笑む。

「正しいと言われ始めたら、
 距離を取る――
 これも、
 立派な労働回避技術ですわ」

 働かないために、
 考え、
 線を引き、
 関与しない。

 それは、
 怠惰ではない。

 長く、
 壊れず、
 生き残るための
 戦略ですわ。

 こうして第29話は、
 静かに、
 しかし確実に、
 “次の圧力”の芽を
 摘み取ったところで、
 幕を下ろす。
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